第3話 説教イベントをスキップせよ
「……では、少しだけ揉めます?」
悪役令嬢らしく、美しく微笑んだエルーゼ。
会場全員が、
「そこ調整可能なんだ……」
という顔をした。
数秒の沈黙。
そして。
「こ、こほん!」
進行役の老教師が、強引に空気を立て直した。
「では改めて!エルーゼ・フォン・アルヴィア!貴女の数々の問題行動について、王太子殿下より正式な言葉があります!」
(来ましたわね)
エルーゼの脳内タイマーが点滅する。
《国外追放RTA 00:12:08》
本イベント最大級のロス区間。
—断罪説教パート。
王太子が悪役令嬢の傲慢さを語り、貴族としての在り方を説き、心の持ちようを諭し、最終的に断罪へ繋げる長編会話イベントである。
前世のプレイヤーたちからは、
『長い』
『飛ばせ』
『二周目以降つらい』
など散々な評価を受けていた。
(平均十四分三十二秒……)
エルーゼは記憶を掘り返す。
しかも途中で選択肢がない。
完全拘束。
RTA的には地獄だった。
「エルーゼ」
王太子レオニスが一歩前へ出る。
金髪碧眼。
絵画のように整った顔。
本来なら、ここで彼は冷たく言い放つ。
『君には失望した』
だが今日は違った。
なぜなら相手が、
「次の工程へどうぞ」
とか言い出す女だからである。
レオニスは微妙に警戒していた。
「君はこれまで、自らの立場を利用し、セシリアに対して数々の嫌がらせを――」
(始まりましたわね)
エルーゼは冷静に分析する。
まずい。
テンポが完全に通常進行へ戻っている。
このままでは長い。非常に長い。
(どこかで短縮を――)
その瞬間。
エルーゼの脳裏に、貴族礼法の知識が蘇った。
高位者が長く話し続ける際、聞き手は相手の体調を気遣うべし。
王族相手ならなおさら重視される作法。
つまり。
礼儀を盾にすれば、話を圧縮できる。
(仕様の穴ですわ!)
エルーゼは即座に行動した。
「殿下」
レオニスが止まる。
「……なんだ」
エルーゼは優雅に頭を下げた。
「長時間のお話、お疲れでしょう」
「は?」
「どうかご無理なさらず。要点を三行でお願いいたしますわ」
沈黙。
完全な沈黙。
空気が凍った。
教師が固まる。
攻略対象たちが息を呑む。
セシリアが「えぇ……」みたいな顔になる。
しかし。
誰も“無礼だ”とは言えなかった。
形式上、エルーゼは王太子を気遣っている。
礼法的にはギリギリ成立している。
いやギリギリすぎる。
レオニスはしばらく無言だった。
やがて額に手を当てる。
「……君は昔から、妙な方向に頭が回るな」
「効率化は大切ですもの」
「断罪で使う言葉じゃない」
呆れた声。
だが怒鳴るほどではない。
むしろ。
「……ふっ」
小さく、笑った。
エルーゼの動きが止まる。
会場も止まる。
レオニス本人すら、一瞬「今の誰が笑った?」みたいな顔をした。
「殿下?」
「いや……なんでもない」
だが口元には、わずかに笑みが残っている。
その瞬間。
エルーゼの脳内に、不穏なSEが鳴り響いた。
♪テレレンッ
《レオニス殿下の好感度が上昇しました》
「…………」
エルーゼの表情が死んだ。
(終わりましたわ)
RTA走者として理解してしまう。
これはまずい。非常にまずい。
恋愛ゲームにおいて、“意図しない好感度上昇”は事故である。
しかも相手はメイン攻略対象。
最悪クラス。
(なぜですの!?)
意味がわからない。
断罪を急かし。
証拠提出を省略し。
説教を三行に圧縮した。
どう考えても嫌われるムーブである。
なのに。
(バグですわ!!)
エルーゼは内心で絶叫した。
一方その頃。
レオニスはエルーゼを見ながら、少しだけ考えていた。
(……今日のエルーゼ、妙に面白いな)
完全にチャート崩壊の兆候だった。




