3話 眠れぬ夜
次の日から、朔夜は番頭の手伝いをしていた。
そして、そこからまた一週間が経っていた。
「朔夜さん、中々の切れ者ですよ。覚えが早くて、助かってます。」
番頭が父親に、そんな話をしているのが、お茶を持った心乃葉の耳に入って来た。
(朔夜様の話をしているのね…。)
「ああ…だが、何か腑に落ちない。」
「継がせるかは別として、心乃葉さんの婿にして、手伝わせるのは賛成ですよ。」
「うーん……。」
次の父親の言葉に心臓が早鐘を打ち、持っているお盆に力が入る。
「心乃葉?」
向こう側に居る朔夜が声を掛けた。
「朔夜様…。」
丁度その時、襖が開き、番頭が呼び出した朔夜と、心乃葉を部屋に招き入れた。
「……。」
「…この数日間、朔夜さんの仕事ぶりを見て、目を見張るものがある。」
番頭が口火を切った。
「…ありがとうございます。」
朔夜は頭を下げた。
それを見て心乃葉も頭を下げた。
(心乃葉…。)
鬼には理解出来ない、些細な事だけど、朔夜の心は暖かくなっていた。
「…あと…後、一週間、様子を見る。
その後、祝言の日取りを決める。」
父親がそう言うと、朔夜と心乃葉の顔が明るくなった。
「ありがとうございます!」
番頭に言うより、力強く、深く頭を下げた。
心乃葉は「良かったです。」と、朔夜にだけ聞こえるように言った。
父親の部屋から出ると、二人は廊下を歩いて行く。
その様子を、怒りが満ちた瞳が捉えて離さなかった。
この怒りが二人を引き裂く事になるとは、まだ誰も知らなかった。
────
三日後…客の中に一際大きな男が居た。
「い、いらっしゃいませ。」
(初めて見る方……。
朔夜様より大きい…でも綺麗なお顔…。)
「…そなたは、奥方か?」
「いえ、ここの娘でございます。」
粗相のないよう、心乃葉は対応していた。
その男は心乃葉を見定めるように、見ると、ふっと鼻を鳴らして言う。
「この店で一番高い反物を。」
心乃葉が番頭に目配せをする。
すると、番頭が上等な反物を持って来る。
「こちらが、この店で一番でございます。」
ニコリと番頭がすると、その男が眉間に皺を寄せて言う。
「これが?」
番頭も下がる気はない。
「…はい。」
二人の間にしばし沈黙が落ちる。
「……。」
耐えかねた心乃葉が二人の間に入った。
「申し訳ございません。お値段のするたん物は、普段からご贔屓のお客様にしか、お見せしていないものでして……」
「…心乃葉さん。」
頭を下げる心乃葉に、番頭は駆け寄った。
「はっ。お高くとまってるなあ。」
その言葉に、心乃葉は一層頭を深く下げた。
「…まあいい。」
その男は、ジャラっと巾着袋を投げると、口角を上げて言う。
「この金で一番高い反物で着物を作れ。」
「……持ってきてください。」
「ですが…。」
心乃葉が番頭に小さく頷くと、番頭は足早に奥へ消えていった。
投げ捨てられたように落ちている巾着袋を拾い上げると、その重みに目を見開いた。
「こんなに…頂けません!」
心乃葉は男に巾着袋を返そうとするが、男は拒んだ。
「融通を聞いてもらうんだ。これくらい良いさ。」
「ですが!……」
「なんだ娘、俺に恥をかかせる気か?」
見渡すと数人の客がこちらを見ている。
「わ、わかりました。まずは見てください。気に入って頂けたら、頂戴します。」
丁度その時、番頭が持ってきた反物を、その男の前に広げて見せた。
「ほう…。」
絹のような肌触りの生地に、桜の柄が描かれていた。
「この桜の縁には、金の糸が使われています。そして、こちらにも金の糸がおまれている帯が合うかと…。」
心乃葉は男の顔を伺うように説明をした。
「ああ、これでいい。」
「承知しました。ですが…こちらは女性用のでして…。」
「そなたと同じに仕立ててくれ。」
「えっ?私ですか?」
驚く心乃葉に、男は気にしない雰囲気で何も言わずに店から出て行った。
――「と、日中、こんな事があったのです…。」
「そうか…それは大変だったな。」
朔夜の部屋で、寝支度の手伝いをしていた心乃葉は、頬を膨らませながら話していた。
「その着物、引き取りに来る時に、俺も一緒に居よう。」
何気ない一言に、心乃葉を目を見開いた。
「ありがとうございます…。」
布団をピシッと直すと、心乃葉は少し赤くなった顔を隠しながら部屋から出ようした。だが、朔夜に腕を優しく掴まれてしまう。
「あのっ!?」
「顔が赤いように見えた。」
「……その…嬉しくて…。」
「うれ、しい…?」
朔夜は首を傾げていると、今度は朔夜に向けて、頬を膨らませた。
「もう!朔夜様は、乙女心をわかっていない様子ですね。」
「なっ…。」
思わず掴んだ腕を離して、後ずさりをする朔夜。
「すまない…こういう気持ちは、初めてなんだ…。」
「初めて…?」
「ああ…心乃葉が……初恋というやつだ。」
心乃葉の顔が、さっきより赤くなると、慌てた様子で部屋を飛び出してしまった。
「あ、この、は……。」
(言ってはいけなかったのか…?)
朔夜はモヤモヤした気持ちで、心乃葉はドキドキして、二人は外が薄っすら明るくなるまで、眠れなかった。
つづく。




