21話 押し花と記憶
次の日。またその次の日と、心乃葉は一人で朔夜の元へ訪れたり、一花と一緒に訪れたりと、一週間がたった。
その日は風が強く、モクレンの葉を揺らしていた。
「わっ!」
一際強い風が吹くと、一花の髪を結っていたリボンが飛ばされてしまう。
心乃葉が懸命に手を伸ばすが届かず、体が傾くのを、朔夜は優しく受け止めた。
「無茶をするな。…待っていろ。」
そう言うと、あっという間に空高く飛び、リボンを捕まえた。
一花にリボンを渡すと、二人の顔は微かに赤くなっていた。
その様子に朔夜は気に止める事もなく、またモクレンの木の下に腰掛けた。
「今日はもう帰った方がいい。」
「……はい。」
「そうします。」
二人は朔夜に促されるまま帰路についた。
「朔夜さんかっこ良かったね。」
「うん…。」
下っていく階段の途中で、心乃葉が止まる。
「一花…私…生きていたい…。」
「っ!心乃葉!」
一花は心乃葉を抱きしめる。
「うん。生きよう!病気になんか負けないで!」
「うん。」
死を受け入れざるを得ない心乃葉が、初めて生きたいと願った瞬間だった。
二人はしばらく、そのまま涙を流し続けていた。
程なくして心乃葉の容態が悪くなり、一花は一人で朔夜に会いに来ていた。
「心乃葉は、大丈夫なのか?」
「はい。心乃葉、生きるために頑張ってて…あまり食べられないけど、無理矢理食べようとしていて…吐いてしまう時は、見ていて辛いですね…。」
「……そうか。薬はないのか?」
「あるけど、完治するような薬じゃないみたいです。」
「……。」
朔夜はすぐにでも飛び立ちたいのを我慢して、一花から心乃葉の様子に耳を傾けていた。
「心乃葉の事、気になりますか?」
「それは……まあな。」
目は合わない。
どこか遠くを見つめる朔夜。
「そう、ですよね。」
朔夜の顔に、優しさだけじゃないようなものが見えた一花は、それ以上踏み込めなかった。
「それでは帰ります。」
一花が立ち上がると、朔夜は懐から、渡せずにずっと持っていたモクレンの押し花を差し出す。
「これを、心乃葉に。」
(私が渡さない、って選択肢はないんだろな…。)
「ふふ。わかりました。」
一花は何かを諦めるように笑みを零すと、押し花を受け取った。
心乃葉の家の前まで行くと、父親と医者が慌ただしく入って行く。
一花は胸騒ぎがして、後に続いた。
「――早く!お願いします!」
母親の切羽詰まった声。
慌ただしく医者が眠る心乃葉の隣に座り、処置をしていく。
「心乃葉!?」
「一花ちゃん。」
父親が一花に気づくと、容態を教えてくれた。
血を吐いて、意識を失ったと……。
祈るように見守っていると、医者がこちら向き、頷く。
「大丈夫です。ですが……半年もつかどうか…。」
母親は父親に寄りかかるように泣き、一花は受け入れたくないのに、涙が頬を伝った。
二日間、心乃葉は目を覚ましては、また眠る事を繰り返していた。
ようやく安定した頃、重湯を口にしていると、一花が訪ねて来た。
「心乃葉!」
目を潤ませる一花に、心乃葉は微笑んだ。
「一花…来てくれて、ありがとう。」
「ううん。良かった…本当に。」
重湯を食べ終えると、母親が部屋から出て行った。
「一花ちゃん…ゆっくりして行ってね。」
余命半年の事は、心乃葉には内緒とばかりに、視線で会話をする。
一花も頷いて応えた。
「みんなに心配かけちゃった…。」
「そんな事…。
あ、そうだ!渡したい物があるの。」
一花は懐から、モクレンの押し花を取り出した。
「朔夜さんから。」
「わぁ、すごい。モクレンで押し花出来るんだ。」
そして次の瞬間――
「あの時は、落ち込んでる私にモクレンの押し花くれたのよね。」
無意識だった。
ポツリと零れた言葉に、心乃葉自身、驚きを隠せなかった。
「え?」
(何今の…)
「どうしたの?心乃葉。」
「ううん…なんでも、ない…。」
心乃葉はそう言って、手の中のモクレンの押し花を見つめた。
なぜか、押し花を知っている気がする。
それなのに、いつ、どこで見たのかは思い出せない。
「……不思議」
心乃葉は小さく呟くと、押し花を大切そうに胸元へ抱き寄せた。
つづく。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
体調を崩してしまい、しばらく執筆ができなかったため、次回の更新までお日にち頂きます。
楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、少しお待ちいただけたら嬉しいです。




