魔王ブレイク
魔法の本質は知ることにある。
星の動き、川の流れ、風の行く末……力の源を理解し、それに少しだけ影響を及ぼすことで、望んだ結果を導く。
それは過去に滅びた科学文明の少し先にある。
循環する力の流れの中に、指を一本、差し挟むようなものだ。
そうして本流の中に支流を作る程度のこと。
アワツキの魔法は拙いながらも、毛の一筋くらいは本流に差し挟むことができた。
星々の流れのほんの少しを集めて、ルインの金器へと注ぐ。
それが【星震剣】と呼ばれる魔法だ。
ゲーム的には、プレイヤーの想像力を刺激するフレーバーに過ぎないのかもしれないが、アワツキの魂は確かに本質に触れたのだ。
ルインの短剣に宿った星々の力は、オーロラの尾を引く。
技がなくても精霊を切り離せるほどの力を持っていた。
「おのれ、魔法文明が!」
魔王ブレイクが魔物を振りかぶる。
ルインは短剣技ではなく、体術を使う。
【影法師】。相手の影のように寄り添い、離れず、呼吸を合わせる体術だ。
これによって、ブレイクの激しい動きに巻き込まれることなく近距離を保つ。
どれだけ斬れ味鋭い短剣でも刃渡りの短さは欠点だ。ましてや、相手はかなり縮んだとはいえ、人よりは遥かに大きい。
そのため、ルインは魔王ブレイクの魔物を持つ手の小指を狙った。
振るわれた魔物を見事に避けきった後、素早く小指を斬りつける。
「ぐああああああっ!」
魔王ブレイクが叫んだ。
魔王ブレイクにとっては、武器が握れなくなるのは三度目の経験だ。
しかし、全身が精霊・那乃に侵された魔王ブレイクにとって、今や手はただの末端に過ぎない。
肩の触手の一本が少し短くなるだけで、再生できてしまう部位なのだ。
「くっ……ダメか!」
精霊・那乃は本体から切り離されると、その本体に二度とつかなくなるという性質がある。
今の一撃は、魔王ブレイクの小指一本分の質量を削ったに過ぎない。
魔王ブレイクの肩の触手が、影法師のように寄り添い動くルインをなんとか捕まえようと、動く。
ルインはその蛇頭の触手を手当り次第に斬りつけながら逃げるが、さすがに影法師のように接近戦を挑める距離には居られなくなる。
離脱。それからルインは別の体術、【雷光の運び】という、速さを追い求める体術に切り替える。
【雷光の運び】は、まさしく稲光のように一瞬で位置を変える歩法で、上体だけを低く折り曲げ、空気抵抗を薄くする独特な動きが特徴だ。
上下左右に大きく痕跡を残すため、初見では分身したようにも見える。
この動きでルインは相手の後ろからの突き刺し攻撃、【バックスタブ】を狙う。
魔王ブレイクは一瞬にしてルインを見失った。
闇雲に痕跡に向けて触手を振るう。
刹那にして背後を取ったルインはソレを見つける。
背中に深く残る七支刀の刺傷だ。
瞬時にルインは理解した。
アジ・ダハーカを呼び覚ました罪人プレイヤーの奇跡の一刀。
半ば黒ずみながらも、その封印の力を残していた七支刀は、魔王ブレイクの背中にその力の残滓を残していたのだ。
いつまでも治らず残っている傷からならば、魔王ブレイクの心臓に一刺しが入れられる。
「うおおおぉぉぉおおおっ!」
雄叫びと共にルインの金器がオーロラの尾をひいて打ち込まれる。
か、はっ、と魔王ブレイクの口から吐息が漏れる。
同時に、まるで血管を通して星震の力が伝播したかのように、魔王ブレイクに罅が走る。
魔王ブレイクの首が機械仕掛けのように真裏を向いた。
「る゛いい゛ぃぃぃんんん゛っ!」
「終われ、ブレイク。この地で精霊に負けた時点で、お前は終わっていた!
さらばだ、ブレイクゥゥゥッ!」
───人でないお前が、俺を殺すのか!───
最後の言葉はルインの中へと流れ込む。
それは、ブレイクの魂のスキャンの結果かもしれない。
ブレイクが今日まで生きた証。
それは確かにルインの中に【模倣】として遺るのだった。
「少なくとも、俺は人でありたいと思っているよ……」
ルインはその苦い魂の味に、なんとも哀しい顔をして、そう独りごちたのだった。




