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4『家族』


 放課後、学校の屋上で文塚有人は霧崎頼子と顔を合わせていた。

「調べてみたけど、貴方の両親を殺害したのはファリアス院じゃないわ」

「ああ。俺も改めて調べてみて分かったが、両親は評議会に所属する研究者で、内部告発をしようとして殺されたらしい。怪物にな」

「どうして怪物だって分かるの?」

「見たんだよ。両親が殺される所を。フードと仮面で顔を隠して、ローブを着ていたが、尻尾が見え隠れしていた。ただ俺も気が動転していて、細部までは覚えてないが……」

「成程ね。じゃあ貴方の記憶を思い返してみる?」

 頼子の提案に有人は疑問を呈する。

「どうやって」

「私は魔術師よ。暗示催眠は専門分野じゃないけど回視くらいならやれない事はないわ。それで、どうする?」

「……分かった。頼む」

 僅かに逡巡して、有人は頼子の提案を受け入れた。

「それじゃ、あそこに寝て」

 頼子は備え付けのベンチを指して、有人を仰向けに寝かせる。そして、両手を有人の側頭部にかざした。

「始めるわよ。目を閉じて、リラックスして、私の声に耳を傾けて。貴方の記憶の海原から、あの日の記憶を掬い上げて」

 猛烈な眠気が有人を襲う。そのまま有人は意識を手放した。

 雨の匂いがする。あの日は雨が降っていた。小学校から駆け足で帰宅して、リビングへ足を運ぶと、両親が胸から血を流して倒れていた。そこにナイフを手にした怪物が佇立していた。仮面とフードで顔を隠し、ローブを着ていたが、尻尾が見えている。怪物は窓を破って逃走したが、その際に尻尾の斑紋がはっきりと見えた。見間違える筈は無い。あの斑紋は──

「──ッ!」

 覚醒した有人がにわかに上体を起こす。

「どうだった?」

「……収穫はあった」

「そう。なら貸し一つね」

 そう言って、頼子は屋上を去って行った。その後も、有人はベンチから立ち上がらず、呆然としていた。しかし、意を決すると、保健室に向かって歩き出した。

「有坊! どうした? また怪我でもしたか?」

 普段と変わらぬ様子で、カレンはデスクチェアに腰掛けていた。

「……俺の両親を殺したのはカレン姉だな」

 忽ちカレンの表情が変わる。

「敵を討たせて貰う」

 有人が床を蹴って距離を詰める。時を移さず、カレンは履いていたスリッパを有人に目掛けて蹴り飛ばす。一瞬の虚を突いて、裸足になったカレンはその場を飛び退いて壁に張り付いた。そして、白衣を翻すと、ベルトに差した鞘からナイフを抜いて逆手に構える。

「止めてくれ有坊。お前は……お前だけは殺したくない」

 その言を黙殺して、有人はカレンに向けて椅子を蹴り上げた。飛来する椅子を躱して、カレンが床に着地した所を有人が襲撃する。

「くッ!」

 カレンは防御に徹した。だが、有人の猛攻に、カレンは我知らず反撃をしてしまう。鳥が無意識に複雑な飛行をこなすように、蓄えた経験知が反射的に肉体を動かしてしまうのだ。

 カレンを強敵と認識した有人は、僅かに生まれた隙に全身全霊を傾けた。

 朱華掌絶招八卦門巽の段──

「風華」

 秘中、水月、肝臓、関元、曲骨。人体の急所に掌打をほぼ同時に叩き込む。勁の干渉波がカレンの内臓を蹂躙した。

「ごほッ!」

 血を吐いて、カレンは膝を屈する。手からナイフが滑り落ちた。有人がカレンの死命を制したのだ。

「強くなったなぁ……有坊」

 口辺に笑みを浮かべて、カレンは有人を見据える。その双眸に敵意や殺意の光は無い。愛子に向けるような優しい目をしていた。

「カレン姉……」

 ゆっくりと、有人はカレンに近づいていく。そうして、目の前で立ち止まった有人の両手を、カレンが掴んで自身の首を握らせた。

「有坊には……私を殺す資格がある」

 己の死を受け入れて、カレンは目を閉ざす。しかし、有人の手に力は入らない。

「有坊……?」

「殺せる訳……無いだろ!」

 有人の目から大粒の涙が零れ落ちる。有人は膝頭を床につけた。

「何で……何でカレン姉なんだよ! 嫌なんだよ! これ以上家族を失うのは!」

「有坊……」

 カレンは有人の頭を掻き抱いた。

「私の命……有坊に預けるよ」

 有人が泣き止むまで、カレンは有人を抱き締め続けた。


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