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第37話

戦闘の余韻が静かに空間に漂う中、私はエンプレスの隣に立ち、少し緊張した様子で彼女を見上げた。

「本当に……これで終わったの?」

エンプレスは穏やかな笑みを浮かべながら頷く。その姿はどこか余裕に満ち、戦いの傷跡などまるで気にしていないかのようだった。

戦いの途中からあの魔女が動かなくなったと思ったらこの人形が全てを終わらせた……。

あの魔法の数々は今まで見たことも無いような、圧倒的にレベルの違うものだった。

私達を回復して全てを蹴散らした……もう頭の整理が追い付かない。



「ソフィア嬢、コハル様の眼を覚ましていただけますでしょうか」

「……何をするつもり?」

臆した態度を出さぬよう私はエンプレスを睨みつける。だが彼女の表情は変わらない。

「そのような態度も中々お可愛らしいですね……私はただ対価を支払ってもらいたいだけです」

「対価、貴方を呼び出したのは召喚魔法の類って事ね」

倒れているコハルの傍による、あれだけの傷が一瞬で回復している。

どれだけ魔法を極めればここまでの芸当ができるのだろうか。

思いつめても……何も変わらない。

私は気を失っているコハルの体を揺らした。



「……ん」

そしてコハルはゆっくりと目を覚ます。

「ソフィア様……どう、なりました?」

「終わったわ」

私は最大限に笑顔を浮かべた。それは虚勢という形を取った微笑みだが……少しでも安心して欲しい。

「コハル様、改めまして私はアルケイン・エンプレス。貴方に作られ使役される人形でございます」

彼女は顔を上げると優雅に微笑みながらコハルの手を掬い、口付けをした。

「さて、心苦しいのですが対価を私めに支払っていただけますでしょうか?」

「対価?」



「具体的には」

「そうですね、私を作るために必要なマナ、それと今回使用した分のマナ合わせコハル様がこれから得る40年分のマナを頂きましょうか」

「……嘘でしょ」

あんな桁外れな力を持つ人形、これくらいの対価はまだ有情なのかもしれない。

でも、それでも……こんな事って。

コハルの様子を見れば、俯いていて言葉を発する事ができそうにない。

そんな様子を見かけてエンプレスが口を開く。



「……それか、私はこの場で消えマナに変換いたしましょうか、すれば使用分のマナ半年分のマナで済むでしょう」

エンプレスの提案に場が静まり返った。彼女の穏やかな声とは裏腹に、その内容は非常に重いものだった。

コハルは俯いたまま微動だにせず、ソフィアもただその場に立ち尽くしている。エンプレスの美しい微笑みが一瞬、僅かな哀愁を帯びたように見えたが、それは錯覚かもしれない。



「……どうなさいますか、コハル様?」

エンプレスが静かに尋ねる。その声は急かすわけでもなく、むしろ相手の選択を尊重するような落ち着きを湛えていた。

「……君が消える、というのはどういう意味?」

沈黙を破ったのはコハルだった。まだ完全に決断できないのか、弱々しい声で問いかける。


「そのままの意味でございます。この場で私が存在を消し、マナそのものとして世界に還元されます。ただ、それにより私は二度とコハル様のもとに現れることはできません。」


「……」

「作っておいて必要が無くなったら捨てる……そんな事はしない。引き受けます、その対価」

「コハル……それは……」

それはこれから40年魔法を使えなくなるという事だ。

「……感謝を、ここに深く感謝を。そしてまた私を呼び出す事があれば、その時はまたお力になりましょう」

エンプレスはコハルの手の甲に口づけをする。そして、その体が光に包まれ、やがて消えていく。


それはまるで幻想的な光景で、私はただ茫然と立ち尽くし、コハルはただそれを静かに見つめていた。エンプレスが消えた後の空間には、静寂だけが残った。彼女の最後の言葉が、どこか空虚な余韻を残して耳に残る。

私は隣にいるコハルを見つめた。疲労感を隠そうともしない彼女の顔には、どこか達観したような表情が浮かんでいる。


「……本当にそれで良かったの?」

重ねて尋ねると、コハルは小さく頷いた。

「はい。確かにもう一つの選択肢の方が、僕自身にとっては楽だったかもしれません。でも……」

コハルは少し遠くを見つめるような目で続けた。

「彼女がどれだけ力を貸してくれたのか、どれだけ僕たちを守ろうとしてくれたのか、目の前で見れてはいないけど。恩知らずな真似は出来ません」

その言葉には揺るぎない覚悟が感じられた。


「……無責任な事を言いますが、何とかできるかやってみます」

コハルは微笑みながらそう付け加えた。その笑顔は疲れ切っていたが、不思議と明るく、ソフィアも自然と微笑み返していた。

「あなたらしいわね。私も手伝うから」

「ありがとうございます、ソフィア様」

二人はしばらくその場に立ち尽くし、静かに残響のない空間を見つめていた。やがて、コハルは意を決したように振り返り、一歩を踏み出す。


「とりあえず、出口を探しましょうか」

「馬車が先じゃない?」

そんな事を話していると、屋敷全体が微かに揺れ始めた。壁や床が薄い光の粒子となって浮き上がり、徐々に形を失っていく。

日の光が漏れ出し、少しすると完全に消え去った。

「あれ、馬車じゃないですか?」

コハルが指差す方向に、一台の馬車が佇んでいる。

他にもいろんな所に物が落ちているのが見て取れる。


「本当だ、無事だったんだ……」

コハルが指差した先には、見覚えのある馬車が佇んでいた。

「人形になっていたけど、ちゃんと生きているのね……」

「御者さんは無事でしょうか?」

辺りを見ても魂が抜けたような人形は散らばっていても人は何処にも見当たらない。

「探しましょう」

そうコハルが言ったので二人で探して見た。

、が見つかったのは。人形のままの御者さんだった。

「……人形のままですか」

コハルは手に取った小さな人形をじっと見つめた。


御者だった人の面影をわずかに残しているそれは、まるで時間が止まったかのように微動だにしない。

「連れて行って街で渡しましょう。呪いの類なら解ける人がきっといるわ」

「……そうですね。確かにこの状況は……他の人には見せたくないですね」

「じゃあ、馬車に乗って出発しましょう」

私とコハルが馬車に乗り込むと、ゆっくりと馬が走り出す。日の光に包まれながら、私達は街へと向かい始めた。

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