第36話
エンプレスは余裕の笑みを浮かべながら、杖を軽く振る。瞬時に魔法陣から膨大なエネルギーが解き放たれ、無数の人形たちがラヴィアへと殺到する。
空中から、地上から、あらゆる角度からの攻撃が同時に襲いかかる様はまさに圧倒的だった。
しかしラヴィアは、諦めずにただ最善の防御を続けた。いくつもの裂傷が体を覆う。魔法攻撃を裁き、人形の攻撃を受け止める。
そこには確かに策があった。
彼女の手が人形に触れた瞬間、ラヴィアの指先から細いマナの糸が伸び、人形の内部に流れ込んだ。そのマナは、人形の核となる制御部分に直接干渉する。
人形の動きが一瞬止まる。次の瞬間、ラヴィアが操るようにその人形が他の人形に向かって突進した。
エンプレスは杖を振り、人形たちの動きを即座に調整する。
しかし、ラヴィアが奪った一体の人形が次々と他の人形にぶつかり、まるで伝染するように他の人形たちも制御を奪われていった。
「これで少しは手間を減らせるな……」
エンプレスは笑みを崩さず、瞬時に宙空に新たな魔法陣を描き始めた。
「【唇に熱を】」
空間に刻まれている巨大な魔法陣が完成し、強い光とともに光の柱が湧き出る。その光の柱は細く絞られていき、一点に集中するように集まっていく。
光の柱が光の粒子となり、そして一定量の輝きが消えると同時にエンプレスの杖から光線が放たれた。
その光線は、眩いばかりの光と熱を放ち、まるで太陽のような力を持っていた。
光線は人形たちを次々と焼き払い、ラヴィアに迫りくる。
「っ……!」
ラヴィアは光線の威力を直感的に理解し、その場から瞬時に身を翻した。
しかし、その速度すらも追い詰めるように、光線は軌道を微調整して追尾してくる。
それに対しラヴィアは切り返しエンプレスに近づくために更なる加速を試みた。
(何だこの理不尽は!この私が……主導権を、握れていない)
剣を握り直しラヴィアがエンプレスに肉薄する。
ラヴィアは加速の勢いそのままに、エンプレスへと肉薄する。剣が光を放ち、鋭い一閃がエンプレスを狙った。
斬りつけられたエンプレスは怯んでしまう、その隙を見逃すラヴィアではない。そのままの流れで剣を振り上げ、一撃で葬り去ろうとした。
エンプレスは避けようとしたがもう遅い、ラヴィアの剣が到達するよりも先に刃先は喉下へと捻じ込まれる。
ラヴィアが息を荒げながらも剣を握り締め、エンプレスを睨みつける。剣先がエンプレスの喉元にあるにもかかわらず、彼女は動じた様子を見せない。
「何だ、このあっけなさは?」
ラヴィアは警戒の目を光らせる。しかし、その背筋を悪寒が這い上がるような感覚が襲う。
「流石ですね」
エンプレスの声が耳元で囁かれた瞬間、ラヴィアの視界がぐらりと揺れた。
そして――
「――っ!」
次の瞬間、周囲の景色が崩れ去り、全く異なる光景が広がる。彼女の剣は宙を切り、エンプレスの姿はどこにもない。代わりに、目の前には自分を見下ろすエンプレスが立っていた。
「お速いお目覚めで、ラヴィア様」
ラヴィアの周囲には無数の魔法陣が浮かび上がっていた。コハルとソフィアが無傷の姿で立ち上がっている。
さらに、彼女が従えていた加羅紅の残骸が散らばり、ラヴィア自身の体に現実の傷が痛みとして残っている。
「これは……どういうことだ……?」
ラヴィアは愕然とし、剣を構え直そうとするが、体に力が入らない。
「さ、始めましょう。【最終演目】】」
エンプレスが言葉を紡ぐと同時に、周囲の魔法陣が眩い輝きを放ち始めた。その光はまるで世界全体を飲み込むかのように広がり、空間全体が震える。
「そして終わらせましょう、母なる者」
その一言と共に、膨大な魔力が炸裂する。ラヴィアの周囲に発生した魔法陣が一斉に放たれるエネルギーの奔流を引き込み、まるで次元そのものが捩じれるような異常な空間を形成した。
「ぐっ……!」
ラヴィアはその力に抗おうとするが、体は縛られ、魔力は封じられている。光と闇が交錯する圧倒的なエネルギーが空間を満たし、彼女の視界が白黒のモザイク状に歪んでいく。
「ああああ、やめろおおお!」
エンプレスは悠然と微笑みながら、杖を振り下ろす。その動作一つ一つが、全ての現実を掌握しているかのような威厳を放っている。
ラヴィアの目の前で、エンプレスの指先から放たれた魔力の奔流が集約され、一つの巨大な光となって形を成した。
ラヴィアは歯を食いしばり、全力で剣を振るおうとするが、体は一切反応しない。彼女の精神は未だ戦いを続けることを望んでいるが、その身体は完全にエンプレスの魔力によって拘束されていた。
「おや、まだ諦めないのですね。それもまた美しい……ですが、これで幕を引きましょう」
エンプレスが杖を振りかざした瞬間、光が全てを包み込む。その中で、ラヴィアは自分が無力である現実を突きつけられながら、意識が徐々に薄れていくのを感じた。
――そして、空間は静寂に包まれた。




