第6話 隠し攻略対象、出現
国外追放用の馬車は、西方国境へ向けて街道を進んでいた。
王都を離れてすでに半日。
窓の外には広い草原が続き、夕暮れの風がカーテンを揺らしている。
(順調ですわね)
エルーゼは馬車内で静かに紅茶を飲んでいた。
現在の進行状況は極めて良好。
書類処理の高速化。
感情イベントの短縮。
荷造りスキップ。
全体チャートとしてもかなり理想的な流れだ。
あとは国境検問を通過すれば、正式に国外追放完了。
タイマーストップである。
(ここから余計なイベントさえ入らなければ――)
その時だった。
前方から、馬の足音が聞こえてきた。
複数。
だが軍勢というほどではない。
護衛騎士の一人が目を細める。
「……帝国の使節団か?」
街道の向こうから現れたのは、十数名ほどの騎馬隊だった。
隊列は整っている。装備も洗練されていた。
胸元には、隣国グランツェルト帝国の紋章。
だが武装は最小限で、完全な軍事行動ではない。
外交移動中の護衛部隊。
国境付近では珍しくない光景だった。
「止まれ」
低い声。
騎馬隊の中央にいた男が、ゆっくり馬を止める。
黒髪。
鋭い灰青色の目。
漆黒の外套を羽織った長身の男だった。
ただ立っているだけなのに、妙に空気が張り詰める。
エルーゼはその顔を見た瞬間、固まった。
(…………は?)
前世の記憶が高速再生される。
そして。
(嘘でしょう!?)
思い出した。
カイゼル・ヴァルドレイン。
隣国グランツェルト帝国の騎士団長。
乙女ゲーム『聖ラフィリア学園恋愛譚』における—
二周目限定隠し攻略対象。
本編では、国外追放後の追加シナリオでのみ登場するキャラクターだった。
(なんでおりますの!?)
いや、状況自体はおかしくない。
帝国との国境街道。
使節団。
騎士団長クラスが同行していても不自然ではない。
問題は。
(遭遇タイミングが早すぎますわ!!)
本来もっと後半のイベントなのだ。
少なくとも追放処理が終わってから。
なのに今はまだ、国境前。
RTA中である。
護衛騎士たちが緊張した様子で頭を下げる。
「これは失礼いたしました。国外追放対象を国境まで移送中です」
「国外追放?」
男—カイゼルが、初めて馬車の中のエルーゼへ視線を向けた。
その瞬間。 空気が変わった。
獲物を見定めるような、鋭い目。
エルーゼは反射的に背筋を伸ばす。
(まずいですわね)
攻略対象との接触はロス要因。
特に隠しキャラはイベント密度が高い。
関わるべきではない。
だが。
「……君か」
カイゼルが小さく呟く。
「王都で噂になっていた令嬢というのは」
(噂?)
エルーゼの顔が引きつる。
まさか。
「断罪を急かし、荷造りを数秒で終わらせ、王宮の事務処理を半泣きで加速させた女」
「広まるの早すぎませんこと!?」
護衛騎士が気まずそうに目を逸らした。
王都、情報伝達が異常に速い。
特に貴族の醜聞は。
カイゼルは数秒黙っていたが、やがて口元を歪めた。
「……面白いな」
エルーゼの思考が停止した。
(来ましたわーーーーー!?)
完全にイベント開始台詞。
前世で何度も聞いた、“攻略対象が興味を持つ時の導入”である。
しかも隠し攻略対象。
最悪クラス。
「普通、追放される貴族は泣くか喚く」
カイゼルは静かに続ける。
「だが君は違う。むしろ、自分から最短で国外へ出ようとしているように見える」
図星だった。
エルーゼは冷や汗を流す。
(観察眼が鋭すぎますわ……!)
この男、危険である。
RTA的な意味で。
フラグ感知能力が高い。
カイゼルは楽しそうに目を細めた。
「君、本当に変わっているな」
「よく言われますわ」
「だろうな」
その瞬間。
エルーゼの脳内で、嫌なSEが鳴り響いた。
♪テレレンッ
《隠し攻略対象との接触を確認》
《新規イベントが解放されました》
(チャート崩壊ですわーーーーーー!!)




