23話 通じ合う想い
ジャリっジャリっと足音が近づく。
朔夜はモクレンから離れて音のする方へ飛び出した。
「…心乃葉。」
「こんにちは、朔夜さん。」
「ああ。体は大丈夫なのか?」
「ええ……今は。」
「そうか…。」
少しの間会わなかっただけなのに、やつれた心乃葉を見て、朔夜は懐にしまった薬に触れる。
「心乃葉――」
「――朔夜さん!」
朔夜の声に被るように、心乃葉が力を込めて朔夜の名前を呼んだ。
その顔からは何かを決意したような、力強さがあった。
「ん?」
朔夜は反射的に返事をする。
「あの……。」
心乃葉はモクレンの押し花を胸に抱きしめたまま、朔夜を真っ直ぐ見つめた。
「私……朔夜さんが、好き…です。」
そう言うと顔は赤く染っていく。
今までの心乃葉からも、好意はあった。だが初めて自分から近づいていないのに、しかも愛情を示してくれた事に、驚きと嬉しさで、朔夜は薬から手を離した。
「……俺は…。」
朔夜は小さく頭を振ると、心乃葉を自分の胸に引き寄せる。優しく、でも力を込めて抱きしめた。
「俺も……好きだ。心乃葉を、初めて見た時から。」
その言葉を聞いて、心乃葉は胸がいっぱいになると、朔夜の背中に腕を回した。
二人はモクレンの木の下に寄り添って座っていた。
「不思議なんです…朔夜さんと、初めて会った気がしなくて。たまに、前にもこんな事あった!て思ったりして。」
(っ!前回の心乃葉も同じような事を言っていたな…。)
「そうか……前世は兄妹か、恋人だったかもしれないな。」
朔夜は、ふふ。っと笑いながら言うと、突然心乃葉が腕を掴んだ。
「朔夜さん!覚えててくれたんですね。私が言った事!」
(っ!?この感覚……今の心乃葉じゃない。)
「…心乃葉?」
「はい。」
「すまなかった。俺は……ずっとお前を守りたかった!」
「わかってます。ずっと前も、今も……。
言わなかったけど…私、玄浪さんに会う前までは……。」
そこまで言うと、心乃葉はゆっくり目を瞑り、開く。
「……朔夜さん?……私、今…。」
「……大丈夫。お前はお前だから。
俺は心乃葉の全てを、愛している。」
何が起こったのか分からず、不安に揺れていた心乃葉だったが、朔夜の言葉が、その不安ごと優しく包み込んでくれた。
それから他愛のない話を続けると、あっという間に夕暮れになる。
「長居をさせてしまったな。」
朔夜は心乃葉の頭の上にポンと手を置く。
「いえ……私が、一緒にいたかったから…。」
「俺だって一緒にいたい。ずっと……。」
心乃葉を自分の胸に引き寄せると、名残惜しそうに抱き合った。
「家まで送る。」
「いえ、大丈夫です!」
「しかし、病気の体じゃ辛いだろ。」
「…ここに、朔夜さんがいるのは、一花と私だけの秘密なんです。もし村の人に知られたら、朔夜さんに迷惑がかかるかもしれないので。」
「そんな事……。」
「町では普通に鬼が歩いてるそうですが、ここは田舎の村なので、いきなり朔夜さんが現れたら、驚きますから。」
心乃葉を困らせたくない朔夜は、小さく頷いた。
「では、階段の下まで……その分一緒にいられる。」
「……はい。」
そして二人は手を繋ぎながら、階段を一段一段ゆっくりと降り始めた。
しかし数段降りると、心乃葉の様子が変わっていった。
「ゴホッゴホッ!」
「心乃葉!?」
「はぁ…はぁ……っ、ゴホ!」
ポタ、ポタ…。
咳き混んだ心乃葉の口元から、血が零れると、地面を赤く濡らした。
そしてそのまま、心乃葉の体がゆっくりと傾くと、朔夜は素早く受け止めた。
「心乃葉!」
「さく、やさん……。」
それだけ言うと、心乃葉は意識を手放した。
朔夜は抱き抱えると、境内の井戸の水を汲み、懐から小さな薬包を取り出した。
「……お前が助かるなら、俺は。」
朔夜は薬と水を口に含むと、心乃葉の口にそれを流し入れた。
コクリと心乃葉の喉が動くのを確認すると、少し寂しそうな笑顔で見つめ、もう一度触れるだけの口付けをした。
朔夜は心乃葉をだき抱えたまま、村へ降り立つと、心乃葉の家へ足を向けた。
(懐かしいな…だが、随分変わった。)
歩いていると、村人に出くわす。
「わぁ!鬼だ!」
慣れた光景。だが、敵意は感じられない。
「すまない…この娘が倒れていた。家が知りたい。」
「あ、ああ…そこを右に曲がって二軒目だ。」
「ありがとう。」
朔夜は言われた通りに進んでいく。
家の様子は違っていたが、周りは確かに……前の家と同じ場所だった。
「心乃葉はずっと、ここに居たのか…。」
グッと涙を堪えると、家の戸を叩いた。
出てきたのは慌てた様子の母親だった。
「はい!」
「あの…。」
「っ!心乃葉!?」
驚きを隠せきれない母親を、宥めるように冷静な声の朔夜。
「何処に寝かせれば?」
「あ、えっと…こちらへ。」
案内されるまま、奥の部屋へ行くと、心乃葉を静かに寝かせた。
「この子…体が弱くて……今日も朝から見当たらなくて。何処へ行ってたのやら…。」
母親が朔夜の背中に零した。
「……この薬を、飲ませました。
具合が良くなるようなら、飲み続けて下さい。」
朔夜はそう言うと、母親に薬が入った紙袋を渡した。
「え?これはどんな?貴方は?」
「……。」
母親の質問に何も答えず、朔夜は家を後にした。その表情は険しく、感情をぶつけたくて、山へ走った。
木に拳を叩きつけると、その衝撃で枝葉が大きく揺れた。
(せっかく想いが通じ合ったのに……。)
心乃葉の顔が脳裏に浮かぶ。
「俺は……離れられるのか…心乃葉から…。」
────
朔夜から渡された薬が効いたのか、心乃葉の容体はみるみるうちに落ち着いていった。
診察に訪れた医者も、その回復ぶりに驚きを隠せなかった。
「このままなら、もう大丈夫でしょう。峠は越しましたよ」
母親は安堵の息を吐き、眠る心乃葉の手をそっと握った。
「この薬はどちらで?」
「……倒れた心乃葉を運んでくれた鬼の方が、持っていました。」
「そうですか…町でも手に入るかどうか…。鬼の知識なのか…。いや、すみません。見た事ないも薬だったので。」
医者は何とも言えない表情を浮かべ、困ったように頭をくしゃくしゃとかいた。
「そうなんですね……。」
(どうしてあの鬼は、心乃葉にこの薬をくれたのだろう…。)
母親は、朔夜が去っていった玄関を見つめた。
つづく。




