~奇跡(2)~
獣化を再び発現させたヨセフカ。相対するエルフも、その変わり果てた威容を前に笑みを止め、まるで獲物を捉えた獣を思わせる様相へと変わっていく。魔狼と謎のエルフ、互いの闘争は第二幕へと移っていくのであった。
凄まじい魔力出力だが、特筆すべきはそこではない。あの全身の変わりよう、外見では体毛と眼色の変化だけだが、中身はそれどころではない。骨格や筋肉の増大に加え、体内を巡る魔力の“密度“と”速度”が跳ね上がっている。魔力を扱うための”最適”な形、一種の美しさと敵への殺意を併せ持った姿だ。だが、何か違和感を感じる。この変化に伴って感じるようになった謎の感触、あえて言葉にするなら”異物感”とでも言うべきものを感じる。この感覚は一体...........................
「戦闘中に考え事かしら?」
次の瞬間、私が捉えられたモノは、白銀の体毛と右腕に伝わる衝撃だった
「くぅ.....................」
次に私が目の前にしたのは、穴の開いた壁だった。右腕と背中に残る衝撃からして、恐らくは建物の一角に吹き飛ばされたのだろう。だが、今はそれどころではない。思考していたとはいえ、眼前への警戒を怠ったつもりはなかった。だが、その警戒を嘲笑うかのような速度での左からの一閃。目で捉えた瞬間、反射でガード出来ていなければ、右腕と肋骨は粉砕され、勝負はそこで決まっていたな.....................
「鎧の性能が良くて助かったわ。一瞬、ガードした腕ごと両断したかと思ってヒヤヒヤした」
少しよろめきつつも立ち上がり、先ほど以上の警戒心と共に再び眼前を捉え、瞬時に踏み込む。顔面を標的に打ち込んだ右拳は、容易に剣によって防がれる。それ自体は想定内だが、先程は両手で剣を握ってを防いでいたモノが、今度は右手のみで剣を握り、左は遊ばせた状態で防がれていた。
「あの一撃を防いだのに、さっきまで威力が変わらないなんてすごいわね。優秀なのは鎧だけじゃないみたいね?」
そのまま右拳をいなされるが、それに合わせるように右足による蹴りを試みる。だが、バックステップで後ろへと避けられる。それも先ほどよりもギリギリの距離での回避だった。これは間違っても反応が遅れたのはない。むしろ逆だ。蹴りが出されるのを十分に視認した上で、必要な距離だけ下がっていた。このニ撃で十分に分かった。反応速度と動体視力も尋常でない程に強化されている!
「大体分かったわ」
「何が分かったかな?」
彼女の一言に対して反射的に聞き返す。勿論、一切の油断はせず、目の前の動きに目を凝らしながら
「殺さない程度の力加減.....................」
再度、目の前の彼女が消えたと思いきや、右より剣が迫る
「………よっ!!」
火花と金属同士が激しくこすれ合う音と共に衝撃が右へと抜け、建物の壁はひび割れ、窓ガラスは粉砕された
尋常ならざる威力と速度の斬撃、先程は反応しきれなかったが、今度は意識して動くことができた。それと同時に、先程で学んだことを実践する。それは、この攻撃を”受けてはいけない”ということだ。あらゆる能力が跳ね上がっている中でも、最も上がっているのは単純な膂力だ。こんなモノを受け続ければ、あっという間に鎧が粉砕される。”受ける”のではなく”受け流す”ことに全てを置く。
「想像を超えすぎているよっ!」
流すと同時に左拳を叩き込むが、当然のように防がれ、いなすと同時にあちらも斬撃を仕掛ける。その斬撃になんとか反応し、受け流すのと併せて攻撃を加える。加える攻撃は、足技や大振りの拳を避け、コンパクトかつ素早いものに絞る。気が付けば、斬撃を受け流し、反撃し、それをいなされると同時に、また斬撃という流れが完成していた。数回のサイクルごとに後ろへと大きく下がり、一瞬だけ息を整える。逃すまいと、あちらは一瞬で距離を詰め、重く素早い斬撃が襲い掛かってくる。場所が移り変わりながら、なんとか消耗戦の様相に至ることを期待したが.....................
「ちぃっ!!」
腕部の装甲が一撃ごとに確実に削られていく。強靭な素材と魔力密度により、先程までは傷も付かなかった代物が、今となっては見る影もない。あの形態の負荷に期待し、長期戦を狙ってはみたものの、このままでは、ジリ貧になるのはこちらになってしまう
「この装備では役不足だったようだね....................」
斬撃を受け流すと同時に、今度は先ほどよりも大きく後ろへと跳躍する
「逃がさないっ!!」
足に力を込め、再び切り込もうとした瞬間、相手側の魔力を感じ、私は足を止めた。先ほどまで鎧を膜ように包んでいた高密度の魔力が解放され、はっきりと感じられるようになった。なぜ、今になって魔力を開放した?あの異様なまでの魔力密度こそが防御力の要だったはずだ。明確なな不審行為を前に、私は動きを止め、警戒した。いや、今思えば、警戒”してしまった”という表現の方が正しいかもしれない。
「贈り物だ」
その言葉と共に、両腕をこちらに向けると、箱状のガントレットの下部分から謎の作動音が鳴る。そして、その音とほぼ同時に、大量の”青白い煙”がガントレットより放たれた。
「煙幕っ!?」
その煙は、私がガルムでやったモノと同種のモノだった。大量の魔力を内包した不安定な魔石を準備し、その魔石に、外部から物理的な刺激か、急激な魔力の注入による刺激を加える。すると、魔石は砕け、空気中に放出された大量の魔力は、爆発を伴って急速に魔素へと変換され、有害な”青白い霧”が発生する。霧はすぐさま広がり、広がった周囲は魔力汚染区域へと変わる。
煙を視認した瞬間、私は剣を後ろへ構え、魔力を込める。今の私であれば、汚染による症状は大丈夫かもしれない。だが、魔力感知や視界、体毛による物理的な感知を潰されるのは不味い。ガルムの時のようなマーキングをしていない以上、まともに煙の中に居れば、確実に奴を見失うことになる。魔力を込め終わると同時、私は剣を前方に振り抜き、大きな一閃を放った。
「やはり払ったな....................」
その言葉と共に、私は奴が笑みを浮かべるのを視認した。最初に見た時、私はその意味が分からなかった。だが、一閃による風圧で、霧が奴の後方へと押し流されるのを見た瞬間、私は青ざめた。奴の位置と私の位置、そして何より、マイクら護衛隊の面々の位置、それぞれの点が結びついた瞬間、私は奴に嵌められていたことに気付く。戦闘中、奴が何かと後方へと下がっていたのは、息を整えたり、攻防に緩急をつける為ではなかった。それぞれの位置を”調整”し、これを狙っていたのだ
「しまったっ!?」
思考が状況に追いつき、ようやく言葉が出た時には、既に手遅れだった。優先順位を切り替え、私は自身の足に力を込め、跳躍の準備にかかる。この霧は、私や奴の様に魔力生成能力が高い者でなければ、少し滞在しただけでも猛毒となる代物だ。猶予はなかった。私はすぐさま跳躍し、奴の頭の上を飛び越えた。その間も、私が奴から視界を外すことは無かった。無いとは分かりつつも、警戒を解くべきでないと考えたためだ。
「”下”で待っているよ」
私が奴の上空を飛び越えるのに合わせ、奴は言葉を残した。後方へと流されゆく霧に入る直前、奴の魔力反応は再び消失した。おそらくは宣言通り、自身の居城へと向かったのだろう
一方、マイクら退避していた護衛隊は、ヨセフカの戦闘に合わせるように、戦闘不能となったジョンとジェイクらを運ぶ傍ら、自身達の方向へと迫る霧を視認していた。
「青白い霧!?あちらは確かヨセフカ様が戦闘していた場所ではっ!?」
彼は事前の知識から、あの霧自体がどんな代物であるかは知っていた。加えて、それが強風と共に自身達の方へ迫ることにも気付いていた。だが、彼の心へ咄嗟に去来したものは、ヨセフカを案じる気持ちであった。そして次に去来したものは、その霧が手遅れな速度であるという事実と…………
「みんなっ!!」
その叫びと共に霧から飛びしてきたのはヨセフカだった。跳躍の末、彼女は隊列の最後尾へと着地し、すぐさま霧の方へ向き直ると、剣を後ろへ構え、魔力を込めた。
「ヨセフカ様っ!?」
マイクから咄嗟に出た言葉とほぼ同時に、構えられた剣が魔力と共に振り抜かれる。前方への一閃は、すぐさま突風と衝撃を引き起こし、後方から迫る霧を押し返し、霧散させた。その威力は凄まじく、ヨセフカから前方の地面は抉れ、霧が消えっ去った先の建物群の窓も割れ、屋根板も吹き飛ばされていた。その一撃には、咄嗟に自分たちを救おうとした思いがあったが、それと同時に、どこか怒りも含んでいた。
「ヨセフカ様、今のは一体?」
マイクが彼女に尋ねると、肩を落とし、悔しさを滲ませたような表情と共に答えが返ってきた
「ごめんなさい、奴を取り逃がしたわ。奴は今、おそらく地下にある施設に行ってしまった…………」
「そうだったのですね…………」
言葉を返すと共に、彼や他の者たちも肩を落とした。だがそれは、あのエルフを取り逃がしてしまったことへではなく…………
「違うわ…………」
「えっ?」
彼女の一言に、マイクは咄嗟に声が出た
「私が奴の策を見抜けなかったのが原因よ。無理を押してでも、早めに決着を付けてしまうべきだった....................」
マイクも含め、心の奥に思ってしまったことを言い当てられた者達は、言葉を失い、立ち尽くしていた。迫る霧が払われた時点から、彼らは薄々感じていたのだ。自身達が敵の策に利用されたのだと....................
特に、現場からの退避が遅れる原因となったジョンとジェイクには、一際大きな後悔が押し寄せてきていた。足手まといになるぬ為にと訓練を積んだのにも関わらず、自身達はまた何も出来なかった。あろうことか、敵に策の一部として利用されもした。言いようもない程の悔しさ怒りがその場を制していた。そんな中、彼女から突き刺すような言葉が放たれた。
「マイク、皆を連れ、国の入り口付近まで後退して頂戴」
「な、何を急に言われるのですかっ!?まさか、一人で行かれるおつもりですか!?」
全員の視線が彼女へと注がれる
「まず間違いなく、この地下には、この国を滅ぼした”魔法の元凶”が眠っている。恐らく、やつはそれを制御下には置いていないでしょうけど、自身に何かあった際に、自分もろ共という可能性は捨てきれない....................」
「だから、我々には退避しろと!?あなたを置き去りにし、何かあった時には、国への伝令になれと言うのですか!?」
理解が速くて助かる。もし、魔法が発動した状態でこの国に留まっていれば、ほぼ確実に命はない。それに、全員が死んでしまえば、この脅威を伝える者も居なくなってしまう。いや、正直これはどうでも良いかもしれない。私はただ....................
「聞けません」
”自分も”,”自分もです!っ”,”聞き入れられませんっ!”
マイクに続き、他の皆からも声が上がる
「ヨセフカ様、あなたは私たちの命を案じてくれている。ですが、我々もあなたを案じています。今のあなたの命運は、もはやヘスティアの命運と同じ。あなたが死ねば、国も死ぬでしょう。そして、国が死ねば、我々も....................」
「でも....................」
「ヨセフカ様、命が惜しくないと言えば、それは嘘になります。ですが、主を守るために懸けるのと主に背を向け、生き恥を晒してまで幾ばくかの生を享受するくらいなら、我々は前者を選びます」
私は周りの皆の眼を見た。誰一人として、マイクの言葉に背く者はいなかった。皆が一様に同じ気持ちを抱いていた
「ヨセフカ様、恥ずかしいですが、我々は戦闘で役に立つ事はできません。それでも、出来ることはありませんか?どんな些細なことでも構いません。我々は、共にあなたを支えたいのです」
「....................分かった。まずは、近くの民家にジョンとジェイクを運び、一人だけ介抱の者を付けて頂戴。残りの者は城へ戻り、探し物をお願いするわ」
「我々は何を探せば?」
マイクが尋ねると、彼女は魔剣に手を掛けて答えた。
「ミスリルよ。正確には、国の資源管理に関わる書類を見つけ、そこからミスリルの鉱床と既に採掘された分の貯蔵場所を特定して欲しいの。それが出来たら、地図に印を付けておいて頂戴」
「待ってください。それでは....................」
マイクの中に疑問が浮かんだ。この国に来た目的は”ミスリル”だった。それを自力で発見するということは、敵を捕縛し、聞き出す内容が無くなることを意味する。それはつまり....................
「殺すわ」
「なっ!?」
マイクの同様と共に、周りの者達にも衝撃が走った
「地下に逃げられ、魔法の暴発という最悪の要素を抱えた以上、相手を生きたまま捕縛し、情報を引き出すことで得られる”利”よりも、何かあった時に生じ得る”害”の方が遥かに大きい。もう、生かしておくとは出来ない」
「…………分かりました。どうか無事に帰ってきてください」
「勿論よ。あなた達もよろしく頼むわね。ミスリルは今後のヘスティアを大きく左右する鍵よ。必ず見つけて頂戴」
「了解です」
その後、私は皆と別れ、今度は一人で、大図書館の方へと歩を進めた
~ep.19 ”奇跡(3)”へ続く~
謎のエルフを取り逃がし、それを追うため、大図書館へと歩を進めるヨセフカ。果たして、狂気の研究が眠る場所で彼女を待つものとは何か?狂気のエルフと魔狼の戦いは、狂気渦巻く地下へと、その場所を移していくのであった....................




