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108 顔合わせ


港町三日目の朝、ギルドから呼び出しがあった。


海洋国家側の使節と顔合わせをしたい、という話だった。王都経由で書状が届いていて、一応の挨拶は早い方がいい。ヴェルファのギルドの応接室で十時。それだけ。


「俺たちはただの依頼受けに来た冒険者だが」


「『国賓』扱いの依頼だからな。儀礼が要るんだ」


ギルド受付の老人がそう言って軽く肩をすくめた。儀礼は儀礼。お互い形だけ整えれば、あとは現場の話に入れる。


——


応接室には先客がいた。


二人。


一人は俺たちと同じ歳ぐらいの男。背は中肉中背、髪は黒く整えられて、服装は商人と役人の中間のような実務的な格好。小脇に書類の束。見るからに事務方だった。


もう一人はトーマスだった。


ギルドの席に座っていて、俺たちが入るとうなずいた。


「来たな」


「あんた、ここにもいるのか」


「ハンター登録もしてる。海岸沿いの依頼は俺が回ることが多い」


「漁師と魚屋とハンター、三足の草鞋か」


「ふっ」


トーマスがまた一音だけ笑った。


事務方の男が立ち上がって、深く頭を下げた。


「お疲れ様です。サイラス・ベロウズと申します。海洋国家ヴェルナリス連合からの実務担当の使節です」


「リント・ヴェルガード」


「リント様の御一行のお名前は王都経由で承っております。エルナ様、ルーク様、ユミル様、それからファーファ……様」


サイラスが少し戸惑った。ファーファ「様」と呼ぶべきかどうか、王都の書類だけでは判断が付きにくかったのだろう。ユミルの肩でファーファが鼻を鳴らした。


「俺、ファーファ、ニャ。様、いらない、ニャ」


「……承知しました」


サイラスが律儀に頷いた。それから手元の書類を素早く整理した。動作の一つ一つが正確で無駄がない。役人の動き。


「本日は形式的なご挨拶のみで失礼します。実務の打ち合わせは別途、改めて。ヴェルファのギルドさん、トーマスさんには現場のご助力を頂きます」


「分かった」


「依頼内容のおさらいだけ申し上げます。当該海域に異常がございます。沿岸の濃霧、沖合の異常気象、漁獲の減少。原因と思しき遺跡が三カ所、ヴェルナリス側で確認しております。順に調査と修復をお願いしたい」


「三カ所、で間違いないか」


「現時点で確認できているのは三カ所です。ただし第三遺跡は深部にあり、未確認の可能性も残ります」


ユミルが横で静かに話を聞いていた。サイラスの方を一瞬見て、それから手元の地図にもう一度目を落とした。書類の数字を頭に入れている顔だった。


——


サイラスが地図を広げた。海岸線と沖合と、深い海底に印が三つ。


「第一が沿岸、漁村側。第二が沖合の海上遺跡。第三が——沈没都市と呼ばれている海底です」


「沈没都市」


トーマスが繰り返した。声が少し低くなった。サイラスが顔を上げた。


「ご存じですか」


「家の伝承で、その辺りが昔『聖地』だったという話は」


「聖地」


「俺の家、エーギルって言うんだが」


サイラスがその名を聞いて、書類のページを一枚めくる手が止まった。一拍。それからまた動き出した。


「……承知しました。第三遺跡については情報を改めて整理させていただきます」


サイラスは明らかに、エーギルという家名に関する文献を持っていた。それが今、頭の中で繋がった。だが、口に出して話すかどうかは別の判断がいる。サイラスは出さなかった。実務派だ。出すべき場所で出す。


俺はそれを横で見ていた。


——


会議は三十分で終わった。


サイラスが席を立つ前に、もう一度頭を下げた。


「リント様、ユミル様、本日は短時間で恐縮でした。明日からの調査、よろしくお願いします」


「ああ」


「私、第二遺跡編からは同行いたします。第三遺跡編は港で待機します」


「分かった」


「不慣れな身ではありますが、現場の足を引っ張らないよう務めます」


サイラスが言って、また深く頭を下げた。書類を脇に抱えて部屋を出ていった。


——


サイラスが出て行くと、応接室に静かさが戻った。トーマスが椅子の背に少し体を預けた。


「あのサイラスってのは、真面目だな」


「真面目だ」


「真面目なやつは、嫌いじゃない」


「俺もだ」


トーマスが少し笑って、それから目を細めた。


「明日からの調査、俺もハンター枠で同行する。海岸沿いは魔物が出る。あんたら陸戦は強そうだが、海の魔物は陸とは違う」


「魚っぽい魔物か」


「魚もいるし、足の多いのもいるし、嫌な毒持ちもいる。陸とは別物と思った方がいい」


「頼んだ」


「ああ」


トーマスが立ち上がった。腰のサーベルと、後ろの斧を軽く確認している。漁師の身体に、近接と投擲の組み合わせ。ハンターの方の装備だった。


——


ギルドを出た。


外は強い日差し、潮の匂い、鴎の声。港の通りを歩きながら、エルナが俺の横で呟いた。


「あのトーマスって人」


「ん」


「『家、エーギル』って言った時、サイラスのページが止まった」


「気付いたか」


「あの真面目な事務方、知ってる目だった」


「だな」


エルナの観察は朝の続きだった。気付くものを気付いた順に言葉にする。これも姉さんの大人の合図の一つだ。**それ以上は、聞くな**。の前段。


ユミルがファーファを抱いて、海の方を見ながら歩いていた。


「リン様」


「ん」


「サイラス様、エーギル、知って、いました」


「知ってたな」


「真面目、です」


「真面目だ」


「真面目な人、嫌いじゃない、です」


ユミルがトーマスと同じことを言った。気付かずに言ったのか、気付いて言ったのかは分からない。ユミルの百年の中で、人間の真面目さの価値はちゃんと刻まれているらしかった。


——


午後、宿の女将に町の地図をもらって、エルナとルークと町を歩いた。


港、市場、酒場、教会、北側の漁師町、南側の倉庫街。一通り把握して、戻る頃には日が傾いていた。海の上に夕日が落ちかけて、海面が橙に染まっていた。


「明日から、忙しくなるな」


ルークが小さく言った。


「明後日から」


「明日は?」


「ユミルにもう一日、海を見せてやる」


「そうか」


ルークがそれだけ言って、頷いた。海の方を見ているユミルの背中が、宿の窓の前にあった。今日も窓辺で海を見ていた。


夜が、潮の音の中で静かに深かった。


【了】


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