13話 告白と覚悟
朔夜が玄浪を抱えるように小屋へ戻ると、丁度、心乃葉が重湯を持って走っているのが見えた。
(……心乃葉、あんなに急いで…こんなやつのために…。)
「あの子は、あんたの妹なのか?」
「いや、世話になってる家の娘だ。」
朔夜が無造作に玄浪を座らせると、心乃葉へ駆け寄った。
「なんだ…あんたも他所者か…。
それにしても、いい娘だな。」
玄浪の呟く言葉は、小屋の中で響いた。
「まだ雪が残って居る。ゆっくり歩きなさい。」
玄浪に向ける眼差しとは違い、優しく甘かった。
それに気づいているのか、心乃葉の頬は赤く染まっていた。
「はい…やっと目が覚めたので、お腹空いてるのではと思って。」
「後は、俺が運ぼう。心乃葉は戻って、お義母さんの体を見てやりな。」
「はい。ありがとうございます。」
朔夜は心乃葉の頭の上に、ポンと手を置くと、重湯を受け取った。
「…ガキが好みとは……。」
重湯を受け取り、啜る玄浪。
「心乃葉は十七になった。」
監視するように見つめる朔夜。
「十七!?あれで嫁にいける年かよ。」
「お前にはやらんぞ。」
「父親か!」
「……父親でいい。お前に心乃葉はやらん。」
「……はぁ、なんだよそれ。」
いつしか夜は更けていった。
それからというもの、心乃葉は時折、玄浪のもとへ食事を運ぶようになった。
玄浪は心乃葉が来ると嬉しそうに笑い、心乃葉もまた、彼と話す時間を楽しむようになっていった。
その様子を、朔夜は少し離れたところから黙って見つめていた。
「あの二人良い雰囲気だよね。」
「お侍さんのお嫁さんて、凄いじゃないか?」
後ろを通る村民に耳傾ける朔夜。
(俺は……お前が幸せなら、それで良い。)
朔夜の心臓は軋んだ。
それでも離れる事が出来なかった。
ある日の夜。
玄浪はすっかり元気になり、普通に歩けるようになっていた。
雪もすっかり溶けたが、まだ肌寒い。
「最近、俺の存在をみんな、気にしなくなったな…。あんなに気にかけてくれて、毛布や布だの持ってきてくれたのに…。」
小屋の中で呟く玄浪。
洗って干して、を繰り返し自分でやっていた。
そこへ、足音がする。
(この足音…。)
振り返ると、心乃葉が立っていた。
「心乃葉…夜に出歩いて、親父さんに怒られちまうぞ?」
「ちゃんと言って、出てきたから大丈夫!」
心乃葉の持つ、お盆の上には葛湯が乗っていた。
「今夜も、まだ寒いから…。」
「これはありがたい!」
玄浪は、お盆から葛湯を受け取り口へ運ぶ。
「あちっ!…けど美味い。」
「ふふふ。おかあさんが作ったの…すっかり元気になって…良かった。」
「朔夜のおかげか。俺も、だいぶ良くなった。」
二人は、小屋の戸の前に腰掛ける。
「ええ…玄浪さんは、元気になったら、国へ帰るの?」
「んー………俺は…逃げてきたからな。受け入れてくれるだろか…。」
「それなら、ここで暮らせば良いよ!空き家もあるし、そっちに移れば?」
心乃葉の表情は明るかった。
だが、玄浪の表情は曇っていた。
「……嫌、だよね。こんな田舎…。」
「そう言う訳じゃない!みんな良い人だけど、こんな俺じゃあ…。」
「こんななんて言わないで!外の出来事、聞いてるの楽しいし、あやとり、上手いの意外だし、あと、あと……。」
心乃葉は必死に言葉を繋ごうとすると、玄浪がそれを制した。
「もう良いよ。別に今すぐ出ていくわけではないから。」
「そう…なら良かった。」
葛湯を一口飲み込むと、玄浪は心乃葉の手に、自分の手を重ねる。
「っ!」
心乃葉の顔は赤くなる。
だが、解く様子はない。
そしてその一部始終を、朔夜は見つめていた。
掌は赤く滲み、顔は悲しみに歪んでいた。
次の日。
朔夜は、玄浪の傷の手当てをしていた。
「もう、大丈夫そうだ。歩けるなら歩いた方がいい。体がなまるだろう?」
「……。」
「玄浪?聞いているのか?」
玄浪が振り返る。
その顔には強い決意が現れていた。そして朔夜もまた、その意味がわかっていたのかもしれない。
「朔夜…悪い。俺……心乃葉が好きだ。」
「……。」
一呼吸する朔夜。
「そうか。」
「それだけか?心乃葉はやらん。と言っていたではないか。」
「ははは!お前、それ…冗談だとわかっているのに、言うか?」
朔夜から笑いが零れる。
「仕方ない。玄浪…お前だから、許してやろう。」
「朔夜……ありがとう。ありがとうな!」
初めて対峙した時の大きな壁は、二人の間にはなくなっていた。
心乃葉の幸せだけを願い、玄浪に歩み寄った。
それでも、朔夜の胸の奥にある苦しみが消えることはなかった。
つづく。




