金毛白面八尾狐
魔王ブレイクと魔王候補プレイヤーたちと数多の魔物。
血の雨でできた水たまりから、これが最後とばかりに魔物が生まれる。
ただでさえ人数差が大きかったものが、さらに広がっていく。
「これは、無理だな……」
魔物を打ち倒した紅玉が呟き、青玉を見た。
青玉は全身に細かく傷がついている。
遠距離攻撃を中心にしているにも関わらず、それだけの傷を負うのは、やはり数が多いからだ。
宝石器の冒険者に後退はない。
しかし、ある意味、急造の宝石器である紅玉と青玉には、そこまでの確固たる決意がない。
彼女たちを導くべき、黄水晶と縞瑪瑙は亡くなってしまった。
「コーリン!」
紅玉が青玉の名を呼ぶ。
それだけでお互いの意思疎通が可能だ。
二人は逃げ出した。
年若く、戦うことしか知らない二人は、おそらくこの先、全世界の冒険者ギルドから狙われることになるが、それを知ることもなく、戦闘奴隷としての本能に従って、逃げ出した。
途端、魔物の群れは決壊したダムのように、野に解き放たれた。
第四波の魔物の襲撃が始まってしまう。
「やばい、魔物が!」
ザビーが叫ぶが、魔王候補プレイヤーと争っている最中である。
第四波の魔物たちの先端が研究棟の入口に到達しようとしていた。
その時、ルインはただ一人、そこに立ちはだかった。
ハイロが並べた武器を拾いに来ていたのだ。
ルインは槍を取って、構える。
しかし、いかなルインでも大量に増えてしまった魔物を一人で抑えるのは不可能だった。
一撃で数体、それを何度か繰り返した後に魔物たちが抑えきれなくなる。
空間が歪曲して、爆発が起こる。
ルインの『海人』としての能力【空間爆破】が連続して放たれる。
しかし、魔物たちは止まらない。
一瞬にしてルインは魔物たちの波に飲み込まれた。
「師匠!」
気にしていたハイロが叫ぶ。
だが、そのハイロにしても魔王候補プレイヤーに襲われて、自由に動けない状態だった。
炎が渦巻いた。
ルインのいた辺りに、炎の渦が生まれて、それは一気に大きさを増した。
魔物たちが、一瞬にして燃え上がる。
炎は、次第に巨大な獣の似姿へと変貌していく。
人を愛し、人に成ろうとした、しかし、人でないが故に人に追われた哀しき獣。
それは金毛白面九尾の狐と呼ばれた大いなる者の魂。
ルインは自身の変化に戸惑っていた。
このままでは、魔物の第四波が街や村を襲い、甚大な被害が出る。
それはルインが大切に思う人々、ルナリードの街に至るかもしれないと考えた時、自身の生命の危機に際して、勝手に変身してしまったものだった。
四足の獣。あの時、犠牲にした尻尾は失われたままで、八尾となっている。
それでも、その巨体、優美さ、威厳は損なわれることなく、大いなるモノに相応しい神秘性がある。
だが、ルインは自分の手足に恐怖を覚える。
この四足なのだ。
振り回せば、簡単に魔物も人も切り裂き、踏み潰せてしまう。
この九尾の狐の姿こそが、トラウマの元なのだ。
かつての仲間を狩った。
忌まわしき姿。
炎によって、魔物たちの第四波は一時的に止まったが、それは一時的なものに過ぎない。
ルインが入口に陣取った以上、ルインを倒すべく魔物たちが寄ってくる。
ルインは腕を振った。
腕の一振りで、魔物が死んでいく。
だが、その全く違うはずの感触がルインのトラウマを刺激する。
恐る恐る、一匹を踏み潰す。
これは違う。これは違うと分かっているのに、背中を冷たい物が走り抜けて、かつての感触を呼び起こす。
金毛の足先に魔物の炎が当たる。数本の毛が焦げる。それを嫌がって足を振ろうとするが、上手く動かない。
ルインは【空間爆破】で魔物を排除する。
【空間爆破】は威力こそ充分だが、連射できるようなものでは無い。
『海人』に元来備わっている次元間移動のための穴を開ける作業を手前で止める行為なのだ。
そのため、MPをそれ程使う訳でもないが、いちいち座標を設定する必要がある。
これを何度もやるのは脳が疲れる。
人に置き換えれば、旅行の計画を立て、手配を進めていく途中で、それを破棄するようなものだ。
頭が、ぼーっとしてくる。
だが、ルインにとってはそれも恐怖だ。
意識が飛んでしまえば、自分の中の本能が何をするのか分からない。
結局のところ、ルインは全身に炎を纏って、耐えた。
魔物の毒を浴び、噛み付かれ、爪を振るわれるのを耐える。
ひとつ、ひとつはアリに噛まれる程度だが、傷がつかない訳では無い。
数が集まれば象でも食い殺されるのだ。
もがきながら耐える。
【狐火】に魔物が倒れるのを待つ。
魔物は順調にその数を減らしていくが、ルインの傷も順調に増えていく。
そうして、ルインは耐え続けるのだった。




