24話 最終話
ちょうど一花が訪ねてくると、母親は嬉しそうに、そして不思議そうに、今回の奇跡のような出来事を話した。
「朔夜さんが…。」
「一花ちゃん知ってるの?」
「あ、はい。山の神社に、いつも居ますよ。」
「そうなの?私も何回か行ってるけど、見た事ないわ。」
考える母親に、一花は言った。
「お社の後ろの、モクレンの木にいつも座ってるから、会わないのかも。」
「……そう。」
「何か気になる事でも?」
歯切れの悪い母親を、不思議に思った一花が聞くと、何かを思い出しながら話し始めた。
「おばさんのおじいちゃんが教えてくれたのだけど、この村は昔、侍に襲われたところを、一人の鬼に助けられた、って。」
「そんな事が…。」
「そして亡くなった人はみんな、今、墓地になっているところに眠っているけど、その鬼が愛した娘だけは、モクレンの木の下に埋葬されたって話しよ。」
母親が話し終えると、二人の視界の端に、起き上がる心乃葉が見えた。
「心乃葉!」
「大丈夫なの?」
まるで人形のように力無く座る心乃葉に、母親と一花は顔を見合せ、背中を支えた。
そして心乃葉は口を開く。
「それは……私。
そして何百年も前から、朔夜さんは私に囚われている。」
「え?……。」
困惑する二人に、心乃葉は続けた。
「お母さん……私、朔夜さんが好きなの…。
彼は鬼だけど、悪い鬼じゃない。」
「そうかもしれないけど、そんな急に言われても…。」
「私……前世の記憶が、全部じゃないけどあるの。何度生まれ変わっても、私は心乃葉で、いつの時代も朔夜さんと一緒にいた。」
「そんな事、一度聞いた事ない…。」
一花は驚きを隠しきれず、心乃葉に言った。
「私も、最近だから。
朔夜さんと一緒に居ると、少しずつ思い出したの。」
ニコリとした心乃葉は、どこか別人のように見えて、一花は堪らず心乃葉の手を握りしめた。
「今まで私は、二十歳になる前に死んでしまってたけど、朔夜さんの薬のお陰で生きられるなら……今度こそ、添い遂げたいの。」
心乃葉の力強い視線に、母親は目を見開いた。今まで弱々しく、生きる事を諦めた愛しい娘。気づけば頬を涙が伝っていた。
「お父さんにも、話してみましょう?」
「…うん!ありがとう、お母さん。
一花も、話聞いてくれてありがとう!」
「うん…少し、驚いたけどね。」
そしてその日の夜、心乃葉は父親にも朔夜のことを話した。
父親はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
「……俺も鬼の伝承は知っている。この村では有名だからな…本当に居たなんて…。」
父親は何かを考えてから、口を開く。
「お前が生きたいと思えるやつなら……好きにしなさい。」
「お父さん……ありがとう!」
心乃葉は嬉しそうに笑った。
薬を飲み続けてると、心乃葉の容態は安定し、咳をするのも少なった。
そして――
冬が近いのを知らせる冷たい風が吹く日。
心乃葉は朔夜に会いに、階段を登っていた。
(久しぶりだから緊張してきた…。)
焦る心と、緊張する心をどうにか押し込めて、一段一段足を進めると、境内まで辿り着いた。
心乃葉は思わず駆け出す。
乱れた髪も、着物の裾に着いたホコリも気にせず、朔夜のもとへ急いだ。
しかし……会いに行けばいつも居た朔夜の姿はなかった。
「どうして……。」
ポツリと呟く心乃葉。
いつも朔夜が腰掛けている場所には、落ち葉が積もっていた。
一方朔夜は、鬼の村に戻っていた。
「朔夜!?」
柚鞠が声を掛ける。
「ああ…。」
見るからに憔悴しきっている朔夜。
「どうしたんだい?……まさかあんた…。」
「ああ…薬を、心乃葉に渡した。
だから俺はもう……これ以上関わらない。」
「……それが良い!あの娘が生きるためだ!」
柚鞠は元気付けたくて、朔夜の背中を叩いた。けれどその目からは涙が一粒、零れ落ちた。
次の日も、またその次の日も、雪が降る頃まで心乃葉は毎日、神社へ足を運んだ。
それでも一度も朔夜には会えなかった。
────
年月は静かに流れ、村は瞬く間に変わっていく。鬼の出入りも普通になる。
そして、年老いた心乃葉は、神社へ向かう。
「心乃葉。また神社へかい?」
「一花…ええ。行ける時は、行きたいんだ。」
「……気をつけて。」
何度も交わした会話。
一花は心乃葉の気持ちを思うと、毎回止められず、送り出していた。
七十近い心乃葉には、堪える階段の数。
それでもいつか会えるかもという想いが、足を動かし続けた。
何十年も変わらず……。
その日は、風がモクレンの花を揺らしていた。
「ああ、今日も会えなかった……私、おばあちゃんになっちゃったのよ」
モクレンの幹に手を当てて話していると、ふっと影が落ちる。
「……良かった。長生きして」
忘れたことのない声。
恋焦がれ、待ち焦がれた――
心乃葉は体ごと振り返る。
そこには、出会った頃と何一つ変わらない朔夜が立っていた。
「……朔夜、さん」
心乃葉の瞳から、ポロポロと涙が溢れ出る。
「なんで!?どうして……居なくなったの? 私、私……」
まるで時が戻ったかのように、心乃葉は子どものように泣きじゃくった。
何十年もの間、胸の奥にしまい続けていた想いが、堰を切ったように溢れてくる。
「ずっと……待ってたのよ。ずっと、会いたかった……」
朔夜は何も言わず、ただ心乃葉を見つめていた。
「……すまなかった」
その声を聞いた瞬間、心乃葉は涙を拭うこともせず、朔夜へと歩み寄る。
「……私……ちゃんと、生きましたよ」
心乃葉は、朔夜の胸にそっと身を預けた。
「ああ」
朔夜は優しく抱きしめ返した。
二人は寄り添うように、モクレンの木の下に腰を下ろす。
「どうして、今になって会いに来てくれたの?」
「翠魂が……お前と俺の魂を繋いでいる。」
「翠魂……?」
心乃葉が首を傾げる。
その瞳に若い頃の面影を見た朔夜は、思わず目を見開いた。
(何も変わらない……心乃葉は、いつも心乃葉だ)
「心乃葉を転生させるために使った、俺の魂の一部だ。それが……今、強く反応した」
「なんだ……私たち、ずっと繋がっていたんですね……」
心乃葉は朔夜の頬に指を添えた。
細く、カサカサとした指。
それでも、その温もりが愛おしくて――
朔夜の頬に、一筋の涙が伝った。
心乃葉の指が、その涙に触れる。
「心乃葉……愛している」
心乃葉は目を見開いた。
何十年という時も。
一度も会えなかった年月さえも。
その言葉を聞いた瞬間、すべてが溶けていくようだった。
「今までの心乃葉は、わからないけど……」
心乃葉は一度静かに息を吸うと、微笑んだ。
「私はちゃんと、貴方のことを、愛してましたよ。」
二人は静かに抱きしめ合った。
それからほどなくして、
心乃葉は静かにこの世を去った。
朔夜は転生の儀を行わなかった。
それが理由なのかは、朔夜にも分からないが、百年…二百年経っても、心乃葉に会う事はなかった。
季節が巡り、モクレンは咲き、散る。
そしてまた咲く。
「心乃葉…。」
ポツリと呟いた声は、モクレンの花びらと共に風に溶けていった。
終わり。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
「愛し方をまちがえた鬼は、何度でも君を失う」
これにて完結です。
何度も生まれ変わり、出会っては別れてを繰り返してきた朔夜と心乃葉。
朔夜の最後を悩みながら書きました。
切ないお話になりましたが、二人の想いが少しでも皆さまの心に残ってくれたら嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




