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1『人間と怪物』


 吸血鬼や人狼──夜の世界に生きる怪物が実在する事が証明されてからおよそ半世紀。徐々に昼の世界に進出してきた彼らによって、人類の科学技術や医療技術は飛躍的に進歩した。その功績を認め、人類が怪物との共存を受け入れ始めたのが四十年前。

 無論、問題が無かった訳ではない。その都度法を改正・整備する事で人類と怪物は同じ「ヒト」として共に道を歩んできた。



 文塚有人は人間と怪物が共存する私立藤峰学園高校で、人間としては初の風紀委員を務めている。入学式で大暴れをした鬼娘を鎮圧した実績を買われての抜擢だった。

 藤峰の風紀委員は夜も活動する。繁華街で生徒(怪物)が問題を起こさないか巡見するのだ。

 夜の巡見は週に一度、不規則に行われる。一人で巡見する訳ではない。三人体制で行われる。今日は一学年で同じクラスの月上亮と、三学年で風紀委員長の雪代冬子で繁華街を巡見していた。

「あ! いたいた! おーい! 有っちー!」

 キャバクラ嬢のように煌びやかな衣服と愛らしい容貌のアンネローゼ・フォン・ヴォーゲンドルフが笑顔で手を振っていた。有人の幼馴染の吸血鬼であり、養育里親のクラウス・フォン・ヴォーゲンドルフの一人娘だった。

「見回りご苦労さま。はい、差し入れのたい焼き。皆で食べてね」

「気持ちは嬉しいが、あまり夜中に出歩かないようにな」

 やんわりと釘を刺して、冬子はたい焼きを口に含む。

「はーい。有っち帰りは一緒に帰ろ。漫喫で時間潰してるから見回りが終わったら連絡して」

 アンネローゼは片手を振って去っていった。

「相変わらず昼間とのギャップが凄いな」

 そう言って、亮はたい焼きを頬張った。直後、雑踏のざわめきに修羅場の気配が混じる。有人達が足を運ぶと、二人の巨漢が顔を突き合わせていた。

 ドレスを纏った筋骨隆々の男──所謂オカマが、酔客のリザードマンに絡まれているようだ。リザードマンは爬虫類型の亜人種を指すが、その姿形は千種万様であり、人間に近い者もいるが、爬虫類としての側面が強い者もいる。酔客は後者だった。

「お兄さんお酒も大分召し上がっているようだし、早く帰って休んだ方がいいわよ」

「あ? ヒトにぶつかっておいて説教かよ。何様だテメェ!」

「ぶつかってきたのはそっちでしょ? 真っすぐ歩けてないじゃない」

 修羅場が熱を帯びる。亮が警察に連絡しようとするのを、有人が止めて、救急車を呼んでくれ、と要望する。次の瞬間──

 リザードマンがオカマに掴みかかると、オカマは腰を落として掌打をリザードマンの鳩尾に叩き込んだ。

「ぐげッ!」

 リザードマンはその場に倒れ、吐瀉物を撒き散らしながら、のたうち回る。

「お見事。赤馬さん」

 有人はオカマ──赤馬士郎の傍まで進み出ると、抱拳礼を行う。対する士郎もまた抱拳礼を返して、有人に応えた。

「遅くまでご苦労様。学校には慣れた?」

「まぁまぁね。救急車を呼んだけど迷惑だったかな?」

「あら、そんなことはないわ。どのみち放ってはおけないもの。後のことはあたしに任せて」

 そうして、有人は亮達の許へ戻った。

「あのオカマと知り合いなのか?」

 亮の質問に、兄弟子だ、と答えて、有人達は巡見を続けた。

「今日はこの辺りでいいだろう。二人ともご苦労だった」

 そう言って、冬子が巡見の終わりを告げる。時刻は午後八時。有人はアンネローゼに連絡を取ると、連れ立って帰路に就いた。

 有人がヴォーゲンドルフ家に引き取られてから六年が経つ。両親は研究職に就いていたが、有人が十歳の時に他界している。殺されたのだ。怪物に。以来、復讐の火を燃やし続けている。対怪物用の武術「朱華掌」を修めているのもその為だ。

 寝支度を整えて、有人は私室のベッドに横になると、そのまま深い眠りに就いた。

 翌日、昼食を手早く済ませると、有人は図書館に足を運ぶ。目的は怪物の生態を記した本だ。貸出禁止の本である為、こうして赴く必要があるのだ。

「またいつもの本ですか?」

 席に着いた有人に、図書委員の八堂麗が話しかける。麗は半人半蟲のアラクネと呼ばれる昆虫型の亜人種だ。上半身が人間で下半身が蜘蛛の怪物である。正確には蜘蛛は昆虫では無いが、一般的には昆虫と同一視されている為、半蟲に属している。

「ああ。お前がいつ暴れ出してもいいように予習している訳だ」

「ふふ、その時は文塚さんがいない所でするようにします」

 談笑しながら本を読み進めていると、アンネローゼが有人に声をかけた。

「あ、有っち、隣いい?」

 寝癖がついたままの髪に眼鏡。その姿に昨夜のような華は無い。アンネローゼは夜間は外向的で活発だが、昼間は内向的で大人しい少女だ。本人曰く、昼間は調子が出ないらしい。

 アンネローゼは有人の隣に腰を下ろすと、鞄から未完成の同人誌を取り出した。

「も、もうすぐイベントがあって、新刊を出したいから」

 そう言って、アンネローゼは描きかけの原稿に取り掛かった。途端、館内に怒号が響いた。

「おらぁ! 文塚有人! あたいと勝負しろ!」

 鬼島うら子。入学式で大暴れした鬼娘であり、有人に取り押さえられて以降、有人に喧嘩を仕掛けてくる難儀な存在だった。

 嘆息して、有人は本を書架に戻すと、うら子の許に向かった。

「あ、有っち、気をつけてね」

 アンネローゼの言葉を背に、有人はうら子と正対する。

「ここじゃ他の生徒の迷惑になる。いつもの場所まで移動するぞ」

 有人の言に従って、場所を校舎裏に移した。うら子の外見は額から生えた二本の角を除けば人間と変わりないが、膂力は人間のそれとは比べ物にならない程に強い。

「今日こそ病院送りにしてやるぜ」

 指の関節を鳴らしながら、うら子は不敵な笑みを浮かべる。

「おっかないなぁ。せめて保健室送りぐらいで勘弁してくれない?」

 軽口を叩く有人に、うら子は打突で返答する。有人は迫りくる拳を手の甲で跳ね上げ、そのまま腕を巻き取るように滑らせて穿掌でうら子の喉を突いた。透かさず肘で喉を薙ぐと、身を翻してうら子の胴に掌打を放った。

「……ッ!」

 うら子がその場で膝を突く。喉への連撃は物の数ではないが、胴に打ち込まれた「浸透勁」が内臓に損傷を与えていたのだ。如何に強靭な肉体を以てしても、内臓までは鍛えようが無い。軍配は有人に上がった。

「くそッ!」

 うら子が地面に拳を叩きつける。地面が陥没した。打拳の直撃を受けていたら、病院送りどころか死んでいてもおかしくない。現に打突に触れた手の甲に痣ができている。有人は己の未熟さを省みた。

「俺は保健室に行くけど、お前はどうする? 行くなら肩でも貸すぞ」

「うるせぇ! ほっとけ!」

 有人は溜息を吐くと、うら子の前で膝を折る。

「あのなぁ鬼島、お前との喧嘩は実戦練習になるからそれ程迷惑じゃない。でもな、目の敵にされるのは心外だ。入学式の件はどう考えてもお前が悪い。その事で謝るつもりは無いが、俺はお前と仲良くしたい。そこの所、頭の片隅にでも置いといてくれ」

 そう言って、有人は立ち上がり、保健室に足を向けた。

「失礼しまーす」

 保健室の扉を開くと、有人のもう一人の幼馴染の姿が在った。

「有坊! よく来たなぁ」

 カレン・クラフトマン。爬虫類型の亜人種であり、体色や尻尾等を除けば人間に近い姿をしている佳人だ。有人が七歳から十歳までの間、留学生だったカレンは文塚家に滞在しており、大学に進学して免許を取得してからは、この藤峰学園高校に養護教諭として勤めていた。

「手の甲やっちゃってさ。カレン姉ちょっと看てくれよ」

「んー? どれどれ」

 有人がカレンに歩み寄る。すると、

「隙あり!」

 カレンが有人に抱き付いた。

「筋肉が付いて些か悪くなったとはいえ、やっぱり有坊の抱き心地は良いなぁ」

「ちょ、やめろよカレン姉」

 何度も頭を擦り付けるカレンを制止して、身体から引き剥がす。有人は七歳の頃からしばしばカレンに抱き付かれていた為、今更動揺する事は無いが、放置すると延々と抱き付かれたままになる。他の生徒や教員に見られたら厄介だ。したがって、程々で止めなければならない。

「これくらい軽いスキンシップだよ。それで、手の甲だっけ? あー軽い打撲だね。氷用意するから、ちょっと冷やして安静にしてれば問題無いよ」

 そう言って、カレンは備え付けの冷蔵庫から氷を取り出すと、袋に詰めて有人に手渡した。


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