表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/204

103 買い出しと、地図と、酒の話


朝、市場に下りた。


出立は明日。買い出しの日だった。エルナとリスト合わせをしたら、紙が二枚出てきた。俺の一枚、エルナの一枚。中身がほぼ被っていて、二人で笑った。


「お前、どっちでやる」


「私の方、安い店、書いてある」


「分かった、お前のでやる」


リストはエルナのを採用。俺のリストはそれで終わり。


——


最初は乾物屋。


干し果物、干し肉、塩、香辛料。長旅の保存食。塩は王都のが安く、香辛料は種類が多い。エルナが細かい話をしながら親父と量を交渉していた。


「あんた、この粒胡椒、もう少し負けて」


「姉ちゃん、これでも安くしてんだ」


「うちは長旅だよ、親父、こっから南だ」


「南? どこまで行く」


「ヴェルファ」


「あー、あっち暑いから、これ持ってけ」


親父が別の袋から、何かの根を一握り出した。生姜に似たごつごつした根。


「これ、何」


「向こうの料理に使う。暑いとこ行く時は腹を冷やすからな」


「いくら」


「サービスだ、姉ちゃん」


エルナが少し笑って銅貨を一枚、追加で置いた。親父が手を振って断ったが置いて帰った。エルナはこういうのが上手い。値切るところは値切るが、最後に銅貨を置いていく。


その間、俺は荷物を持っていた。乾物屋の荷物は重い。


——


次が薬屋。


包帯、消毒の蒸留水、止血用の粉と胃薬。エルナが胃薬を多めに入れた。


「お前、胃、弱いのか」


「酒飲み過ぎた時用」


「お前のかよ」


「あんたのも入ってる」


「俺、あんまり飲まないだろ」


「念のため」


ユミルは横で薬屋の棚を眺めていた。瓶のラベルを一つずつ追っているらしい。


「あんた、薬、興味あんの」


「種類、です」


「種類?」


「記録、します」


エルナが首を傾げて笑った。


「あんた、変な趣味だな」


「ユミルちゃんのは、いつものやつ」


「ああ、そうか」


ユミルの「記録」はもう仲間内で通じるようになっていた。世界に何があるかをユミルは一覧にしていく。理屈は説明しない。説明できないか、したくないのだろう。俺もそれ以上は聞かない。


——


武具屋に寄った。


矢じりと弓弦の予備。ルークの矢羽根が一束足りない。俺の予備も少し補充。


「リント君、矢、何本持つ」


「五十、いや、六十」


「重くない」


「馬車だから、平気」


「あんた、馬車の重量制限、聞いてないだろ」


「……聞いてない」


「リント君のとこは、矢三十でいい。ルーク兄ちゃんのは別カウントだから」


エルナが矢の束を半分戻した。俺は肩を竦めた。エルナはこういう実務でいつも勝つ。俺は山と森でしか役に立たない。市場での勝ち負けはエルナのもの。


ルークが矢羽根を選んでいた。一本ずつ手に取って確かめている。村にいた頃と同じ手付きだった。


「兄貴、それ、いい羽根か」


「悪くない」


「悪くない、なら、どうなんだ」


「悪くない」


ルークの語彙は矢のことになると半分になる。昔からそうだ。気持ち男前になっても、ここだけは変わらない。


——


エルナが裏路地に消えたのは武具屋を出た後だった。


「ちょっと待ってて」


「酒か」


「酒」


「やっぱりか」


エルナが半分笑って、半分本気の顔で消えた。十五分は戻らなかった。戻ってきた時、紙が二枚増えていた。


「収穫」


「何の」


「ヴェルファの地酒、もう一軒分の情報」


「お前、本当にそれだけはな」


「酒が分かれば街が分かる」


「意味分からん」


「いつか分かる」


エルナが指で紙の上を辿った。文字は前より殴り書きだった。


「澄んだのが二銘柄、濁ったのが三銘柄。海洋国家側の蒸留酒が一銘柄、値段は張る」


「お前、最後のは諦めろ」


「飲むまでは諦めない」


「お前な」


ユミルが横から紙を覗いた。


「お酒、五銘柄、です」


「そう、五銘柄」


「全部、飲むんですか」


「全部飲む」


「……強さ」


「上から、弱、中、強、強、強。最後のは、強の上」


「上、です」


「上」


ユミルが頷いた。記録、と頭の中で言ったのだろう。エルナは紙を畳んで懐に入れた。


——


宿に戻って、地図を広げた。


街道は王都南門からまっすぐ南へ伸びる。一日目は昼に小さい村、夜は街道沿いの野営地。二日目の昼に中継の宿場町ハンドル、一泊。三日目に坂を下って、ヴェルファ。


ルークが地図に指を置いた。


「ここ、坂の手前」


「ああ」


「狭くなる、馬車、半速だ」


「分かった」


「ここから先、魔物が出やすい。木が深くなる」


「気を付ける」


ユミルが地図の縁を指でなぞっていた。海の絵のところ。波の線が三本、引いてあった。


「海、ここ、です」


「ここだ」


「初めて、見ます」


「うん」


「楽しみ、です」


ユミルがそう言って地図を巻いた。エルナがふっと笑った。


「あんたの『楽しみ、です』、たまに聞くと、いいな」


「いい、ですか」


「いい」


ユミルがちょっと首を傾げた。


「楽しみ、です」


もう一回言った。エルナがまた笑った。


——


夜、宿の食堂。


ファーファとニャルニルが部屋の隅で何かやっていた。ファーファが干し魚を並べ、横でニャルニルが温度を出していた。


「ニャルニル、軽く、ニャ」


「……了解」


「軽く、ニャ」


「……はい」


干し魚が少し柔らかくなっていた。香ばしい匂いだった。


「お前、何やってんだ」


「主、温め、ニャ」


「魚、温めてんのか」


「主、教えた、ニャ」


「俺、何、教えた」


「干し魚、温め、ニャ」


「……寝言、か」


「……はい」


ユミルが横で短く頷いた。


「マジか」


ファーファが得意げに鼻を鳴らした。


「主、教えた、ニャ」


ニャルニルがぼそっと言った。


「……訓練、しました」


ニャルニルの「訓練」は、最近少しずつ語彙が増えている。「了解」と「はい」しか言わなかった頃から考えれば、進歩している。ファーファの教育のせいだろう。本人は雑だが、ニャルニル相手には届く。


俺はニャルニルが温めた干し魚を一切れもらって食った。


「……うまい」


「うまい、ニャ」


「うまい、ニャ」


ファーファがまた鼻を鳴らした。ニャルニルがぼそっと付け加えた。


「……役に、立てました」


——


寝る前にもう一度地図を見た。


南門から二日、中継で一泊、坂を下って海。


ユミルが寝る前に薄く言った。


「リン様」


「ん」


「明日、出立、です」


「ああ」


「楽しみ、です」


「うん、楽しみ、だな」


俺もそれだけ言って、灯りを消した。


夜が、また少しだけ深くなっていた。


【了】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ