4話 仕立てた着物
期日の一週間が経つと、父親に呼ばれると、朔夜と心乃葉は少し緊張した面持ちで部屋へ入って行く。
「……。」
「ほら、あなた。」
母親が促すと、父親は口を開いた。
「お前たちの、祝言の日取りだが……。」
その言葉で、結婚を認めて貰えたのだと、朔夜の心の内は喜んでいた。
それを表に見せないだけだった。
「三ヶ月後にする。」
「早いですね。」
心乃葉は考えるように言う。
「お客さんや店の者にも認知されてきたかな…早い方が紹介もしやすい。」
「白無垢は、私が着たのを…後で、合わせてみようね。」
母親は優しい眼差しのままだった。
「…ありがとうございます。
こんな早く認めて貰えると思ってなかったので……一生懸命、励みます。」
朔夜は頭を下げながら言った。
「頼りにしている。」
父親の短い返事に、朔夜は頭を上げた。
そこには、初めて会った時のような、警戒心はなかった。
「はい。」
朔夜もそれだけ返す。
言葉は少ない。けれど二人には一言で十分だった。
そこからまた三週間経った日。
注文されていた桜柄の着物が仕立て終わったため、男を朔夜と心乃葉は店で待っていた。
「俺が先に対応する。心乃葉は合間を見て、着物を持ってきてくれ。」
「承知しました。」
朔夜が隣に居るだけで、心乃葉には心強かった。
そして、暖簾を潜って男が入ってくる。
「邪魔するよ。」
「っ!」
朔夜の顔を見て、男は口角を上げる。
「仕立て予定の日だから、来たのだが…。」
男は辺りを見回す。
朔夜は、心乃葉を視界に入れないように、一歩前に出た。
「……お前。」
低く唸る朔夜。
「くくく。怖い顔するなよ。着物を取りに来たんだ…見せてくれないか?
わ、か、だ、ん、な?」
「っ!」
驚く朔夜の顔を見て、男は、くすくすと肩を揺らす。
婚約の事は、まだ番頭と贔屓にしている客しか知らない事だった。
「何を企んでいる?紅蘭…。」
「…さあ。朔夜…俺はがっかりしているよ。」
「なんの事だ?」
「こんな所で人間ごっこか?」
紅蘭が一歩、朔夜に近づく。
「鬼の里へ帰ろう。俺たちは上位の鬼だ。お前じゃないと長は務まらんだろう?」
「…お前が慣ればいい。」
「俺はお前を認めてるんだぞ!?」
「…知るか。」
朔夜がそう言うと、踵を返し、心乃葉の元へ行き、着物を持って来るように耳打ちした。
「朔夜……。」
紅蘭は首を振る。
「俺はここで……心乃葉の傍で、心乃葉の役に立ちたい。」
「はぁ……まあ、頑固なのは知っている。
朔夜、祝言には呼んでくれよ?」
「……。」
満足そうな笑みを浮かべる紅蘭に対し、眉間に皺を寄せて、朔夜は紅蘭を睨むように見つめていた。
「お待たせしました。こちらです。」
心乃葉が着物を持って来ると、紅蘭は嬉しそうに受け取る。
「うーん、良いねぇ。とても似合いそうだ。」
「誰に着せるんだ?」
朔夜の問いに、紅蘭は答えなかった。
ただ、桜柄の着物を眺めながら、口元に薄い笑みを浮かべる。
「……。」
そして、そのまま踵を返して、紅蘭は暖簾を潜って店を出て行った。
その背中を見つめながら、朔夜は眉間に皺を寄せた。
(何なんだ、あいつ…。)
だが、考えても答えは出なかった。
「…今の方は、お知り合いなのですか?」
難しい表情の朔夜に、心乃葉は見上げるように尋ねた。
その声に、朔夜は今へと引き戻される。
「ああ…昔からの知り合いだ。」
「そうなんですね。」
「さあ、仕事を再開しよう。」
「はい。」
それから二人は祝言に向けて、日々を重ねていった。
「朔夜様の婚礼衣装は、出来たのですか?」
「ああ。大きいから大変だ。とボヤかれた。」
「ふふふ。反物は足りたでしょうか?」
クスクスと笑う心乃葉。
「早く心乃葉の白無垢姿を見たいな。」
朔夜は穏やかに笑いかけた。
「っ!
朔夜様のも!…きっと素敵ですから。」
心乃葉は顔を赤くして俯いてしまう。
(愛らしいな……。)
朔夜は心乃葉の手を取ると、廊下を進んで行った。
祝言の日にむけて…だが、その日が来る事はなかった。
つづく。




