第20話 好きなものは好きだからしょうがない!!
「頑張ってね、雪音ちゃん! 俺、雪音ちゃん応援してるから!」
「おばさん、何かあったら新作のポテチ買ってよね」
「何で睦月がいるの……」
我が校の体育祭は予選、本選共に平日である。よって、本選でも見にくる生徒の父母や家族は他と比べて少ない。私がこの高校に入った理由の一因はこれであり、睦月が学校行事に来ないようにとのためだった。睦月が来るとその容姿でまず注目の的となり、変態ぶりでまた皆の視線を集める。旭も黙って笑っていれば、可愛く見えることないし、その趣味のお姉様たちには絶好の獲物なのだ。美形って本当面倒ですね。
しかし、何故会場には笑顔の睦月と見るからにやる気がなさそうにぶすっとしている旭がいるのだろうか。
「今日、創立記念日で休み。…… それで、母さんに行けって言われたから」
「俺は今日普通に学校あるけど、雪音ちゃんの晴れ舞台だから休んだ!」
どうやら、旭は来たくはなかったらしい。そりゃそうだ、旭は根っからのインドアである。夏休みも友達と遊ぶ以外は家でゲームをしていたし、積極的に外に遊びに行くことはまずない。創立記念日なんて絶好のゲーム日和だからな。
今朝、父の海外主張でアメリカへと旅立った母からの命を受け、仕方なしに来たらしい。見るからに嫌そうなオーラを出している。
反対に睦月は仮病で休んだらしく、満面の笑みでどこからか持ってきた応援グッズをせっせと取り出していた。"雪音ちゃんファイト"と書かれ私の顔がでかでかと印刷された大きな旗や、"雪音ちゃん命"と書かれたはっぴや鉢巻を持っていた。子供サイズもあるようで、はっぴと鉢巻を旭に無理矢理手渡し、全力で嫌がっている旭がそこにいた。
「睦月、まさかとは思うけど、幼稚園や小学校、中学の時みたいにそれを着るわけじゃないだろうね」
「えー? 勿論着るに決まってるでしょ、雪音ちゃん!」
「やめろ、絶対にやめろ」
睦月の手から無言で応援グッズを奪うと睦月が大きな叫び声を上げる。旭からも押し付けるようにして回収し、体育祭で恥をかくことはなくなった。
睦月は幼稚園の頃からどうやって作ったのか、雪音ちゃんラブとか書いたはっぴやうちわで恥ずかしげもなく私を応援していた。普通に応援されるのも恥ずかしいのに、何故そんな目立つ方法でやるのだろうか。
そして、幼稚園の頃からそんな崇拝ぶりを見せていたため、いくらモテていた睦月でも女の子からは飽きられていった。いや、そんなわけあるか。シスコンということを無視すれば完璧なため、睦月はモテていた。シスコンでも、変態でも。そして、睦月と付き合うためには姉の私を倒さなければいけないという女子共通のルールが出来、よく呼び出されたものだ。しかし、呼び出しの途中で必ず睦月が乱入していたため、結局私を倒したものはいないそうだ。ラスボス桜海と不名誉なあだ名で呼ばれたのは、今となっても私の隠したい過去の出来事トップを争うものだ。
「おばさん、オレ、ここにいる理由分かったわ……」
「変態な兄を持つと大変だね、旭……」
母に体育祭へ行けと命じられたのは、睦月のストッパー役だと気付いたのか、遠い目をした旭はしみじみと語っていた。小学生らしからぬ貫禄だな。
「睦月、体育祭で変な声でも出してみろ。罰則、いや、お仕置き…… あ」
「お仕置き!? それ、ご褒美だね、雪音ちゃん!」
目を輝かせた睦月の頭を軽く叩くと、旭にバカを見るような目で見られた。ああ、分かってるよ、それくらい!
睦月に有効な罰は何かと考えていると、桜海家で唯一まともな旭が声を上げた。
「おばさん、こういうのにはデート権とかの方が有効だと思うけど」
「ちょっと待て、睦月とデートとか、え」
絶対嫌だ。美形残念兄妹や神永君も同じだが、睦月といると女子から睨まられる率が増える。しかも、雪音ちゃん雪音ちゃんとうるさいから睦月だと更に上がる。旭だって女子小学生から睨まられるんだぞ。嫌なことこの上ない。
「黙ってたらおばさんがデートしてくれるって」
「えっ!? 雪音ちゃんそれ本当!? …… あ、つーか、旭、雪音ちゃんのことをおばさんなんて呼んじゃ駄目だぞ」
語尾にハートマークが付いているかのように言った睦月に旭はドン引きし、そして私も引いていた。旭は急かすように私のジャージの袖を引っ張り、あごで睦月を指す。本当って言えってことですね、嫌だが分かる。
「…… 黙ってたらね」
「っ!? 俺、今、人生で1番最高な時間かもしれない!? どうしよ、旭、俺、明日死ぬのかな!?」
「死ぬんじゃないの」
「…… 旭、頑張れ」
もう観客席行くよ、と有頂天な睦月を引っ張りながら去って行く旭に心の中で敬礼する。苦労人は将来大成するらしいぞ、旭。
「あ、そうだ。雪音ちゃん、借り物競争で"大切な人"、"好きな人"は俺を選んでね!」
「旭を選ぶから大丈夫」
何で神永君と台詞まるっきり一緒なんだよ。
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「雪音さん、いよいよですね。頑張って下さい」
「魂胆見え見えですよ」
体育祭も中盤にさしかかり、午前中の競技は借り物競争ただ1つとなっていった。
共に白組の美形残念兄妹は、勿論本選でも活躍し点差は我が紅組とは既に50点差。紅組は一部を除いてもう諦めモードであり、白組の優勝は確実となった。
そして、諦めているのかいないのかは分からない神永君は、100メートル走では1位を取っていた。全く嬉しそうな顔はしてなかったが、そこは無表情なことを考慮してか周りが喜んでくれていた。ちなみに、インタビューを受けられなくて不満だったらしい。
そして、体育祭や文化祭は告白の嵐と言うがまさにそうで、100メートル走が終わった後には女子から呼び出されていた。神永君のクラスのマドンナとも言うべき彼女だったが、好きな人がいるからと断っていた。相変わらずの略奪愛者である。
「借り物競争のお題で"愛している人"、"世界が滅びようとも一緒にいたい人"が出たら俺を選んで下さいね」
「昨日より重くなっているのは、私の気のせいですか」
目を輝かせている神永君にそう言えば、それくらいじゃないと面白くないと言われた。
「そう言えば、雪音さん」
「何ですか」
「観客席で義弟さんと一緒にいた彼は、雪音さんの恋人ですか?」
「はい?」
観客席で旭と一緒にいたとなれば、睦月くらいしかないだろう。ちなみに、睦月は私が綱引きに出場している時に約束を守らず、雪音ちゃんと叫んでいた。ストッパーの旭といえば、出来るだけ距離を取り、他人のふりをしていた。諦めたな、あれは。
「いや、あれは」
「恋人場合だったら、更に燃えますね。篠宮先輩に偏った愛で拘束され、そして更なる新たな男の登場。雪音さんの恋人を名乗る彼によって、翻弄される雪音さん。やめて、私のために争わないで。そう言う雪音さんですが、2人の争いは止まりません。そこにまた現れる男、神永慧。雪音さんの恋人を名乗りますが、雪音さんが本当に好きになったのは彼でした。篠宮先輩と恋人を名乗る男から連れ出し、2人は人里離れた場所へ逃亡します。そして、そこで2人はひっそりと暮らして行くのです。真実の愛、トゥルーラブ」
「その妄想力は昼ドラに活かすべきですね」
それを無表情で言うのだから、神永君は怖い。
結局、弟と言うことが出来ないまま、競技はスタートしてしまった。観客席からの雪音ちゃんコールと神永君からのグッジョブサインが怖い。
比較的早めにお題が書いてあるテーブルに着き、適当な紙を取る。
きっと、適当なものに着替えるとかそこら辺だろう。そんなことを考えながら、紙を開いた。
しかし、私は忘れていた。昨日の会長さんのあの言葉を。
“今年の借り物競争のお題、面白いものになってるわよ!”
内容を見て呆然としてしまったのも仕方のないことだと思う。周りを見渡しても、ポカンとしている生徒ばかりだ。観客席は、誰もその場から動かないことに違和感を感じたのかざわついてきていた。
“大切な人、3人以上(異性)”
紙を破り捨てなかった私を誰か褒めて欲しい。




