12話 招かれざる客
心乃葉はお茶を朔夜の前に出した。
「…いただきます。」
お茶を啜る朔夜。
その光景を見ていた心乃葉は、ふと――
心臓がドクンとする。
(えっ…何この感じ……前にもあったような気がする…。)
戸惑う心乃葉。誰も気づいていない様子で、話は続いた。
「それで、薬屋さん…妻に症状にあった薬はありますか?」
父親が口火を切った。
「朔夜と言います。」
一礼してから名乗り、続けた。
「あります…。」
そう言うと、薬箱から包みを出す。
少し前に、母親に飲ませた包みと同じ。
「……まだ信用しちゃいない。それに、娘はまだ若い…そこで良いなら寝床にしたらいい。」
父親は上がりまちに向かって、顎をクイッと向けた。
「…ありがとうございます。助かります。」
朔夜は丁寧に、また一礼した。
それから朔夜は、しばらくその家に滞在することになった。
母親には症状に合わせて薬を処方し、毎日欠かさず様子を見る。
薬が効き始めると、母親が布団で眠っている時間は少しずつ減っていった。
以前は一日のほとんどを横になっていた母親が、囲炉裏の前で家族と食事をすることも増えていく。
その様子を見て、父親の朔夜への警戒心も、少しずつ薄れていった。
そしていつしか、雪が溶け始める季節になる。
朔夜は薪を割り、母親と食事の準備をしながら、父親と心乃葉が狩りから帰ってくる。そんな日々が多くなった。
「朔夜さん、お嫁さんに来たら良いのに!お料理も上手だわ。」
「ははは。お義父さんが許してくれますかねー。」
そんな冗談も言い合える仲にもなっていた。
「……なんだか外が騒がしいわね。」
「…俺が帰るまで絶対、戸を開けないで。」
朔夜はそう言うと、先ほどまでの穏やかな表情を消した。
警戒するように静かに戸を開け、外へ出ていった。
「なんだい、怪我してるじゃないか!」
「ここには医者なんていないよ。」
朔夜は人集りを掻き分けて行くと、手負いの甲冑を着た男が、倒れていた。
「そうだ、薬屋さん。この人を見てやってくれ。」
「よくわからないやつですよ?」
朔夜は顔をしかめた。
「お侍さんだったら、無視できないよ…。」
「それ、仲間が探しに来るかもしれないよ。」
「……わかった。何処か、寝かせられる所はないだろうか。」
渋々、朔夜はこの侍を手当てする事にした。
「それなら、家の小屋を使ったらいい。農具が置いてあるが、寝られん事もない。」
「わかった。それと、布くれないか。」
「ああ、わかった。」
「うちのも持って行くよ。」
そうして、素性のわからない侍が来たことが、この村に暗い影を落とす事になる。
────
三日間、侍は眠り続けた。
代わる代わる、村の者がこの侍の看病をしていた。
心乃葉の家の戸を荒々しく叩く音がする。
「薬屋さん!起きたよ!」
「そうか!」
(もしこの村に害をなす者なら……殺すか。)
朔夜は飛び出して行った。
「なんだお前ら!俺の刀をどこやった!?」
侍はよろけながらも、クワを振り回して、村民を寄せ付けないでいた。
(なんだあいつは……やはり殺すか。)
朔夜の手の爪が伸びる。
「もうすぐ、貴方を看病した薬屋さんが来ますから。」
心乃葉が声を張り上げる。
「……くすり、や?…。医者はいないのか?」
「こんな田舎に医者はいないよ!」
誰かも声を張り上げた。
「こんな村、無くても誰も気づかないだろ…。」
侍は悪態をつく。
すると、クワが手から無くなっている。
「っ!?」
「その辺にしておけ。皆、お前のためにこの三日間、看病してくれていたんだ。」
「……っ。あんたは?」
「薬屋だ。」
(いくら三日間寝てたといえ、気づかれずに俺からクワを取るとは…本当に薬屋か?)
侍は、クワを持った朔夜に不信感を募らせていた。
「何か、食べる物を持ってきますね。」
心乃葉がにらみ合う二人に声をかけた。
「……重湯でいい。」
朔夜が答えると、心乃葉は頷いて立ち去った。
「………もう…暴れたりしない……。」
「賢明な判断だ。」
「俺は、玄浪。あんたは?」
「…朔夜だ。」
お互い名乗る。それでも玄浪は警戒を解かなかった。朔夜もまた、玄浪から目を逸らさない。
二人の間には、まだ容易には越えられない壁があった。
つづく。




