22話 それぞれの想い
数日後。
一花は朔夜の元へ来ていた。
心乃葉の様子を伝えるために。
――「…そうか。」
「やっぱり二十歳まで生きられないのかなあ……。」
一花は手で顔を覆った。
「大丈夫だ。生きようとしていのだろ?心乃葉を信じてやれ。」
その言葉とは裏腹に、朔夜は自分の手を強く握り締めていた。
「……はい。」
「教えてくれて、ありがとう。」
「はい。」
一花は一礼すると、その場を離れていった。
誰もいなくなった境内で、朔夜は更に手に力を込める。
そして爪が食い込む。
ぽたり――。
赤い雫が、地面へ落ちた。
────
それから二ヶ月が経った。心乃葉はようやく、自分の足で歩けるまでに回復していた。 けれど、以前のように長く歩くことはできず、すぐに疲れてしまう。
それでも朔夜に会いたい思いが、足を動かし続けた。
「はぁ、ゴホッゴホッ。
はぁ……大丈夫、大丈夫。」
休憩する度にモクレンの押し花を胸に抱き、疲れた様子も見せないように、着物の裾を払い、髪を整えていた。
ようやく神社の境内に足を踏み入れる。
すると、朔夜の隣には見たことの無い女の人が立っていた。
(……誰だろう?綺麗な人…。)
それ以上近寄れずにいると、微かに会話が聞こえた。
「――いい加減里に戻って来な。
いつまで居る気だい?」
「……今までの心乃葉と、違うんだ。」
(今までの私?)
無意識に足が進むと、ジャリっと音がする。
二人の視線が心乃葉を捉えた。
「心乃葉!?大丈夫なのか?」
「あー、娘さんかい。」
やっと会えた朔夜を他所に、心乃葉は手のひらを握りしめると、女に向かって声を絞り出した。
「あの!お姉さんは、朔夜さんと…恋仲なんですか?」
「…ん?」
目を丸くする朔夜と女。
だが、すぐに女は口角を上げると、心乃葉に近寄った。
「そう見えるかい?
そうだろうねぇ。朔夜とは千年以上の付き合いだ。お互いなんでも知ってるよー。
だから娘さんとは釣り合わないよ!」
「辞めろ、柚鞠。」
制止する朔夜の手を、柚鞠は見せつけるように絡ませた。
「っ!」
心乃葉は今にも泣きそうな顔になると、その場から去って行ってしまう。
「心乃葉!」
「辞めるのはあんただろ。」
朔夜の肩がビクリとする。
「関わらないと決めたなら、ここに来ないようにした方が良いだろ?」
「……。」
それ以上何も言えず、朔夜の手のひらは赤く滲んでいく。
柚鞠はその手をゆっくり開くと、包み紙を乗せた。
「頼まれてた薬。あの子に効くかわからないけどね…薬をあの子に渡して里へ戻るか、薬を渡さず、ここに残るか。
あんたは多くを求めちゃ駄目だよ。」
「……わかってる。俺が心乃葉を殺しているって…。」
ため息をつくと、柚鞠は何も言わず、姿を消した。
心乃葉が階段を下っていると、探しに来た一花に出会う。
「心乃葉!そんなに動いちゃダメじゃない!」
「……ごめん。」
朔夜に会えただろう心乃葉の表情は暗く、一花が尋ねると、心乃葉はしゃがみこみ、泣いてしまった。
「どうしたの!?」
「朔夜さん…女の人が居たの。」
「えっ!?」
(心乃葉の事、大切そうだったのに…。私の勘違い?)
一花は心乃葉の背中を摩る。
「帰ろう?段々暗くなるし、おばさんたちも心配してるから。」
「グスっ…うん。」
そうしてゆっくりと、心乃葉の体を気遣いながら階段を降りていった。
失恋からなのか、病気からなのか、心乃葉は布団で過ごす事が多くなっていた。
毎日お見舞いに来ていた一花は、見兼ねて朔夜の元を訪れていた。
「こんにちは。朔夜さん。」
「ああ。どうした?」
「心乃葉が…。」
朔夜は勢いよく立ち上がる。
「心乃葉が!?大丈夫なのか?」
「は、はい。」
(心乃葉の事、気にかけてると思うのだけど…。)
一花は、今の心乃葉の病状を話し、意を決して柚鞠の事を聞く事にした。
「あの…恋人が居ると聞きましたが…。」
「恋人?」
少し考えた後、朔夜はモクレンの木の横に腰掛けた。
「あいつは同じ鬼で、古い付き合いだが、それだけだ。
この前、心乃葉は恋人だと勘違いしたまま帰ってしまったからな。」
「そうなんですか!……良かった。」
話し終えると、一花は心乃葉に朔夜との会話を伝えた。
「そうだったの…。」
「恋人じゃないって!良かったじゃない!」
「うん。」
誤解は解けたのに、浮かない表情の心乃葉。
「心乃葉?」
「私…朔夜さんに、想いを伝える!」
「……え?」
一花の笑顔が、一瞬だけ固まった。
わかっていたことなのに、胸の奥がキュッと痛んだ。それでも一花は笑ってみせた。
「そっか…心乃葉なら大丈夫だよ!」
「ありがと!」
心乃葉は不安と緊張から、上手く笑えなかった。
それから心乃葉は布団から出られるようになり、村の中を歩いていると、一花に会う。
「心乃葉!大丈夫?丁度今、行こうとしてたの。」
「うん。早く朔夜さんに会いたいから…私、きっと、そんなに長くもたないのでしょ…。」
一花は言葉に詰まってしまう。
「そ、そんな事…。」
「血を吐いたのだもの…。
自分でもわかるわよ。」
力無く笑う心乃葉に、一花は涙を堪えた。少しでも長く生きて、朔夜と一緒にいられますようにと願うばかりだった。
「冬になる前には行けるようになりたいな。」
「そうだね。寒いとあの階段は大変だわ。」
それから二人は毎日村の中を歩いては、畑仕事の手伝いをしていた。
一方の朔夜は、しばらく心乃葉が尋ねて来ない事に不安になると、薬を渡しに行こうと決意する。そしてモクレンに寄りかかり、最後の別れを告げていた。
つづく。




