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2『魔女』


 ここまでにしよう、と言って、杉辺克己は文塚有人と抱拳礼を交わした。克己は有人の師匠であり、会得した八卦掌を工夫して朱華掌を開発した武術家である。現在は警視庁公安部公安第五課の対怪物部隊に所属しながら、時折こうして市営の武道場を借りて有人に稽古を付けていた。

「学校はどうだ? 青春してるか?」

「怪物の生態を学ぶには良い環境ですよ」

「お前の人生だ。好きに生きれば良い。だが囚われるな。健全じゃないぞ」

「……」

 タオルで汗を拭きながら、有人は克己の戒飭を黙殺する。克己は嘆息して、これは独り言だがな、と前置いて、本来なら極秘の情報を語り始めた。

「ファリアス院と称するきな臭い組織の構成員が藤峰に在籍している。名前は霧崎頼子。三年生だ。文塚夫妻殺人事件に関して、もしかしたら何か情報を握っているかもな」

 克己の言に、燃え上がるような闘志が有人の双眸に宿った。

 翌日、放課後の校舎裏で有人は霧崎頼子が来るのを待っていた。下駄箱にラブレター(・・・・・)を忍ばせておいた為、必ず来ると確信していた。

「貴方……風紀委員の文塚ね」

 霧崎頼子が姿を現した。長い黒髪に端正な顔。精巧な日本人形を思わせる名花だ。

「俺を知っているのか?」

「入学式での大立ち回りを見ればね。貴方、自分が思っているより有名よ。我が校始まって以来の人間の風紀委員ってね。それで、この寸書は貴方が送り主という事で間違いないかしら? 『放課後校舎裏で待っています。ファリアス院の霧崎頼子殿』」

「ああ。アンタに聞きたい事がある」

「その前に場所を移しましょう。万が一にでも他人の目に触れられたくないわ」

 そう言って、頼子が歩を進める。やむを得ず踵を返して、頼子に背を向けた。途端、

「Staccato」

 有人は蹲ると、不可視の刃が頭上を擦過する。同時に、有人は転身して頼子に足払いを仕掛けた。それを躱して頼子は有人から距離を取る。

「芝居の腕前は中々だが、殺気を隠せない辺り、武術家としては二流だな」

「武術家じゃないわ。魔術師よ」

 魔術。物理法則に干渉して奇跡を再現する学問及び技術の体系である。それを修める者が魔術師であり、一部の怪物からは、変異した松果体を有する、人間の上位種と評されている。

「何でもいいが、アンタに聞きたい。六年前に起きた俺の両親──文塚夫妻殺人事件について、知ってる事は無いか?」

「知っていたとして、答える義理は無いわ。死んで頂戴」

 頼子が右手を横に振り被る。透かさず有人は距離を詰めた。

「Staccato!」

 再び不可視の刃が有人に襲い掛かる。頼子の動作から、有人はおおよその軌道を予測して刃を回避する。浅く額を切り裂かれた。紙一重だった。そうして間合に踏み込んで、有人は詰めの段階に入った。

 朱華掌絶招八卦門乾の段──

「天華」

 鳩尾に掌打を叩き込むや否や、続けて肘打を放った。

「がはッ!」

 頼子は頽れて吐血する。内臓に深刻な損傷を受けた証だ。戦闘続行は不可能だった。

「俺の質問に答えて貰うぞ。死にたくなければな」

 有人は本気だ。それが伝わったのか、頼子は息を切らせながら有人に応えた。

「……知らないわ。でも、評議会に属していたのなら、ファリアス院が関わっていた可能性は否定できないわね」

「評議会?」

「貴方……何も知らないのね。世界秩序評議会。世界を裏で操る秘密結社よ。ファリアス院は評議会に抵抗する唯一の組織で、評議会に与する資産家や研究者を暗殺する事もあるわ」

 頼子の言に有人は沈黙する。

「少し調べてあげるわ。とりあえず、救急車を呼んでくれる?」


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