第三話.真実
ターン2。
カードが配られる。
須藤の指は、さっきよりも明らかに震えていた。
(落ち着け……今のはただの言葉遊びだ)
だが頭の奥では、別の声が響く。
“ここからが本番です”
「質問は?」
須藤は一瞬だけ迷い、すぐに口を開いた。
「……俺のカード、強いか」
ディーラーは、今度は間を置かなかった。
「弱いですね」
即答。あまりにもあっさりと。
(……まただ)
須藤の眉がひそむ。
(こいつは、わざと分かりやすくしてる)
「どのくらいだ」
「下の上」
微妙な表現。だが今度は、引っかからない。
(“公開カード”の話だろ)
須藤は冷静に整理する。
(つまり俺の見えないカードは別問題……)
「マークは?」
「一致しています」
須藤の心臓が跳ねた。
(マーク一致……中役)
悪くない。むしろ、攻められる。
ディーラーが静かに言う。
「ベットを」
須藤は、チップを3枚出した。
「……レイズだ」
強気。さっきの勝利が、背中を押していた。
ディーラーは、それを見てほんの少しだけ首を傾げる。
「ほう」
そして、ゆっくりと2枚追加した。
「コール。さらにレイズ1枚」
合計4枚。
(来た……)
須藤の喉が鳴る。
(こいつが乗ってくるってことは――)
強い?それとも、ブラフ?
(さっきと同じだ)
(“信じさせて”から、落とす)
須藤は歯を食いしばる。
「……コール」
これで2コール。あと一回で勝負。
ディーラーが、じっと須藤を見る。
「……降りても構いませんよ」
その一言。須藤の神経を、逆撫でした。
「……は?」
「合理的判断です。あなたのチップは有限ですから」
(煽ってる……!)
須藤の中で、何かが切れる。
(ここで降りたら、“読まれてる”って認めることになる)
「……コールだ」
三回目。勝負成立。
「オープンを」
須藤はカードを開く。
「……9」
悪くない数字。
そして公開カードが降ろされる。
「……3」
合計12。マーク一致。
(勝てる……!)
須藤の視線がディーラーに突き刺さる。
「今度はどうだ」
ディーラーは、ゆっくりとカードをめくった。
「4と、5」
バラバラ。
合計9。
須藤の勝ち。
「……っしゃあ!」
思わず拳を握る。連勝。流れが来ている。
チップが須藤の前に積まれていく。
だがディーラーは、何も変わらない。
「おめでとうございます」
その声は、あまりにも平坦だった。
須藤は笑いながら言う。
「どうした、“破滅のディーラー”。今日は調子悪いんじゃないか?」
ディーラーは、静かにカードを整える。
そして、ふと口を開いた。
「いえ」
その目は、変わらず冷たい。
「予定通りです」
須藤の笑いが、止まる。
「……は?」
ディーラーは、チップの山を軽く見た。
「あなたは現在、増えています」
「だが?」
「申告額に対して、リスクを取り始めている」
須藤の表情が、わずかに曇る。
「それが何だ」
ディーラーは一歩も引かない。
「人は、勝つほどに“自分の判断を信じる”ようになる」
カードを切る音が響く。
「そして――」
一瞬だけ、視線が鋭くなる。
「負ける準備が整う」
空気が、変わった。須藤の背中に、冷たい汗が流れる。
(……こいつ)
(わざと、勝たせてるのか?)
だが、その考えをすぐに打ち消す。
(ありえない)
(そんな都合よくコントロールできるわけがない)
「……次だ」
須藤は低く言った。ディーラーは、微笑む。
「ええ」
カードが配られる。
ターン3。
空気は、もはや重く沈んでいた。
須藤の前には、積み上がったチップ。
最初の倍以上。呼吸は荒いが――目は笑っている。
「……はは」
乾いた笑い。
「見えてきたな」
ディーラーは何も言わない。ただカードを切る。
(あと一回勝てばいい)
須藤の頭の中は、それだけだった。
(3ターン中、勝ち越せばいいんだ)
(今は――勝ってる)
実際、須藤はこの時点でリードしていた。
あと一勝。それだけで、生きて帰れる。
「質問は?」
「……俺のカード」
須藤は余裕を持って言う。
「強いか?」
ディーラーは、一瞬だけ須藤を見た。
「強い」
短く、断言。
須藤の口元が歪む。
(来た)
「マークは?」
「一致しています」
中役以上確定。
(勝ちに行ける)
須藤は迷わない。
チップを5枚、叩きつけた。
「レイズ。最大だ」
場が一瞬で張り詰める。ディーラーは、そのチップを見てわずかに、息を吐いた。
「……随分と大胆ですね」
「終わらせるだけだ」
須藤の声は、確信に満ちている。
「あと一回だ。分かってるだろ?」
ディーラーの指が、カードの端をなぞる。
(……そうだ)
(あと一回)
その“あと一回”が、どちらにとってのものか。
その認識に、わずかなズレがあった。
ディーラーは、ゆっくりとチップを出す。
「コール」
同額。
さらに1枚追加。
「レイズ」
合計6枚分。須藤の眉がわずかに動く。
(乗ってきた……?)
だが、引く理由はない。
(ここで勝てば終わりだ)
「……コール」
二回目。
静寂。
ディーラーが、静かに言う。
「……確認します」
須藤を見る。
「あなたは、“あと一勝で勝ち”だと思っている」
須藤は笑う。
「思ってる、じゃない。事実だ」
ディーラーは、ほんの少しだけ目を細めた。
「なるほど」
間。
「では――コール」
三回目。
勝負成立。
「オープンを」
須藤は迷いなくカードを開く。
「……10」
高い。そして、公開カードが降ろされる。
「……10」
数字一致。最強役。
「――っしゃあ!!」
須藤が立ち上がる。勝利を確信した叫び。
「終わりだ!!」
その声が、部屋に響く。ディーラーは、動かない。
ゆっくりと、自分のカードをめくる。
「9と、9」
数字一致。同じ役。
須藤の笑いが、一瞬止まる。
(……同じ?)
ディーラーが静かに言う。
「合計値での比較になります」
10+10=20
9+9=18
「……あなたの勝ちです」
須藤は、大きく息を吐く。
「は……はは……!」
完全勝利。そう思った。その瞬間。
ディーラーが、静かに口を開く。
「では」
カードを整えながら言う。
「最終ターンに移ります」
須藤の思考が、止まる。
「……は?」
ディーラーは顔を上げる。
その目は、どこまでも冷静だった。
「現在、あなたは“3勝”です」
「でも、終わってませんよ?」
須藤の顔から、血の気が引く。
「……何、言って――」
「このゲームの勝利条件は、“3勝”ではありません」
一拍。
「“合計金額での勝利”です」
空気が、凍りつく。
須藤の視線が、ゆっくりとチップへ落ちる。
積み上がった、大量のチップ。
だが――
(……俺の申告額は、5億)
(つまり1枚、5000万)
そして。さっきのターンで賭けたチップは
「あなたは先ほどのターンで」
ディーラーが淡々と告げる。
「合計6枚を賭けました」
6枚 × 5000万 = 3億
須藤の呼吸が、止まる。
「一方で私は――」
ディーラーのチップは、少ない。
だが。
「申告額は、あなたより高い」
その意味を、須藤は理解する。
(……価値が、違う)
ディーラーのチップは――
1枚の重みが違う。
「つまり現在」
静かな宣告。
「あなたは、“次の一敗で逆転不能”です」
須藤の足が、震える。
(……嘘だ)
(俺は今、勝ってるはずだ)
勝っているのは、“回数”だけ。
このゲームは最初から。
「金額」でしか、見ていない。
ディーラーがカードを差し出す。
「最終ターンです」
その微笑みは、変わらない。
「――どうぞ、運命を賭けてください」
須藤は、理解する。
自分が。どこで。何を間違えたのかを。
そしてもう、引き返せないことも。




