20話 お団子の味
それからすぐ、心乃葉の容態は安定し、外へ出かけられるようになった。
「お母さん、神社に行ってきていい?」
「まだ無理したらダメよ!」
「でも……。」
丁度そこへ、一花が訪ねて来た。
「こんにちはー。心乃葉!」
「お母さん!一花と一緒ならいい?」
「もう…暗く前に戻りなさいね」
「はい!」
心乃葉は、目を丸くする一花を連れて外へ出て行った。
「何?何?」
一花は予想はしていたけど、心乃葉に訪ねた。
「神社に行きたいの。モクレンのお礼!」
「あー、やっぱり…疲れたらすぐに戻るからね!」
「わかってる!」
体の事を思うと、足取りは軽くはなかった。それでも心は弾み、いきいきとしていた。
「大丈夫?」
「うん…ありがとう。」
ようやく神社に着くと、二人は休憩もせず、鬼の元へ急いだ。
「居た!……心乃葉!」
一花は後ろを歩く心乃葉に声を掛ける。
その声で眠っていた鬼が目を開けた。
「こんにちは。鬼さん!」
先に挨拶をしたのは一花。
「また、来たのか…。」
「あの、こんにちは…。」
「……。」
しばらく沈黙すると、一花が口を開いた。
「私は一花と言います!この子は心乃葉。
ここの神社を降りた村に住んでます!
歳は二人とも十八です。
あと、あと……心乃葉は?なんか言いたいこと。」
何か言いたげな心乃葉を肘でつついた。
「……モクレンのお花。ありがとうございました。私の一番好きな花なんです。」
「そうか…。」
「……お名前、聞いても?」
「ああ、朔夜だ。」
その瞬間、心乃葉の全身がドクリとする。
何かを忘れているような、でも思い出そうとすると、すっと消えてしまう感覚だった。
「どうしたの?」
佇む心乃葉に、一花が声をかけた。
「なんでも…ない。」
「具合が悪いのか!?」
慌てた様子で朔夜は立ち上がり、心乃葉の額に手を当てた。
初めて感じる、冷んやり冷たい手なのに、どこか懐かしさと恥ずかしさが同時に込み上げていた。
「だ、大丈夫です!」
顔が赤くなっていく心乃葉。
朔夜は「そうか。」とポツリと言うと離れていった。
「あの、モクレンの…お礼をしたくて。」
「そんな事気にするな。」
「でも…。」
俯く心乃葉を見て、一花が声をあげた。
「朔夜さん!好きな食べ物は?」
「……団子。」
「お団子…私も好きです!心乃葉もだよね!」
「う、うん。」
それから心乃葉と一花が一方的に話しては、朔夜は相槌を打ち、たまにポツリと言葉を零す。そんな時間が流れた。
そして日が傾き、夕暮れが近づくと、心乃葉と一花は山を降りていった。
あれからずっと一人だった朔夜…。
久しぶりに人との時間を過ごして、今、少し寂しいと思った事に、苦笑いを浮かべていた。
次の日。
心乃葉は一人、朔夜に会いに長い階段を登っていた。
(朔夜さん、居るかなぁ。)
モクレンの木に寄りかかる朔夜を見つけると、心臓がトクンと跳ねた。
深呼吸をして近づくと、朔夜が振り返る。
「心乃葉…今日は一人か?体は大丈夫なのか?」
「は、はい。今日は、お礼の…」
手に持つ、包みをガサガサと解いた。
「お団子持ってきました!」
頬を少し赤らめて、ニコっと笑う心乃葉に、朔夜はいつかの心乃葉と重なり、目を細めた。
(ああ、何も変わらない…お前はいつも、こんな俺に笑いかけるのだな。)
「朔夜さん?」
「なんでもない。頂こう。」
朔夜はお団子を一口頬張ると、目を見開いた。
「上手いな…。懐かしい味だ。」
「これは昔からある、村の味なんです。」
得意気な顔をする心乃葉に、クスっと笑みが零れると、朔夜は続けた。
「時代は変わっても、思いは紡がれていくんだな。」
「え……。」
朔夜は指を伸ばす。
だが宙を彷徨い、心乃葉に触れる前に、腕は降ろされた。
そしてまた、心乃葉の心臓は早鐘を打ち、沈めるために深呼吸をすると、逸らすように話し始めた。
「朔夜さんは、ここで何をしていのですか?」
「……。」
「………。」
しばらく考えた後。
「ここを、守っている。
もう、ずっと前から…」
「独りで、寂しくないですか?」
「寂しい?…鬼だからな…そんな感情……。」
朔夜は一度言葉を切る。
「いや、昨日、お前たちが帰った後は少し寂しかったな。」
寂しさを含んだ笑顔を向けられた心乃葉は、思わず朔夜の手を取った。
「村に来ませんか?」
思いもよらない言動に、朔夜は狼狽えてしまう。
「え、あ、いや…。」
視線は自分の手を握る心乃葉の手に向けられたまま。
「お団子、毎日食べられるし、お喋りも沢山…するのは私と一花ですね。あと、あと…。」
楽しそうに、でもどこか必死に話す心乃葉を見て、朔夜はふと、冷静に戻った。
「いや…俺はここでいい。
村には関わらないって決めたんだ。」
「……そうですか。」
すっと手から心乃葉の温もりが無くなる。
「今日は帰ります。」
深く頭を下げて、その場を後にするまで、一度も目が合う事はなかった。
(…すまない…決めたんだ。もうお前に関わらないって…。)
朔夜は心乃葉の温もりを思い出すように、握られた手を握りしめた。
つづく。




