3『世界秩序評議会』
「世界秩序評議会について、何かご存じありませんか?」
朝食の席で、有人はクラウスに問い質した。アンネローゼはまだ眠っていて、ダイニングに居るのは二人だけだった。
「はは、そんなの都市伝説だよ」
一笑に付して、クラウスは珈琲を口にする。
「では、両親は何の研究をしていたんですか?」
「……」
クラウスは無言でカップを置いた。僅かな沈黙の後、クラウスは胸襟を開いた。
「僕と君の両親は人口削減計画の一端として、疫病を引き起こす病原体や飲料水等に混和する避妊薬の開発を行なっていた。評議会の意向でね」
珈琲を一口飲んで、クラウスは続ける。
「だが、君が生まれてから、まるで憑き物が落ちたように人口削減計画に懐疑的になってね。長い年月をかけて証拠を集め、世間に公表しようとして殺された。君を僕に託して」
「……誰が殺したんですか」
「分からない。評議会は巨大な組織だ。殺し屋を何人も抱えている。暗殺者の育成機関を擁している、なんて噂もあるくらいだ」
「…………」
有人は自然と拳を握り締めていた。重苦しい沈黙が横たわる。それを破ったのは、寝ぼけ眼のアンネローゼだった。
「おはよー」
寝間着姿で現れたアンネローゼは、蹌踉とした足取りでテーブルまで辿り着くと、椅子に座ってクラウスに珈琲を要求する。いつもの朝が戻ってきた。
時刻は午後七時四十分。有人は雪代冬子、月上亮と巡見中に赤馬士郎に呼び止められた。
「遅くまでご苦労様。ちょっと休んでいかない? アルコールは出せないけど。あたしの奢りよ」
有人が断ろうとした矢先、これも社会勉強だ、と言って、冬子が足を踏み出した。放っていく訳にもいかず、有人達も冬子に続いた。
店内は薄暗いが清潔感があり、カウンター席とテーブル席に分かれていた。既に数人の客が居たが有人達に気付いた様子は無く、店員のオカマと楽しそうに酒を酌み交わしている。
「全員オレンジジュースで良いかしら?」
テーブル席に案内された有人達が腰を下ろすと、士郎が訊ねてきた。
「構いません」
「それじゃ、ちょっと待っててね」
そう言って、士郎はカウンターの内側からオレンジジュースを取り出すと、慣れた手つきで人数分のグラスに氷を入れて、ジュースを注いだ。そして仕上げに桜桃を浮かべた。
「お待たせ」
士郎はグラスを並べると、自身も腰を下ろしてグラスを掲げた。
「乾杯!」
一息に飲み干して、士郎はグラスをテーブルに置いた。
「あたしには好きな男{ヒト}が居たの。高校で一緒になって、卒業後は自衛隊に入隊するって言ってたから、あたしも彼を追って入隊したわ」
士郎の唐突な独白に有人達は耳を傾ける。
「訓練は厳しかったけど、好きな男{ヒト}を思えばなんて事はなかった。先生──杉辺克己さんに会ったのも自衛隊に居た頃よ。対怪物訓練で随分とお世話になったわ。そうして時が過ぎて、彼とは親友になれたけど、それ以上先に進む事は怖くてできなかった。一緒に居られるだけで幸せだった。でも、訓練中の事故で彼は帰らぬ人になった。泣いたわ。泣いて泣いて、気付いた時には自衛隊を辞めて酒浸りのの生活を送るようになっていたの。そんな時に出会ったのが此処のママだった。あたしの話を親身に聞いて、寄り添ってくれた。もう一度前に進める手助けをしてくれた」
カラン、と溶けた氷が音を立てた。
「長々とごめんなさい。要するに悩みがあったら一人で抱え込まず周りを頼りなさい。あたしで良ければ力を貸すわ」
いつでもね、と士郎は有人の頭に手を置いた。




