19話 最後の輪廻
二百七十年後――そして、最後の輪廻が始まった。
長い階段を上って、神社を目指す二人の娘。
「早くー!」
「待ってよ…もう、私より元気じゃん。」
その神社は、どんな病気でも治ると言い伝えられていた。
そしてモクレンの木の下には、世にも美しい鬼が佇んでいる、とも…。
二人は境内に入ると、深呼吸をした。
「はあー。空気が良いねー。」
「ほんとだねー。病気も治りそう。」
お参りを済ませると、大きな石に腰掛けて休んでいた。風が強く吹くと、二人のもとにモクレンの花びらが落ちてくる。
「これって?」
「モクレンじゃない?」
「よく知ってるね!心乃葉。」
「…私の、好きな花だから…。」
心乃葉は十八歳になっていた。
次の日、心乃葉は一人、またこの神社を訪れていた。
「はぁ、はぁ…疲れた。」
石の上に腰掛ける。
昨日と同じ様子なのに、何かが違うような気がして、心乃葉は境内を歩き始めた。
「この香り…。」
心乃葉は呟き、香りのする方へ行くと、立派なモクレンの木がそびえ立っていた。
「っ!」
驚く心乃葉。
モクレンの幹に、寄りかかるように眠っている、黒い鬼がいた。
「綺麗な鬼…。」
近寄ると小石を踏み、ジャリっと音をたてた。そして鬼は……ゆっくり目を開ける。
「っ!」
心乃葉と目が合い、更に目が見開かれる。
「なぜ……お前…。」
「あ、ごめんなさい!起こすつもりはなかったんです。」
心乃葉は慌てて言葉を紡ぐと、鬼は手を伸ばした。触れる事はない…けれど瞳の中では、心乃葉の輪郭をなぞるように見つめていた。
「…すみません。私…探し物が…お守りなんですけど…見てませんか?」
「……見ていない。」
「そう、ですか…。ありがとうございます。」
心乃葉は頭だけ下げた。そしてその場から離れようとした時、鬼が声をかけた。
「もう、ここへは来るな。」
「え…どうして?」
「俺は鬼だ。関わらない方がいいだろ?」
「そんな事、関係ないです!町には普通に鬼が歩いてるって言いますし。」
ムキになる心乃葉に、鬼は目が点だった。
「俺は何百年もここに居る…今の事は、よく知らない。」
「何百年も!?」
「ああ。」
「なんで…。」
鬼はもう話す事はないとばかりに目を閉じると、心乃葉は言いたい事を飲み込んだ。
そしてまた、頭だけ下げると、その場から駆け足で去って行った。
(……心乃葉。)
気配がなくなるのを確認すると、鬼は会えた嬉しさからなのか、それともまた繰り返される残酷な運命を思ってなのか……
鬼の頬を、一筋の涙が伝った。
十日間、鬼は動かず、ただモクレンの花が散るのを見ていた。
すると、ジャリっジャリっと境内を歩く足音…鬼は堪らず音のする方向へ振り向く。
そこに居たのは――心乃葉と一緒にお参りに来た友人の一花だった。
「わっ!」
驚いた拍子に体が傾くと、鬼は素早く支えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。」
一花は顔を赤くしたまま、鬼に恐る恐る話しかけた。
「あの…言伝で…。」
「言伝?」
「私の友達の心乃葉からで、お守りありました。と…。」
首を傾げる鬼。
「なんでお前がわざわざ?」
「心乃葉は……病気で…調子が悪くなると、一ヶ月近く寝込んでしまうのです。」
鬼は目を見開く。
(病気……また、生きられないと言うのか…。)
「そんなに悪いのか?すぐに死んでしまうのか?治る事はないのか?」
肩を捕まれ必死な鬼の形相に、一花はたじろんでしまう。
「あ…すまない。」
「いえ…。
あと二、三年だろうと…。それでこの神社にお参りに来たんです!」
「そうか…。」
鬼は目を細めた。
すぐに心乃葉の手を取り、薬でも何でも渡したい。だが、もう関わらないと決めた…
その思いが鎖のように、この地へ留めていた。
鬼はモクレンの枝をポキっと折ると、一花に渡した。
「その友達に…見舞いだ。お守りもあって良かったな。と伝えてくれ。」
「わかりました。」
一花はモクレンの枝を受け取ると、村へ戻って行った。
(心乃葉…。)
モクレンの花をくしゃりと握ると、鬼は祈るように目を閉じた。
一花はその足で心乃葉の家を訪れた。
そこは心乃葉が居た家。
今は戦もほとんど無くなり、村は大きくなり、家の風貌もさまがわりしていた。
「こんにちはー!心乃葉、具合どお?」
咳をする背中を母親が擦りながら、一花に笑顔を向けた。
「いらっしゃい、一花ちゃん。今お水を持ってくるから、心乃葉を見ててくれる?」
「はい。」
心乃葉の傍らにしゃがむと、背中を擦りながら話しかけた。
「大丈夫?頼まれてた、鬼さんへの言伝行ってきたよ。」
「ありがと…ゴホッゴホッ!」
「…これ、鬼さんが…お見舞いだって。」
数枚花びらが落ちたモクレンの枝を差し出されると、心乃葉の顔から笑みが零れた。
つづく。




