第4話 荷造りバグ技
断罪イベントは、混迷を極めていた。
本来なら涙と怒号に包まれるはずの卒業パーティー会場では、今や誰もが、「この悪役令嬢、なんか想定と違う」という顔をしている。
そして当のエルーゼ本人は。
(好感度上昇とかいう重大事故は発生しましたけれど……)
冷静に状況整理していた。
まだ致命傷ではない。
国外追放ルート自体は生きている。
ここから重要なのは、“追放完了までの速度”。
なぜならRTAにおいて、“断罪された”だけではクリア扱いにならないからだ。
正式に国外へ出発して初めてタイマーストップ。
つまり。
ここから先も最適化が必要。
「……以上だ」
王太子レオニスが、やや疲れた顔で断罪文を読み終える。
「エルーゼ・フォン・アルヴィア。君との婚約を破棄し、アルヴィア公爵家には謹慎処分を命じる。また君自身には――」
来る。
エルーゼの瞳が鋭くなる。
「国外追放処分を下す」
(通りましたわ!!!!)
脳内でファンファーレが鳴った。
国外追放ルート確定。投獄回避成功。チャート継続。
エルーゼは内心でガッツポーズした。
しかし。
「なお、追放準備期間として三日を――」
(長いですわね)
エルーゼの思考が即座に切り替わる。
三日。三日である。
RTA的には論外のロス。
しかもこの“準備期間イベント”、ゲームでは大量の会話と感傷シーンが挟まる。
使用人との別れ。家族との対話。回想。
長い。遅い。
テンポが悪い。
(カットですわ)
エルーゼは即断した。
「不要ですわ」
「……は?」
レオニスが止まる。
教師も止まる。
会場全体がもう慣れてきた感じで止まる。
エルーゼは優雅に一礼した。
「準備は即日完了可能ですもの」
「いや、しかし追放には荷物整理や手続きが――」
「問題ありませんわ」
エルーゼは片手を上げた。
次の瞬間。
魔力が広間を震わせる。
空気が歪む。
貴族たちがどよめいた。
「なっ……!?」
「空間魔法!?」
極めて高等な魔法だった。
通常、空間収納は小袋程度が限界。
しかも維持には莫大な魔力を必要とする。
だがエルーゼは。
「《グラン・ストレージ》」
パキン、と空間が割れた。
黒い裂け目が出現する。
その瞬間。
王都北区。
アルヴィア公爵邸。
屋敷中の家具が浮いた。
「きゃあああああ!?」
「タンスが飛んでおりますーーー!?」
「奥様の食器棚までぇぇぇ!!」
メイドたちの悲鳴が夜空へ響く。
ソファ。本棚。絵画。私物。宝石箱。ドレス百二十着。高級ベッド。ワインセラー。
なぜか庭の噴水まで。
すべてが異空間へ吸い込まれていく。
数秒後。
広大だった公爵邸は、信じられないほどスッキリしていた。
もはやモデルルームである。
一方、王宮大広間。
エルーゼは何事もなかったように扇子を閉じた。
「準備完了ですわ」
「…………」
「馬車を」
全員、沈黙。
レオニスがゆっくり口を開く。
「……今、何をした?」
「荷造りですわ」
「荷造りの規模じゃない」
教師が震える声を出す。
「ア、アルヴィア嬢……空間圧縮魔法は国家級魔術師でも……」
「ええ。便利ですわよね」
便利で済ませるな。
全員の顔にそう書いてあった。
だが当のエルーゼは真剣だった。
(かなり短縮できましたわね)
三日イベント丸ごとスキップ。
大幅更新ペース。理想的。
しかし。
「お、お待ちください!」
文官が慌てて駆け込んできた。
「ま、まだ追放関連書類が完成しておりません!!」
「…………」
エルーゼの動きが止まる。
(書類待ち……?)
RTA走者にとって最悪の言葉だった。
行政処理。手続き。進行不能。
いわゆる強制待機イベントである。
エルーゼはゆっくり振り返った。
「……あと何分ですの?」
「え?」
「書類ですわ」
「い、いや……通常は三日かけて……」
「遅すぎますわ!!!!」
悪役令嬢、ついにキレた。
王宮が少しざわついた。
なお文官たちは、
「追放される側から進捗確認されている」
という前代未聞の状況に軽く混乱していた。




