Side フィリベールの苦悩と春の訪れ
僕は覚えていないぐらい小さいころから絵を描くのが好きだった。
お父様とお母様は僕が描いた絵を上手だと褒めてくれ、それが嬉しくてより一層絵に没頭していった。絵を描くのが本当に楽しくて寝る時間も惜しいほど熱中して取り組むと、やればやるほど絵も上達していきますます楽しくなった。
でも、僕が熱中すればするほどお父様とお母様が困惑した表情で僕をみることが増えた。5歳になりお茶会にも参加するようになったが、同世代の子とはまともに話もできず、連れて行かれてもトイレや人のいない所に引きこもり人に会わないようにしていた。
他の人と会うこと自体が苦痛で、部屋に閉じこもることがより一層増えた。そんな僕を情けないとお父様は部屋から出そうとしたり、剣の稽古をさせようとしたりしたが、僕が頑なに抵抗して食事も拒否したらお父様は無理にやらせようとはしなくなった。そのことに安堵したが、両親が僕にことを恥じているのだろうと思い、両親と会うこともやめた。大好きな人に失望されていることの悲しみもあったが、それ以上に絵を描けないことは呼吸や心臓を止めることと同じだった。
僕は生きていたかった…。だから悲しくても絵を描くのをやめなかった…。
こもって絵を描き出した僕を心配したお母様が有名な医者を連れてきて僕を診察させたが、僕の生活が変わることはなかった。そのことにお母様が悲しんでいることは分かっていたが自分のもどうしようもなかった。
もう、僕のことは無視して欲しいと思ってしまうほど心が凍りついてしまった…。
そんな僕のところに春の妖精がやってきて、僕の心を溶かしてくれた…。
ジファール公爵夫人とその娘が我が家のお茶会に来ると連絡はあったが、僕には関係ないことだと思い、ひたすら絵を描いていた。するとお母様がジファール公爵令嬢のセリーヌ様を伴って僕の部屋にやってきた。
入ってきた瞬間、息が止まった…。
柔らかに笑う姿が春の妖精のように優しげな雰囲気で、花が綻ぶような香しさを感じた。思わず見惚れそうになるのを必死に抑えて持っていたスケッチブックに視線を戻した。挨拶に返事も返さずにいたのに怒ることもなく、自分も絵を描きたいから画材を貸して欲しいと言われたので机に用意して距離を取った。セリーヌ様は気にするそぶりはなく紙に向かって油絵具で絵を描き出した。セリーヌ様は描き慣れた様子で筆を走らせ、見たことがないエネルギー溢れた絵を描き出した。見たことのない画法に思わず見いてしまった。
その後セリーヌ様が僕の絵が見たいと言ったので交換で絵を見せ合ったり、今まで描いた絵を見せると心から感動した表情で絵を見入っていた。僕が絵を描き始めた頃の両親と同じ表情をしていて久しぶりに見て心が温かくなるのを感じた。
そんなやりとりをしているうちにセリーヌ様が帰る時間になってしまい、寂しさがどっと押し寄せてきた。ため息をついた視線の先にセリーヌ様が描いた絵があることに気づき届けなければと思った。しかし、しばらく部屋から出ていなかったので恐怖はあったが、もう会えないかもしれないとも思った。またくると言っていたが、社交辞令で言っているだけかもしれない…そうしたらもう彼女に会えないと思うと悲しくて胸が締め付けられた。
もう一度、彼女に会いたい一心で部屋から出て彼女を追うとお母様とセリーヌ様が僕のことを話している声が聞こえ、足が止まり凍りついてしまった。何を言われるか聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちがせめぎ合った。
2人の話を聞いているうちに、母の苦悩と愛情が分かり、セリーヌ様が僕を褒めてくれたことが嬉しかった。
自然と目から涙が溢れてしまうと、それに気づいたセリーヌ様に抱きしめられる。優しい抱擁は暖かな春に包まれるようで心の氷が溶かされたようだった。そして久しぶりに大声で泣き、お母様にも抱きしめてもらった。そして互いに謝り合って久しぶりの親子の交流の温かさに嬉しさが込み上げた。
そうか…僕は寂しかったんだ…。大好きな人に分かってもらえない辛さ、期待に応えられない辛さ…いろんな思いが僕の心を凍らせていて、それが一気に溶けて春が訪れたんだと実感した。
春の妖精のおかげでね…。
夜になり、僕はお父様とも話し合った。お母様は全面的に僕の味方をしてくれて、いつもの弱々しい気の弱いお母様はそこにはいなくて僕の好きにさせるべきだと言ってくれた。お母様の剣幕にお父様は驚いていたが、僕が絵を描くことを認めてくれた。
でも、条件としてきちんと家庭教師と勉強をすることと家族で過ごす時間を設けることが条件に出されたけど、その条件が僕のことを思ってのものだと今の僕には分かるので受け入れた。
久しぶりの家族での食事や、僕の絵を見ながらのお茶の時間はすごく楽しくて幸せなものだった。
僕は寝る時間になってもなかなか寝付けないほど興奮していた。今日の楽しい時間を振り返ると自然と笑みが浮かび、それと同時に涙がこぼれた。
僕は幸せだな…セリーヌ様…ありがとう。お父様、お母様ありがとう…。
暖かい思いに包まれ、僕は知らないうちに眠ってしまったのであった。




