8話 新しい生活
朔夜は集落に溶け込み、信頼を得る頃には、半年程経っていた。
その日は心乃葉の誕生日だと言い、朔夜は、モクレンの花と柚鞠に編んでもらった腕飾りを持って、家を訪ねた。
「……誕生日だと、聞いて。」
朔夜は気恥しく、視線を逸らしながら心乃葉に手渡す。
「ありがとうございます。」
顔を赤くした心乃葉は受け取ると、腕飾りを見て首を傾げた。
「これは、何ですか?」
「これは、町で流行っている…まじないだ。」
そう言うと、心乃葉の手首に回し、結び付けた。
「…素敵……。」
編まれた紐の真ん中で、桃色の石がキラリと光った。
「大切にします。」
「ああ…良かった。」
「かわいいー。」
「良いなー、おれもほしー。」
二人の間に、弟と妹が割り込むと、朔夜と心乃葉は苦笑いをした。
父親が姿を現すと、朔夜は佇まいを正し、真っ直ぐと力強い視線が父親を射抜いた。
「…お話しがあります。」
「なんだい?」
見当はついていたけど、父親は素知らぬ振りをして返事をした。
「心乃葉さんを……ください。」
沈黙が続く。
「……朔夜くんが来てから、心乃葉も、皆が助かっているのも事実…。」
朔夜はじっと、父親の言葉を待った。
「一つ、約束してほしい。
たまにで良いから、心乃葉と家に遊びに来なさい。」
自信がなく伏せられた瞳は、明るく光を取り戻したかのようにキラキラしていた。
「ありがとうございます!必ず。」
朔夜はそう言うと、後ろに居る心乃葉の手を取った。
「お義父さんの了承は得た。
……心乃葉…俺と結婚してほしい。」
顔を赤くする心乃葉は、上手く言葉が出せず、小さく頷いた。
────
二人の新居は、山の反対側にある、モクレンの木が近くにそびえ立つ山小屋だった。
「ずっと歩いていたから、疲れただろ?」
「いえ…休憩も沢山取ってもらえたので、そんなには…。」
心乃葉の目に最初に飛び込んだのはモクレンの木。
「モクレンは。こんな大きな木なのね…。」
「ああ。お前が喜ぶかと思ってここにした。」
「はい。嬉しいです。」
朔夜には夢のような時間だった。
しかし紅蘭に見つかれば、また同じ事をされるのでは。と言う思いは拭いきれなかった。
しばらくは、集落と同じような生活をしていた。
朔夜が狩りに出ると、心乃葉は家事をする。二人で食事をして、夜は隣で眠る。
違うのは二人きりという事だけ。
そして朔夜は心乃葉を大事にしていた。
口付けも祝言の時……それ以降はしていない。
だが、その事も、心乃葉には不満に思えたのかもしれない。次第に退屈そうにし始めた。
「朔夜さん、私も狩りに行ってみたい。」
「駄目だ!怪我でもしたら大変だろ。」
「では、家族の所に遊びに行きたい。」
「先週行ったばかりだろ。」
「……。」
心乃葉は頬を膨らませた。
「俺は、心乃葉が居てくれるだけで幸せなんだ。」
「……私は…それだけじゃつまらない。」
「…あまり我儘を言わないでくれ。」
「……もういいです。」
そう言うと、まだ日は暮れていないと言うのに、心乃葉は布団に潜ってしまった。
(紅蘭に見つかったら、また……そんな事になるわけにはいかないんだ…。)
朔夜は胸の中で強く思った。
次の日の朝。
「狩りに行ってくる。」
朔夜は心乃葉に声をかけるが、返事は返ってこなかった。
(怒っているのか…?)
それ以上何も言わず、朔夜は山小屋を後にする。
それをじっと、待っていた心乃葉は、山小屋の戸をゆっくり開けると、足早に出て行った。
朔夜の作った簡易的な山道は、心乃葉の実家まで、十時間かかる。
無謀でもあるが、心乃葉の唯一の抵抗だった。
(はぁ、はぁ…道は覚えてる。一晩居ないくらい、大丈夫よね。)
そんな軽い気持ちで歩く心乃葉。
この行動が、自分を苦しめる事になるとは、思いもよらなかった。
────
朔夜は鬼の里へ来ていた。
紅蘭が話しかけてくる。
「よう、朔夜!今度はどこまで行ってきたんだ?」
(紅蘭は気づいていないみたいだな。)
「北の町へ行ってきた。雪が降ってたから、もう行くの辞める。」
「お前、寒いの嫌いだもんな!」
そんな二人の中に、青い鬼の李雲が声をかけてきた。
「朔夜!」
「李雲?」
「お前、何処に行ってんだ?」
「北の町だってよ!」
朔夜に尋ねているのに、紅蘭が答えた。
「紅蘭…。」
呆れ顔の李雲。
「悪いが、朔夜に用があるんだ。借りるぞ!」
李雲が朔夜に目配せをすると、後をついていく。その二人の背中を、面白くなさそうに、紅蘭は見送っていた。
つづく。




