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研究棟9


 ルインと紅玉は窮地に陥っていた。

 音爆弾によって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、身体は悲鳴を上げていた。


 ブレイクは消し飛んだ身体を再生させながら、プレイヤーたちへと視線を向ける。

 プレイヤーという存在も、ブレイクの憎しみの対象であり、やけに右腕が疼く。

 そして、その憎しみに反応するかのように、ブレイクの再生速度は増した。

 心なしか再生後のブレイクは全体的に少しだけ小さくなったように見える。

 もっとも、それは誤差の範囲とも言える。


 今のままでは、アワツキの命を賭した魔法が数百発なければ、アジ・ダハーカと融合したブレイクを倒せないだろうと思わせる。


「やばい、来るぞ!」「みんな、避けろ!」「は? どっちにだよ! 避けるスペースなんかないぞ!」


 プレイヤーたちの連携が崩れ始めた。




 フラッシュバック。

 永遠に続くかと思われた魔物との戦い。

 邪龍アジ・ダハーカはそれでも確実に弱ってきていた。

 だが、それは起こる。

 蝋燭の炎が燃え尽きる直前に一際、大きく炎を巻き上げるように、アジ・ダハーカは吼えた。

 生み出された直後は幼子のように静かな魔物たちが、生み出される直前から激しく脈動し、壊れた魔導具のように瘴気を、毒を、怨嗟の如き怒りを吐き出し始める。


「きゃあっ!」


 フォルが避けきれず、瘴気を浴びて、全身が青ざめていく。


「フォル!」


 ペリスがフォルを庇い、退避していく。


「ちっ! 雑魚掃除は後だ!」


 ルインが二人の抜けた穴を埋めるべく、アジ・ダハーカに向かう。

 龍牙者たちは途端、均衡を欠いた。


 それでも、最強は最強たらんと全てを穿ち、蹴り飛ばしたし、頑健なる者は魔物に噛み付かれながら、その魔物すら盾にして邪龍の攻撃を凌いだ。

 ルインもまた、その変幻自在の技量を重ね、限界を絞り尽くす勢いで技を放つ。


 だが、全員が全員、既に限界を超えて死力を尽くしていたのだ。

 デストが蹴られ、吹き飛ぶ。

 ルインに電撃が集まる。


「デスト、ルイン!

 くっ……認めない。認めないぞ!

 私は最強だ! 負ける者を最強と呼ぶやつはいない!

 私はっ……最っ強だぁぁぁっ!」


 フィニの拳が当たる全てを打ち砕きながら前進する。


───ああ……お前は強い……そんなお前に憧れて、俺は……───


 ルインは遠のく意識の端で、それを眺める。


 ここで、終わりだろうか? ふと、自分自身に問いかける。

 出し尽くしたか? もう、届かないのか?

 人としての全て。

 最強の全てを観ておきながら、最強に至らず、フィニに全てを託して、ここで夢でも見るつもりか?


───否っ! まだ、出し尽くしていない!

 俺は、まだ戦える! 人を捨て、憧れを失くしてでもっ───




 森の中で出会った。自分はどう生きたらいいのか分からなかった。

 この世界の異邦人。いや、未だ人ですらない。

 父なる大地は言った。


「好きに生きてくれ。責任は取れん、だが、最初の一歩は歩ませてやる」


 母なる海は言った。


「このまま母と揺蕩たゆとうてもいいのですよ。この世界は終わりかけ。終わってしまえば、次の世界に流れていく。ここが安息の地だとは思えません……」


 優しい声音だった、ように思う。

 だが、結局のところ、自分は父なる言葉に従った。好奇心かもしれない。


 世界は恐ろしく、美しい。

 父の言葉によれば、我らは元々、概念の外、揺蕩う何かだったらしい。

 それが、この世界に流れ着いて『外概念』という殻を得た。

 そして、この世界に居着いた。

 初めての世界。世界という規格。

 たくさんの時を経て、少しだけこの世界というものを理解して、父が生まれた。母が生まれた。

 そして、自分が生まれた。

 この世界の概念を少しだけ足して生まれた存在。

 それが自分。何者でもなく、何者にも成れる。

 そんな自我すらまともにない状態で、何かを選ばせようとした父母は、やはりこの世界に疎い。

 それでも、自分は選んだのだ。

 この世界で生きることを。


 音という概念。言葉という概念。光と闇、刺激が齎す何か。


 そうして、出会ったのだ。森の中で。

 今、思えば、それは人という魂だった。

 生まれて十年足らず。

 しかし、その魂は元の揺蕩いに還ろうとしていた。

 肉体が傷つき、魂が還ることを『死』と呼ぶらしい。


───……いやだ、こんなところで死にたくない……強くなるんだ……誰よりも、強く……───


 思い返せば、あの時の人間は、『死』のうとしていた。

 魔物に襲われたらしい。

 そして、ソレは『想い』というものだった。

 人の子らしい、強い憧れ。

 俺はそれを口に含んだ時、強く感じた。

 元々、『ガイガイネン』というのは海老やら蟹に似た形をした端子のようなものだ。

 時を経て、端子としての役割が変化し、種になった。

 父母の声だと感じるのは、俺が種で、このルインという人の子をコピーしたからだ。

 残念ながら、人の子は死んだ。

 助からない命だった。だが、『想い』は強烈に俺の中に残った。

 あまりに強烈過ぎて、俺はルインになった。

 『ガイガイネン』の意識は希薄だ。

 コピー元が生きていれば、また違う道もあったかもしれない。だが、俺の中で死んだルインは、俺だった。

 そのように錯覚してしまったのだ。


 俺はルインになった。

 元々の最初の一歩。父が集めた数多の記憶の中のひとつ。

 それをコピーして生まれたのに、ルインの『想い』の前では、それすらも吹き飛んでしまった。

 それほどまでに、俺はルインなのだった。


 だが、記憶というのは忘れたつもりでも、残っているものらしい。

 俺は確かにルインとして生きて、同時に『ガイガイネン』でもあったのだ。

 ルイン少年の『想い』は最強フィニに出会ったことでさらに強く『憧れ』となり、そして、その『憧れ』の終わりを目にした時、俺の中で何かが弾けたのだ。


 父から貰った手向け、それは『九尾の狐』と呼ばれていた。

 いつかの時代の魂の模倣品(コピー)

 俺が俺である根本。


 端子が種になって、俺は『九尾の狐』として生きるはずだったのに、端子の時の癖だろうか、好奇心の赴くままに、少年をコピーした。

 これも、父にすれば、「好きにしろ」の一環なのだろう。


 そして、何かが弾けた瞬間、俺は『九尾の狐』になったのだ。

 旧時代の遺物、科学万能の時代に生み出された『遺伝子組み換え生物』の発生機の故障によって生み出された邪龍アジ・ダハーカ。

 ソレと同じ程までに膨れ上がった俺は、邪龍と喧嘩をした。


 人が好きだった。

 今となっては、それは『九尾の狐』の『想い』だと分かる。

 人を無作為に襲い、絶滅するようプログラミングされた邪龍を、俺は許せなかった。

 魔法を放つ。八尾になるようなでかい魔法だ。

 強くなりたかった。

 それは『ルイン』の『想い』だ。

 邪龍が消し飛んだ。

 『ガイガイネン』としての記憶。『九尾の狐』の『想い』。『ルイン』の『想い』。

 それらが混じり合って、俺はわけが分からなくなっていた。


 人のために邪龍と戦い、振り向けば『最強』が立っていた。

 『最強』はやる気だった。


「私が、止めてやる……止めてやるぞ、ルイン!」


「ルイン……そんな……」


「おいおい……誰がお前に人間辞めていいなんて言ったよ……」


「どうなってるんだ……まさか、鬼道に堕ちたのか……」


 俺は混乱していた。

 これまでの数多の記憶が押し寄せて、在りし日のことだと勘違いしていた。


 稽古が始まった。


「本気装備で稽古なんて穏やかじゃないな」


「強くなりたいと言う割には弱腰か?

 悔しかったら、俺の防御を抜いてみろ!」


 デストはやる気だった。

 本気で俺を鍛えてくれるつもりらしい。


「いいだろう。本気で行くからな!」


「応っ! 来い!」


「ならば、最強の技でも受けられるかよ!

 【韋駄天】【強打】!」


 背後に超スピードで回り込み、全身のバネを捻り込んだ強打を食らわせる。


「デスト!」


 フォルが回復ポーションを持って走る。


「おっと、回復役は最初に潰されるんだぞ!」


「それをさせないために俺がいる!」


 俺がフォルを狙うと、ペリスが槍で割り込んで来る。

 【剛旋風】槍での薙ぎ払いだが、気力の込められたソレは俺の双剣を弾き飛ばすのに充分な威力がある。

 隙は見えているのに、双剣でも手数が足りない。

 記憶ではここまでだった。

 最強が手を出す暇もなく、俺は弾かれて転ぶ。


 だが、何故か記憶の中の俺はヘディングを繰り出す。

 いいところに入った。

 さずかにペリスも暫く身動きできなくなる。


「やるね。でも、【韋駄天】の歩法がまだ甘い!」


 ついに最強フィニの登場だ。


 だが、そんな挑発には乗らない。

 フィニは怖いが、それよりも怖いのはフォルの回復だ。

 一撃、覚悟の上でフォルへと剣を振るう。

 三本目の剣だ。いや、それは尻尾だった。


「くっ……ルゥイーーーン!」


 フィニの一撃は重い。拳に『想い』を乗せるのだとフィニは言っていた。

 それから、どれくらい戦っただろう。

 俺はボコボコにされ、それでもかなりの数、打ち返した。

 そうして、気を失った。


 気がつけば、俺はフィニの膝枕で寝ていた。


「いって……おい、稽古にしては本気、すぎ……」


 フィニは壁に凭れかかり、眠そうな瞳を薄く開けた。


「稽古……そうか、夢を見ていたんだな……」


「は? 何を言って……」


「安心、したよ……ちゃんと戻って来られたようで……」


───ルイン……あたしらのことは、気に病むな……。

 いつもの自由なお前で……いろ、よ……───


 そう言って、フィニはゆっくりと眠った。


「おい、何を言って……」


 ルインは痛む身体に鞭打って、どうにか身体を起こす。

 そして、現実に気付く。


 殺したのだ。邪龍も、デストも、ペリスも、フォルも、そして、最強のフィニも……。


「あ……ああ……あぁあああああぁあああああああああああぁぁぁ……っ」


 その惨状にルインの精神は耐えられなかった。

 何かが壊れていくのを感じた。

 そして、ルインは自ら記憶を封印したのだった。


 自身の物とは知らず、四つ足の化け物へとトラウマを抱えて。



外付け裏設定。

ルイン。もうルインと呼んでいいのか分かりませんが、本編主人公のルインくんは、古くは『ガイガイネン』。

この世界では『海人』と呼ばれる種族の一人です。

過去、『ガイガイネン』がどうして生まれたかは前作に譲るとして、『海人』は過去の神々、大いなるモノと呼ばれる魂の模倣品を持っています。

これが『海人』の人格の基礎になるものです。

また、この魂の模倣品には他の人格や記憶なども残されており、それが『海人』の基礎知識の元になっていたりもするのです。

ちょっと難しいですね。

ルインくんの場合、人が好き過ぎて人になりたかった想いと、強くなりたいという想いが化学反応を起こして、人として生きてきたと記憶がすり替わった上で、やらかして、記憶喪失になるという、二重ロック状態になっていました。

この先、どうすんでしょうね?

作者もルインくんに聞かないと分かりませんw


記憶が飛び飛びで再生されているので、読みにくい部分があるかと思います。

先に謝っておきます。ごめんなさいm(_ _)m

この後書きでなんとなく理解して頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、前作読まないとなかなか…。 個人的な理解ではこんな感じなのですが、合ってますかね。 もともとガイガイネンという超生命体。九尾の狐の姿。 瀕死のルイン(本物)を食べて、乗っ取られる…
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