5話 真実
祝言の一週間前。
店の中は、慌ただしく動いていた。
「何処にも見当たらない。」
「朝げの時は居ましたよ?」
店の者たちが、心乃葉を探していた。
その会話の中に、朔夜が入って来る。
「外へ出る所を見た者は居ないのか?」
「皆に聞いてみます。」
一人が一礼して、その場を後にする。
(嫌な予感がする…。)
この朔夜の予感が、後に後悔へと繋がっていく事を、この時はまだわかっていなかった。
一時間前――
外で掃き掃除をしている心乃葉。
そこへ、ザッザッと足音…。
「やあ、娘さん。」
「あっ。あなたは…。」
「俺は紅蘭。」
「朔夜様のお知り合いなのですよね?」
「ああ。」
紅蘭は不適な笑みを浮かべるが、心乃葉は気づいていなかった。
「朔夜様を呼んで来ましょうか?」
「いや、今日は娘さんに用が…。」
「はい?」
「朔夜に祝言のお祝いを選びたいのだが、迷ってしまって…娘さんに見繕ってほしいんだ。」
紅蘭は額に手をあて、困った様子を取り繕った。
「そういう事なら…。
店の者に、言伝してきますね!」
心乃葉が振り向くと、紅蘭が腕を掴んで制止した。
「待った、待った。
朔夜には秘密にしたいんだ。内緒で行ってくれるか?」
「ですが……。」
「そう遠い店ではないから、昼げには間に合うよ。」
ニコリとする紅蘭に、心乃葉の警戒心は解かれ、そのまま着いて行く事にした。
そして今――
番頭と朔夜が話している所に、一人の店の者が駆け寄って来る。
「一時間前に、外の掃き掃除をしに行く心乃葉さんを見た者がいました!」
「何!?」
番頭と朔夜が顔を見合わせる。
「俺は外を探してくる。」
そう言うと、朔夜は店を飛び出して行った。
(心乃葉…何処へ行ったんだ……。)
────
そこは薄暗く寒い洞窟の中。
心乃葉は無造作に寝かされていた。
「ん……。」
どのくらい眠っていたのだろう…目覚める心乃葉。
「よう。やっと目覚めたか。」
目の前には、真紅の長い髪に、角と牙の生えた赤鬼が座っていた。
「ひっ!」
心乃葉は逃げようとする。が、両手両足を縛られていて、身動きが取れなかった。
「貴方は…紅蘭さん?……なんで?朔夜様のお知り合いなのでしょう?」
「ああ……あいつは長になる予定なんだ。
だが、お前のせいで里に寄り付きもしなくなった…。」
ジリ、ジリ。と心乃葉との距離を詰める。
「返してもらうよ?」
「長?里?……朔夜様は…。」
「はっはっはっ!そうか知るわけないよな!あいつも……鬼だ!」
「っ!」
心乃葉の頬に涙が伝う。
「あー、もう一つ。
太田って人間を殺したのも朔夜だ。」
「え……。」
「あいつは平気で人間を殺す鬼だぜ?そんなやつと祝言か?笑えるなー。」
クスクスと嘲笑う紅蘭。
心乃葉は涙を流すしかなかった。
そして霞む視界に飛び込んでくる。
見覚えのある…桜柄。
「え……なんで私…この着物…。」
「ああ、そうだ。良く似合ってるよ娘さん?」
血の気が引く心乃葉。
涙は止まり、代わりに冷や汗が流れる。
「わ、私を…どうするの、ですか?」
「んー…間に合えば返してやろうと思ってたけど……良い死に衣装だろ?」
紅蘭がまた一歩近づく。
「……辞めて…来ないで…朔夜さ、ま。」
紅蘭は心乃葉の言葉ごと、口を塞いだ。
それは牙が当たり、血が滴る…恐怖でしかない口付け。
そして――ザクっ!
「うっ……。」
心乃葉の腹は裂かれる。
離れると、ぺっと唾を吐く紅蘭。
「どんな味かと思ったら……不味いな。
こんなののどこが良いんだか…。」
丁度その時だった。
「ここか!?」
朔夜の声。
不穏な空気の中に血の臭いがする。
「紅蘭!お前、心乃葉を連れ――」
朔夜が言い切る前に、紅蘭の後ろに血まみれの心乃葉が視界に入る。
「心乃葉!?心乃葉!」
叫ぶ朔夜。
紅蘭は、冷たい視線を向けるだけだった。
「お前!」
朔夜は血まみれの手で紅蘭の胸ぐらを掴む。
「目を覚ませ…俺たちは鬼だ。」
鬼は鬼を殺せない。殴ったとしても刹那の痛み。
なんの意味も持たない事を朔夜も知っていた。それより心乃葉を助ける事を優先した。
「くそっ。心乃葉!」
心乃葉の縄を切ると抱き上げる。
「駄目だ!逝かないでくれ……。」
「さく…さま……。」
息も絶え絶えな心乃葉が声を振り絞る。
「鬼…だったのですね…。」
「すまない!怖がらせたくなかった。」
「おおた、さんを…殺めたと…。」
「……ああ。お前が幸せになれると思ったから。」
その言葉に一瞬目を見開く心乃葉。
「……わたし、は…。」
全てを言い切る前に、目から生気は消えていった。
「心乃葉!心乃葉!」
全てを傍観した紅蘭は、口角を上げると姿を消した。
「まだだ……心乃葉…。」
心乃葉を抱き抱えると、鬼の姿に戻る朔夜。そのまま里へ心乃葉を連れて行った。
つづく。




