17話 相容れない想い
田んぼに続く道では、既に数人の息絶えた村民が転がっていた。
「っ!」
そして甲冑姿の男が二人、
更に奥には……心乃葉が佇んでいるのが見える。
「心乃葉!」
朔夜が叫ぶと、二人の男が振り向いた。
一人は……やはり玄浪だった。
「朔夜!」
「朔夜さん。」
同時に玄浪と心乃葉が、朔夜に気づいた。
「お前も村民か!?」
もう一人の侍が、朔夜に刀を振り下ろそうとした瞬間、もう刀はその侍の手から無くなっていた。
「っ!?」
「朔夜…あんた、ただの薬屋じゃないよな?」
玄浪が刀を抜いて近づく。
「…お前こそ、逃げてきた侍じゃなかったのか?」
「玄浪さん、朔夜さん!」
心乃葉が二人の名を呼ぶけど、二人には届いていない。
だが朔夜の耳に、蹄の音が聞こえてくると、そちらの方に目を向けた。
「…本隊が来たか。」
玄浪が呟くと、心乃葉に体を向けた。
「ここは戦場になる。心乃葉…俺と一緒に来てくれないか?」
「え…。」
戸惑う心乃葉に、朔夜は近づいた。
「辞めろ心乃葉!こいつは最初からここを戦場にしようと近づいたんだ。」
今度は玄浪に向かって言う。
「お前は敵国の密偵だろ?」
玄浪は黙ったまま…。
逆にそれが肯定しているようだった。
「玄浪さん…。」
「愛しているのに変わりはない!」
「心乃葉!お義父さんたちが待ってる。」
どんどん蹄の音が近づいてくる。
それは人間の耳にも聞こえるくらい。
そして気づいた時には――
村民の悲鳴が聞こえた。
「村人は殺せ!家はそのままで良い。」
敵の武将が馬の上からこちらを見ていた。
「玄浪!そいつらはなんだ?男は殺せ!
女は…くくく。俺が貰おう!」
その言葉に玄浪は奥歯を噛み締めた。
「心乃葉、こっち!」
玄浪は心乃葉の手を掴むと、走ってその場を後にした。
「はぁ…玄浪には困ったもんだ…。」
朔夜を見据える男。
「新道…。」
「お久しぶりです…朔夜さん。」
新道は馬の上から降りると、武将に言う。
「この人薬屋なんで、生かしておいてもいいですか?」
「…使えるなら、好きにしろ。」
「良かったですね。命拾いして。」
新道は朔夜の肩に手を置いた。
それが引き金になるなんて、思いもよらず。
そして朔夜は……
背が伸び体も大きくなる…黒い角が額から生えると、口から牙が微かに見えた。
そう、鬼の姿に戻っていく。
静かに怒気が宿る朔夜は美しかった。
「何!?」
朔夜は刀を振り抜くと、新道以外の侍たちは、皆、血を吹いて倒れた。
「良かったな…命拾いして。」
新道をチラリと見ると、高く飛ぶ。
着地した場所は、武将の馬の前。
「鬼!?」
「鬼だ!」
「逃げろー!」
武将の周りに居た侍は、蜘蛛の子を散らすように居なくなる。
「おのれ!鬼が!」
武将が騎乗のまま朔夜に突進してきた。
だが、鬼にかなうはずもなく…武将はすぐに息絶えてしまう。
そしてそのまま、朔夜は心乃葉と玄浪の後を追った。
「玄浪!お前…本当にこの村を襲いに来たのか…。」
「心乃葉から離れろ!」
朔夜の言葉を信じなかった村民が、玄浪と心乃葉の前に立ち塞がった。
「玄浪さん。戻ろう?」
「心乃葉…。皆、すまない。」
刀を振り下ろすと、村民たちが血を流しながら倒れた。
「きゃー!おじさん!十郎さん!」
二人の村民に駆け寄ろうとした心乃葉の腕は掴まれ、ズルズルと引きずられて行った。
「頼む心乃葉!俺に着いて来てくれ!」
「……。」
すすり泣く心乃葉を宥める玄浪の前に、鬼の姿の朔夜が現れた。
「……玄浪…心乃葉を返せ。」
「っ!あんた鬼だったのか!やっぱりな最初からおかしいと思っていたんだ。」
「鬼?朔夜さんが…?」
心乃葉は二人の間に立つ。
「どけ、心乃葉」
「待って、朔夜さん!玄浪さんをどうするの?」
「……こいつはお前を騙していたんだぞ!」
「それでも…私は玄浪さんを愛してます。」
朔夜が握る刀に、力がこもる。
「お義父さんたちは裏山へ避難している。大将を殺したから、次第に他のやつらも退避するだろう。」
「お父さん…お母さん…。」
心乃葉の瞳は揺らいだ。
しかしそれを玄浪が遮った。
「待て朔夜…俺も本気だ。心乃葉だけはこの村から出すつもりなんだ。」
「それじゃダメなんだ。心乃葉は家族を大事にしている。誕生日を一緒に過ごさないと怒るんだよ。」
「何を言っている。」
この間も、村の方から悲鳴が聞こえていた。
「心乃葉を置いて行けば、見逃してやる。」
「嫌だね!」
玄浪は心乃葉を背後に庇うと、刀を構えた。
キンッキンッと刀と刀がぶつかり合う音が辺りに響く。
「辞めて!二人共!」
心乃葉が叫ぶが、やはり二人の耳には入ってくる様子はない。
「はぁ、はぁ…全然かなわないな…息一つ乱れてないじゃんか…。」
「もう諦めろ。」
「お父さんを倒さないと、心乃葉を貰えないからな!」
その言葉に、一瞬揺らいだ朔夜の頬を刀の切っ先が掠めた。
「っ!」
「朔夜さん!」
「……玄浪…お前と居た時間は、人間として生きた中で、一番楽しかった。」
朔夜が刀を構え直すと、玄浪は全てを悟ったように腕を下ろした。
朔夜の刀が振り下ろされる。
その刹那、玄浪の前に心乃葉が飛び込む。
そして刀は…心乃葉の胸も貫いた。
「っ!」
玄浪はお腹を押さえ倒れ、胸から血が溢れる心乃葉を、朔夜が抱き留めた。
「心乃葉!…心乃葉!なんで…こんな事…。」
涙で視界が歪む朔夜の頬を、心乃葉が触れる。
「泣か、ないで…朔夜さんも、大事、だから…。」
今にも事切れそうな心乃葉の脳裏に、蘇るある記憶。
(…何?これ…。)
「ごめん、なさい…。あの時、朔夜さんを、信じら…なく、て…わたし、もっといっしょ、いたかっ……」
心乃葉の瞳からは生気がなくなり、腕は力なく垂れ下がった。
命が無くなった心乃葉と、あの時と言う言葉に、朔夜は目を見開いた。
「うっ…心乃葉…。」
玄浪が近づこうとしたが、朔夜が心乃葉を抱きかかえてその場を去った。
一度も振り向かず…玄浪もまた、一言も声を掛けなかった。
つづく。




