~奇跡(1)~
大図書館へと歩を進めるヨセフカ一行の内、正面を歩くヨセフカは考えていた。未だ姿を現さない敵の全容は?姿を見せない目的は?そもそも監視されているのか?
様々な疑問に思考を巡らせる傍らで、彼女は自身の過去へと思考をずらしていく。自身という人格が生まれるに至った起源へと目を向けるために………………
覚悟を決め、王城を出た私たちは、東通りを進んだ先に建てられている『大図書館』へと歩を進めた。その道中は、異変や襲撃などはなく。王城に来るまでと何ら変わらない光景が続くばかり。着る者を失くした鎧の数々、振るう主人の居ない剣の数々、不気味で空しい光景がどこまでも続く。そんな中、私の中には、ガルムでも感じたような一抹の不安がよぎっていた。それは、敵が”なぜ”攻撃してこないのか。正門というあからさまな地点から侵入し、既に数時間以上この国に滞在している。敵が来るなどとは夢にも思っていないだけか?それとも、既に存在に気付いているにも関わらず、泳がせているのだろうか?
ガルムの時はまだ良かった。魔力感知によって敵の存在を確認し、その先の展望について”ある程度”の予測を立てながら行動することが出来た。だが、今回ばかりはそうもいかない。魔力感知をどれだけ澄ませても敵は感じられない。だが、確かに”敵”は存在している。今何か行動を起こされれば、こちらは受け身にならざるを得ない。先手を打つ権利を常に”敵側”に握られ、こちらにはそれを握る糸口すら存在しない。皆を率い、堂々と通りを進んではいるが、心に掛かる重りが増していくのをはっきりと感じる。
思い返せば、知らないという”未知”に過敏になるのは、今に始まったことではなかった。この世界に来るよりも前からの性分だ。昔から、私には味方が少なかった。私は周りに馴染むことがあまり得意ではなかった。両親は仕事ばかりで、あまり家族らしい思い出はない。ただ、私が高校に上がるまでには、片方は病死、もう片方は事故死という形で居なくなっていた。私のことは祖母が引き取ってくれた。祖母は昔ながらの厳しさがありつつも、優しい人だった。友達などと呼べる人物は居ない反面、勉強は良く出来た私をよく褒めてくれていた。思い返せば、実の親にもされたことのないことをしてもらっていた。そんな祖母が居なくなったのは大学2年時、保証人が居なくなったことで私の周りは一時的に騒がしくなったが、以前から少しばかりの交流があった叔父が保証人になるということで落ち着き、お金については、祖母が残してくれていたものが引き続き充てられることとなり、私の静かな学生生活が戻ってきた。
でも、それだけで終わりはしなかった。父や母が居なくなった時とは違う。ぽっかり空いた大きい穴。祖母が死んだのは病気によるものだった。寿命が寿命だったのだから仕方がなかった。そう割り切れば良いはずなのに、そうは出来ないモノが心の底から溢れ出した。人と関わる中で、一度も感じたことのない感情。知らなかった........いや、見ようとしてこなかったモノに気付いた。”孤独”は辛いことに..............。父や母に構って貰えていなかった頃から、この感情自体は抱えていた。でも、それと向き合ってどうこうすることは出来ず、見て見ぬふりを選択した。そして、いつの間にか自身が見て見ぬふりをしたことすら忘れて、今まで人との関りをあまり持てない浮いた人間として生きてきたといのが結論だった。
辛い現実に直面した時、人がする行動は2通りある。1つ目は、その辛さと向き合って、今までの自身を顧みること。2つ目は、辛さから目を逸らし、そのまま背を向けて逃げること。祖母を失った私がした行動は、あろうことか”後者”だった。再び”孤独の辛さ”に蓋をして、生きていこうとしたのだ。その後は、医療製品の道に進み、その手の企業に就職した。この道を研究しようと思った理由は、生命の仕組みについて研究し、客観的に視ている時は、なぜか自身の中の”しこり”を感じずにいられたからと、純粋に知的好奇心に基づいての行動だった。だが、そんな日々は、あの人との出会いで変わった。自身をどこまでも肯定してくれる存在、祖母以上に寄りかかることの出来る存在、それは私の心に麻薬のように染みていった。だからだろう、いざあの人が居なくなった後、とうとう蓋をすることすら出来なくなったのは........
私のあずかり知れない場所で、私が手の出しようがない理由で、全てが理不尽に奪われた。蓋すら出来なくなった私は、今まで見てこなかった私を強制的に直視することになった。都合の悪い現実、自身が傷を負う選択、様々なものを見ず、聞かず、”知らないまま”で放置した自分。私はそれを顧みて前に進むことが最後まで出来なかった。割り切ることも出来ず、過ぎ去る日常によって押し流されこともなく、言葉に出来ない感情がとめどなく中で暴れ続け、それに心を焼かれ続けながら一度目の生を終えた。知らないことを放置する自分、それは私にとっての”恐怖”だ。だから、いざ”未知”が目の前に現れれば、不安に駆られもするし、早くそれを取り除きたいという思いが溢れもする。今のこの不安は、きっと『学派』を駆除しない限り消えないだろう。だからこそ、不快感に耐えながらも私は歩を進め続ける。そして私たちは、目的の『大図書館』が見える”はず”の地点まで到着した
「これは、一体どういうことだ?」
マイクがふと声を漏らす中、私も辺りを見回しながら困惑していた。王城で確認した『大図書館』の位置と外観が正しければ、今の私たちが居る地点から十分に目視できる筈なのだ。だというのに、それらしき建物は見当たらない。確認のため、私たちは建物があるはずの地点の更に近くまで歩を進める。
「ねぇ、マイク。王城で確認した位置が正しければ、丁度私たちの前に大図書館があるはずよね?」
「えぇ、丁度入り口が目の前の筈なのですが..............」
大図書館は一般にも公開されている施設であり、建物内部が蔵書を読むことの出来る図書館であり、その地下に研究施設が併設されている。東通りを進んだ後に出る大広間、その中央に建設されたものが『大図書館』だ。だが、それがあるはずの場所にあったものは”瓦礫の山”だった。周りを注視していると、確かに大型の建物があったと伺える残骸が見て取れる。しかし、これはどういことだ?今から私たちは、敵である『学派』の本拠点に突入するはずが、実際に到着してみれば、そこは”瓦礫の山”だった?意味が分からない。迎撃の一つもないどころか、防衛すべき筈の拠点が既にバラバラの瓦礫山になっている。怒りと決意に満ちていた筈の皆の表情が一気に違うモノへと変わっていく。やるせなさ?呆れ?困惑?不安?疑念?言葉に仕切れず、行き場もない感情に染め上げられた顔へと変わっていく..............
「不気味な場所だな..............」
二人ずつのペアを組み、周囲を探索する中、ふとジェイクが言葉を漏らす
「確かにな、敵の本拠地だと覚悟してきたってのに、なんだか夜の墓地にでも迷い込んだみたいな感覚だ」
現在、俺たちがペアを組み、周囲の探索を行っている理由は、大図書館地下へと続く入り口を発見するためだ。他の奴らも同じようにペアを組んで周囲の探索を続けている。今の俺たちは、激しい戦いを予感していた時点から一転し、この国に初めて足を踏み入れた時に感じていた不気味さを再び味わっている。得体のしれないモノに触れている感覚だ。
俺とジェイクがまだガキだった頃、ジェイクに連れられて村の墓地に入ったことがある。おふざけで入ったはいいものの、その後に墓守のおっさんに見つかって怒られた。何かをする時は、いつもジェイクの奴に手を引かれての時が殆どだった。あまり活動的じゃなかった俺を外に連れ出してくれるのがジェイクで、奴の向こう見ずな行動に振り回されるのが俺という構図だ。だが、魔族との戦争でそんな日常は消え去った。西へ西へと転々としていく生活は、難民たちに大きな不安を与えた。そんな生活は、環境だけでなく、そこに生きる人の心をも大きく変えた。それはジェイクも例外じゃなかった。
難民生活をするようになってからジェイクは変わった。快活で、色々なことにすぐ首を突っ込む性格はなりを潜め、何事にもまずは傍観から入るようになった。金や食料が絡む時は、ある程度は積極的に関わるが、前よりも明らかに慎重に行動するようになった。状況が状況なのだから、彼がやっている事は正しい。だが、こんな性分は彼の信条ではない。本人は隠しているようだったが、無理をしているのが嫌でも分かった。
そんな日々が変わったのは、自警団の設立が耳に入った時だった。俺たちは各地を転々とし、最終的にガルムへと流れついた。そんな時だ、張り紙で自警団の募集がされているのに気付いたのは。安定した働き口として丁度いい、俺が最初にこの募集を見た時に思ったのはその程度だった。それに反して、この話を聞いたジェイクの顔は生気に満ちていた。その時のジェイクがどのような心境だったかは計り知れない。自分たちを追いやった魔族たちへの復讐、すぐに人に手を差し伸べようとする性分、閉鎖された難民生活からの解放、彼の表情からはそれらが読み取れた。俺自身、最初こそ深い思い入れもなく入団した自警団だったが、気のいい同僚や先輩たちとの生活は、あの村で生活していた頃のような感覚を思い出させてくれた。
だが、煌びやかな生活といのは長続きしないモノらしい。あの時の日常を壊したのと同じように、再び魔族たちが日常を奪い去ろうとしてきた。突貫工事とはいえ、それなりの剣と弓の技術を収めた俺たちは強くなったような気でいたが、それはとんだ勘違いだった。奴らの奇襲に全く対応で出来ず、次々と命を散らしていく同僚や先輩たち、結局は奪われる立場のままだったことに深く絶望し、それと同時に怒りが込み上げてきた。もし、あの場にヨセフカ様が間に合わなければ、俺たちは魔族へと切りかかり、他の団員達と同じ末路を辿っていたことだろう。そこからの日々は目まぐるしいの一言だった。魔力という力について学び、自身達が使えるように訓練を積み、想像以上の力を手にした。そして、今となっては、次代の英雄として名をはせる人物と共に、国の行く末に大きく関わる任務に従事している。しがない難民から、よくもここまで成長したものだ。
「なぁ、ジョン?」
「どうした、ジェイク?」
二人で探索を続けていると、突然ジェイクが話しかけてきた。
「こんな時に聞くのもなんだが、お前は後悔してないのか?」
「後悔だって?」
「今になって言うのも遅いが、俺は今まで、散々お前のことを連れまわしてきた。今ではこんな場所にまで来ちまった。もし、俺に着き合わせる形で来させちまってるんだとしたら..............」
「ふっははははっ!」
思いもよらない発言に面食らった俺は、腹から込み上げるものを耐えきることが出来なかった
「お、おい!?こっちは真剣にっ!」
「バーカッ!」
俺はジェイクの額に向かって瞬時にデコピンを見舞った
「痛っ!?何すんだよっ!?」
「俺がお前に付き合わされてるだって?冗談じゃない!俺はな、お前に自警団の話を持ってきたあの日からずっと、自分の意思でここまでやってきたんだ。いや、そう在れるようにしてきたって言う方が正しいな..............」
「在れるようにだって?そいつはどうい意味だ?」
ジェイクは、きょとんとした表情でこちらへ質問を投げかけてくる
「確かに、俺がまだガキだった頃は、お前に振り回されるばかりだった。お前に誘われれば、その通りについていって馬鹿やるし、何も誘いが無ければ、家に引きこもってるだけの毎日だった。別に自分からは動かず、お前に促されてから初めて動く。当時の俺は”それ”に対して何の疑問も持てなかった」
「ジョン?」
次第にひきつって行く友の表情を見たジェイクは、心配そうにジョンの名を呼んだ
「だが、そいつは大きな間違いだった。村を追われ、難民生活の中でお前が摩耗していく中、俺はお前に何もしてやれなかった。そこで痛感したよ。自分は如何に薄っぺらい人間なのかってな。自分の意思なんて持てず、他からの催促を待つだけ。そんな人間だから、擦れていく友に対して、慰めの言葉一つ掛けられやしない!」
「じょ、ジョン!俺はそんなこと気にしちゃ..............」
「違うんだジェイクっ!」
俺はジェイクの言葉を遮る形で自身の言葉を重ねた
「こいつは俺の”内面”の問題なんだ!俺は今まで、”別の誰かがやってくれるから”だとか、”他人から言われた訳でもないんだから”ってことばかり考えていた。いや、自身がそういう考えで生きていることすら気付けていなかった。俺はお前と”対等”な友人で在り続けたいんだ。前みたいな考えのままじゃ、きっとどこかで破綻する。だから、俺は自身の意思でもって行動する。ここに来たことも後悔してないし、むしろ誇りに感じてすらいるよ」
「そうか、どうやら俺は、お前のことを見れているようでいて、実はそうじゃなかったらしい。悪かった!さっきまでの心配は、むしろお前の覚悟に泥塗るようなものだったな」
「気にすんな。そもそも、俺が今の俺になろうと思えたのは、ガキの頃にお前が声を掛けてくれたからなんだ。むしろ感謝してるくらいさ」
「よしっ!そうと来れば、さっさと入り口を見つけちまおう!」
ジェイクがそう意気込んで周りを見回す中、俺はふと湧いた疑問を口に出した
「それにしたって、王城で見た時の見取り図、なんで地下への入り口が書かれてなかったんだ?」
「いや、地下施設への入り口はしっかり書いてあったろ?」
ジェイクがポカンとした表情でジョンへと問いかける
「あそこにあったのは”一般公開”の地下入り口だろ?俺が言ってるのは”非公式”な方のやつさ」
地下への入り口には”一般公開”のものと”非公式”の2種類がある。ここがいくら”学派”の拠点とはいえ、元々は公に知られている公共施設でもある。地下に存在する施設への入り口は一般公開されている。勿論、その正確な位置は施設見取り図にも記載されている。だが、地下施設への入り口はそこだけではない。むしろ、一般公開されていない方の入り口こそ、今の俺たちが見つけるべき入り口なのだ。というのも、王城で発見した調査書には、地下に広がる研究施設には報告にない増築が幾度となく繰り返されており、違法研究はその増築された施設で行われていると書かれていた。しかも、その増築された施設に関しては、正規の入り口からは侵入できないように細工が成されているとも書かれていた。
「確かに、あそこは機密を含めた全ての情報が保存されていた場所だった。そんなとこなら、判明した地下通路の入り口も書かれた見取り図を置いてても良いはずだ」
ジェイクは頷きながら、自身の中に芽生えた疑念について思考を巡らせる
「それは、城にあった現物に関しては、こちらの手合で処分させてもらったかさ」
「「 っ!?」」
先ほどまでは居なかった異物からの声が届いた彼らの行動は速かった。瞬時に聞こえた方へ振り向くと同時に、何時でも敵を射抜くためにと弓矢を構える。だが、二人して振り向いた先には誰も居ない
「何っ!?」
ジェイクが言葉を発した次の瞬間、背中に強い衝撃は走り、それに従って前方へと大きく吹き飛ばされる
「くっ!!」
精一杯の反応速度でもって、友に一撃を加えた元凶へ弓矢を叩きこまんと体を反転させるが、それと同時に、ジョンがつがえていた弓矢はバラバラに粉砕される。元凶が右方向へと薙ぎ払う形で放った手刀によって..............
「お前は何者だ!?」
状況へ対応するように即座に剣を抜き、元凶と相対する。ここにきてようやく、自身達に危害を加えた元凶と対面することが出来た。対峙した瞬間、その特徴的な”耳”に気付いたジョンは理解した。こいつは”エルフ族”だ。そして、この状況で国内に存在するエルフということは、こいつは『学派』の一員であることを意味している。つまりは『敵』といことだ。少し大きめなトリコーンを被り、見たこともない無い鎧の上にマントを羽織った姿、特に武器らしい物はなく、両腕に装着された特徴的なガントレットと両脚に装備されているグリーブに目が向く。鋭い形状をした手の部分もそうだが、前腕部を覆うような形で装着されている箱状の装甲部分、その重々しさが特に目を引く。グリーブに関しても、鋭さと重々しさを兼ね備えた形状がこちらの警戒心を刺激する
「ジェイク!立てるかっ!?」
目の前の脅威と相対しつつ、俺は後方へと吹き飛んだジェイクに声を掛けた。反射的に声が返ってこなかった瞬間、俺は最悪の想像を浮かべたが、それは杞憂へと変わった
「くぅ、だ、大丈夫だ..............」
生きてはいることに安堵しつつも、とても戦闘を継続できるような状態ではないと察した俺は気を引き締める
「魔力に秀でていない”人間”の身にしては、中々の魔力操作だ。体に魔力を纏って保護膜とするのは基本中の基本だが、実戦では基本が最も重要だ」
悠長に語る敵へと一撃を加えようと隙を伺うも、その気の抜けた語り口調とは裏腹に隙が見つけられない。それに足の重みも感じる。まるで、強大な魔族を相手にしているかのようだ..............
「もし、今の奴が生身であったなら..............」
「っ!!」
奴が肩を下げ、視線を正面方向から外した瞬間、踏み込みと共に剣による一閃を見舞う。だが、その一撃は空を切る
「馬鹿な!?」
剣を一閃するのと同時に、まるでスライドするように背後へと回り込んだ動きに俺は驚愕した。そして、俺の頭の整理が追い付くよりも速く、背中に加えられた衝撃によって俺は前方へと吹き飛ばされる。奇しくも、ジェイクが最初に食らった攻撃とまたっく同じ攻撃によって、俺は地面に倒れ伏すこととなった
「くぅ..............」
「まぁ、基本が出来ていたからと言って、身体能力や経験の差がどうこうなる訳では無いがね?」
背中への打撃により吹き飛ばされた俺は、未だ地面に倒れ伏し、立ち上がることが出来ていなかった。背後で悠長に喋る敵に相対することも出来ず、弱さを自覚する時間ばかりが積み重なる
(待て、こいつ何で…………)
『魔力が感じ取れないんだ?』
相対できずとも、何かしらの形で敵を捉えんと苦心していく中で気付いた違和感。自分たちの魔力探知の範囲は、ヨセフカ様と比べれば大人と子供と呼べるほどの差がある。だから、最初の奇襲に関しては、こちらの探知外の距離から強襲されたと思った。だが、そんな距離から助走を付けた攻撃があの程度で済むわけがない。最初から可笑しかったのだ。
身体能力に目が行ってしまったが、間違いない。こいつは一切の魔力を発していない。意図的に抑えることは出来ても、どんな生物でも魔力は発するものだ。それは、あのヨセフカ様でも同じだ。だというのに、こいつには”それ”が一切ない。エルフ特有の操作技術なのか?それとも更に別の?
「いろいろ考えているようだけど、君もお連れさんも、もう動けないんじゃないのかな?」
俺の思考を寸断するかのように、すぐ横の地面に突き刺さる足に対して息を呑んだ
「抵抗する手段を持たず、自身を簡単に蹂躙できる存在がすぐ近くにある。思考など捨てて、恐怖に打ちひしがれるに足る状況だ。でも、君も彼もそうはなっていない………」
同じく倒れているジェイクを一別し、再びジョンに視線を戻すと、彼は話を続けた
「希望があるからだ。まだ、どうにかなると思えているからだ。あのヨセフカという存在は、君たちにそこまで思わせる程なのだねぇ」
「っ!?」
再び息を呑んだ俺は戦慄した。この男はヨセフカ様を知っている。確かにこいつの能力があれば、名前を知れるほどの距離で身を潜め、監視し続けることも可能だろう。だが、それができるなら、なぜ奇襲を仕掛けなかった?班ごとに分かれたタイミングはもっと前に合った。その段階で奇襲していれば、もっと優位にことも進められたはずだ。なのになぜ……………
こちらが答えのない疑問に頭を悩ませていることなどつゆ知らず、奴は更に話を続けた。
「素晴らしいよ。私の見立ては間違っていなかった。強大な”魂”を持つ者は、往々にして強大な影響を持つのが常だ。彼女なら、私の目的をしっかりと果たしてくれることだろう」
「き、貴様っ!あの人に何をするつもりだ!」
こちらの威勢など気に掛けることもなく話は進んで行く
「とは言ってもだ。いざ使ってみて駄目でしたでは済まされない。本当に足り得る存在なのかは、この目で確かめたいところだ」
再び視線を感じた。今度は明確な殺意がこもった重く鋭い視線だ
「例えばだ。大事な仲間が惨殺されていたら、彼女は一体どれくらい本気に………」
言葉が最後まで続けられる前に、そのエルフはその場から飛び退いた。次の瞬間、建物の一角から激しい衝撃と轟音が鳴り響く
「なるほど、槍状に結晶化した魔力塊か。想像以上の…………」
再びの轟音と空気を切り裂くような金属のこすれ合う音
「くっ!!」
「視界外からの奇襲………これで終わるのが理想なんだけど、そうそう上手くは行かないわね」
「ヨセフカ様っ!」
「寝てなさい、ジョン。他の皆もすぐに来るわ」
「申し訳ないです。俺たち…………」
「これ相手に初撃で死ななかっただけで十分よ。それよりも………」
剣を握り締め、改めて敵へと視線を据える
「さて、あなたは一体どうしてくれたものかしらね?」
「いやはや、流石の身体能力だよ。早くも君を選んで良かったと思っている」
軽い拍手をしながら少しずつ距離を詰めてくるエルフ
「何を言ってるかは知らないけど、学派は組織でしょ?他のお仲間はどうしたの?休憩室でお休みかしら?」
丁度、互いの間合いに入ろうというタイミングで足を止めると、彼は饒舌に語り始める
「彼らは今、とても長い休養中なのだよ。そのせいで人手が足りなくてね。君が来てくれれば大助かりなのだがね」
次の瞬間、両者はほぼ同時に地面を蹴り、片や剣による斬撃、片や重厚なガントレットに包まれた拳による打撃、互いの一撃は轟音と衝撃を生み、金属同士の金切り音と共に周囲の建物のガラス窓は一瞬のうちの砕け散った
(硬いわね………………)
(想像以上の硬度だね………………)
武器ごと破壊する気概で打った攻撃による結果に、両者の意見は一致していた。ガントレットと剣それぞれが上質な金属によって構成されているのは言うまでもないが、それ以上に特筆すべきは、それぞれが纏っている魔力量。その魔力付与がもたらす強度上昇は、並みの武具であれば、武具ごと相手を殺害たらしめるモノだ。だが、轟音と衝撃の果てに、両者の間には確かな均衡が生まれていた
「っ!!」
先に均衡を破ったのはヨセフカだった。剣を軽く傾け、均衡状態だった相手の拳を逸らし、そこに追加の斬撃を加えていく。だが、加えた斬撃は、もう片方の腕によって止められる。拳部分以上の硬度に驚きつつも、相手が剣を払おうするのに併せて後ろ軽く飛び、そこから踏み込んでまた攻撃へと繋げていく。しかし、有効打には繋がらない。踏み込みからの斬撃は、それに合わせるように加えられた拳と交わる。再びの衝撃と轟音。拳による衝撃をいなし、そこから少し懐に入っての斬撃。懐への侵入を予期していたかのようなバックステップで僅かな距離と時間を稼がれ、もう片方の腕によって防がれる。相手もカウンターとばかりにもう片方の拳を振るが、後方への回避と共に空を切る。
そこから約十数秒間、攻撃と防御、攻撃後の隙を付いた攻撃、作業内容は単純な繰り返しによる”競り合い”だ。攻撃の種類や方向をランダム化し、速度も一定ではなく緩急をつけて行われるそれは、既に常人が付いていくことの出来ない領域にあった。しかも、その競り合いの速度自体も人の常識を超えたモノであり、より常人の入り込む余地を失くしていた。
「ちっ!!」
埒が明かぬと判断し、打撃を受け止めた衝撃と共に後方へと飛んで距離を取る。
「ふぅ………まったく、とんでもない身体能力とそれを扱う高度な才能、とんだ化け物だよ、君は………………」
「そっちこそ、学者とは思えないほどの戦闘能力ね。一体どんな小細工をしているのかしら?」
(この女、打ち合っている間に気付いたか?)
息を整える中、ヨセフカはフィーと話していた
”今回も厄介なのと当たったね、ヨセフカ”
”獣化の後遺症で、普段の身体能力も底上げされたはずなんだけど、それに十全とついてくる。本人の能力だけじゃない、相当な戦闘経験を積んでいるわね。まぁ、ちょっとした小細工もしているみたいだけど………………”
”やっぱり、あのエルフが身につけている見慣れない鎧かい?”
”魔力の放出は無いにも関わらず、表面には高密度の魔力が付与されている。常識的な方法じゃない。あの鎧、どんな仕組みかは知らないけど、おそらく母さんの魔剣みたいに魔力制御を補助する機能がある。それも、私の持っているもの以上のね”
”どんな隠し玉があるか分からない。何とも攻めずらいのがもどかしいね”
「ヨセフカ様っ!!」
「マイクっ!」
考え事を打ち切らせるように、後方から残りの団員を連れたマイク達が合流する
「申し訳ありません、遅くなりました!」
「十分よ。それよりも、ジョンとジェイクをお願い!残念だけど、もう戦えないわ!」
「了解です!」
「ふぅ………………」
改めて息を整え、私は一つの決断を下した。一方、眼前のエルフはというと、介抱に向かうマイク達を一別し、まるで興味がない対象かのようにゆらりと視線を私へと戻した
「お仲間が来たみたいだけど、頭数にも入らない連中だね。むしろ、守る対象が増えてやり辛くなったんじゃないかな?」
「残酷だけど、あなたの言う通りよ。皆じゃまだ、私がいる場所に近づくことすら出来ないでしょうね」
瞬間、大気が大きく震える
(空気がざわついている?この女、あれをやる気か…………仕方ない、お遊びはここまでだな)
眼の光が増し、腕と脚に追加で白銀の体毛が生え揃っていく。その手に握る魔剣、その肉体、そこに生える体毛の1本1本に至るまで、躍動する魔力量が数段と跳ね上がっていく。その魔力量は、青白い光の粒子となって可視化できるまでに高まり、まるで彼女を飾る装飾かのように纏われていく。
(この変わり様、やはりあの男のモノとそっくりだな………………)
負傷したジェイクとジョンを他の団員達と共に運びながら退避するマイク。彼は、ヨセフカに指示されるまでもなく、ジョンとジェイクを連れて退避すること選択した。一瞬、主に背を向けて逃げることにへの躊躇いを抱いたが、その感情は”あの光”とあの時の上位魔族を上回る”圧”によって霧散し、この選択が最善であったと確信した。悔しいが、あの場で我々が出来ることはない。やれるとしたら、彼女が全力を出す為に負傷者と共に離れることだけだ
彼女の変化を前にエルフが抱いていたのは、恐怖でもなければ驚きでもなかった。彼の中にあったのは、自身の選択の正しさが証明されたことへの満足感とそんな自身の予想すら上回るかもしれないことへの期待感だった
「先ほど君を化け物と呼んだが、その言葉すら可愛く思えるほどの変わりようだね」
「あなたには聞きたいことが色々あるの。間違いがないように加減はするつもりだけど、あなたは………………」
『”半殺し”よ』
尋常ならざる魔力を躍動させる魔狼と不敵な笑みを止めたエルフ、互いの闘争は第二幕へと移る。
~ep.18 ”奇跡(2)” へ続く~
ガルムで見せた力を再び見せたヨセフカ。対して、心中で計画を進める”学派”のエルフ。エルフによって張られた計画が”力”を絡めとるのか?それとも”力”が計画を破綻させ、彼女の望む結果をもたらすのか?手繰り寄せた先にある答えが何かを知るのは勝者のみ、彼女は今回も”そちら側”に立つために進み続ける。笑顔で見守る”観客”に背中をおされながら………………




