研究棟2
目の前で取り逃した元凶プレイヤーが、一瞬で両断されて死んだ。
「え?」
プッツンプリンは何が起きたか分からず、目を丸くした。
金色の人型のような魔物が跳んでいった。
「さがろう……」
ドウマンが耳打ちする。
一番、装備が硬いザビーが殿となって、少しずつ退る。
退りながらもドアの外を注視すれば、なんとはなしに状況が見えてくる。
人型の金の魔物と対峙するNPC冒険者の一団。
無限ではなくなったものの、未だ魔物を生み続けるアジ・ダハーカ。
天遣対魔騎士とプレイヤーはほぼ壊滅状態で、広い広間の中で生き残りがひと塊になって、孤軍奮闘している。
生まれたばかりの魔物は動きが鈍く、外縁部の魔物ほど活発で、元気に第四波として外に出ていくか、近場の人間としてプレイヤーや冒険者を狙う。
「あの金色、仲間の魔物ごと攻撃してるな。
動きもただの魔物とは違う……」
何故かドアの奥のザビーたちに気づいているはずの魔物は、ドアよりこちらには近づいて来ない。
それに気づいたドウマンが目を凝らして状況を分析していく。
「アレは鬼道に堕ちた元人間だって先生が言ってたな」
「鬼道?」
プッツンプリンの疑問にザビーが答える。
「はじまりの街からルナリードに向かう街道に出た、金の手事件って知らねえか?」
「スレッドで読んだ」
「あれを撃退したNPCってのが、ルイン先生だ」
「あ、そうなんだ!
色々やってんだね、ルインって……」
「撃退? 倒せてないということか?」
ドウマンが口を挟む。
「ああ、その時のやつは右腕だけがあの金色のやつだったんだけどな」
「では、アイツとは別物?」
「分かんねえ……体つきは似てるけど……俺は一回、何もできずにすぐ殺されて、先生を担ぎ出した時は離れて魔物の対処をしてたからな」
「では、同じ個体という可能性もあるか……」
そんな会話をしていると、後ろからルインたちがヌマクと共にやって来る。
「プリンさん、アイツは?」
カービンが聞く。
「ごめん、逃げられた瞬間に殺されちゃった」
プッツンプリンたちとカービンたちは、お互いの状況を伝え合う。
話を聞いたカービンがドアの外を睨む。
「クソ! 抜けるだけでも大仕事だな……」
どうするか考えるカービンたちとは別で、ルインは頻りにアジ・ダハーカを盗み見ていた。
因縁の相手であり、ルインのトラウマの元。
気にするなというのが無理な話だ。
アジ・ダハーカの巨体は時と共に膨れていき、凶暴性を増していく。
それはルインが、昔見た光景でもある。
記憶のフラッシュバック。
そこにはルインの恐怖の元凶がある。
龍牙者だった仲間たちの最期の記憶。
頑健なる者デストは、その四肢に備わった凶悪な爪に後ろから引き裂かれた。
悲痛な叫びを上げて大地の慈愛と讃えられたフォルが『不死鳥の血』と呼ばれるアイテムを持ってデストへと走る。
ヤツは嗤った。
まるで次の手は読めているとでも言うかのように、ヤツへと至る道が業火に染まる。
槍奏者べリスが業火を掻き分けるように突っ込んで来る。
フォルから注意を逸らそうと、やや大振りな構えから繰り出される槍は、ほんの少しだが隙がある。
ヤツはその牙を光らせる。
一撃だ。
べリスの変則的なリズムから繰り出される槍を覚えたのかもしれない。あるいは、本能的な嗅覚によって感じ取ったのか、べリスの最大の大技か出る直前、べリスは腹から真っ二つになった。
最強フィニが怒りに顔を歪ませた。
死闘が始まる。
だが、ヤツの狙いはフィニではなく、回復役のフォルだった。
フィニの攻撃がヤツの腹に決まる。
そのダメージを負ってでも、回復役潰すべしと、槍のように尖った尻尾がフォルへと決まる。
フォルの手から零れ落ちた『不死鳥の血』が地面に拡がって燃えた。
死に行く者の手を取る死神を燃やし尽くす炎は地面を嘗めて消えていく。
フォルが炎を掬い取ろうと伸ばした手は、無惨にも届くことはなかった。
ルインの中に怒りが灯る。
その怒りはヤツが放つ業火よりも激しく、フォルが手を伸ばした炎よりも熱かった。
「ぐ……うぅぅぅぬぐぅっ……」
腹の中で煮えたぎる怒りに身を焦がすように悶えて、ゆっくりと視線を上げる。
叫び、血の代わりに魔物たちを零しながら、宝石器の冒険者を狙うアジ・ダハーカを見据える。
ルインは身体の震えを抑えようと、自分自身を抱き締めるが、止まらない。
戻って来た記憶は、恐怖を丸ごと怒りに転化して、震えを増幅する。
「ルイン……おい、大丈夫か?」
豆腐メンタルがいきなり激しく震え出したルインを心配する。
「ぅうう……思い出した……」
「な、何を?」
「思い出したくない、記憶をだっ!」
ルインは飛び出した。
彼の中にある怒りを吐き出さなくては、内側から燃え上がってしまいそうだった。
「ルインさんっ!」
アワツキの制止の声は、遅かった。
ルインが装備する両手の爪が魔物を引きちぎるように外へと振るわれる。
【羽搏き】と呼ばれる、バツの字裂きで、裂いたと同時にバックステップ、サイドステップで位置を変える。
これを応用すれば、多数を相手に、ヒットアンドアウェイを繰り返す【編・羽搏き】という技へと変化する。
「時間がない、走れ!」
【編・羽搏き】で周囲を一掃したルインが叫ぶ。
「お、おい……大丈夫なのか?」
豆腐メンタルの『大丈夫?』は、今度は震えではなく、アジ・ダハーカに向けてのものだったが、さすがに名前を出すのははばかられた。
「怒りだ……この胸を焦がす怒りが、俺を突き動かしている!
道を開く! 走れ!」
悩んでいたカービンが全員に声を掛ける。
「ああ、もう! プレイヤーにできることが少なすぎなんだよっ!
行くぞ!」
「ベータだしな。レベルキャップは仕方ねえけど、ちょっとな……」
ザビーも多少の不満は否めないようだ。
「……あ〜、いや、そうですねぇ……」
アワツキは煮え切らない答えを返して、皆に続いた。
ザビーがヌマクを支え、ルインが開く道を全員で続く。
ハイロがインベントリから預かっている薙刀を取り出した。
同時にルインの装備した爪が粉々に割れた。
「はい、師匠、次!」
「助かる!」
投げられた薙刀を取ると同時にルインが振るう。
【颶風】と呼ばれる巻きとるような薙ぎ攻撃だ。
「良く分かるな……」
ドウマンが驚くとハイロは不思議そうな顔をする。
「数えてると分かるよ」
「ああ、好きなんだな……」
ドウマンは関心したように言った。
おそらく耐久値をチェックして、都度、頭の中で計算しているのだろう。
ハイロはNPCを師匠と呼ぶほどだ。
やはり、好きでなければそこまでやれない。
「ハイロ、今ある装備をそこらに出しておいてくれ!」
「はい! ……えっ?」
「ほら、師匠のご要望だぞ!」
ドウマンは冗談混じりにハイロに言ったが、当のハイロは涙を零し始めた。
「は? なぜ、泣く?」
ハイロはぐいと泪を拭って、インベントリから武器を出しては、地面に突き立てながら走る。
「師匠、ここに一人で残るつもりだ……」
「おいおい、ハイロ。
お前が師匠と慕う男がここで死ぬとか決めつけてんじゃねえよ!
前もここで、たった一人、生き残ったんだろ!
なら、信じてやれよ。それに、俺たちだってこれで終わりじゃねえ!
ヌマクの安全を確保したら、戻って来るんだ!
何のために封印の一族の村に装備を置いて来たと思ってるんだ、ゾンビアタックだろうがなんだろうが、封印を完成させるためだ!
ほら、泣いてる暇なんかねえぞ!」
「ドウマン……」
「救われたような顔してんな!
まだなんにも救えてねえんだよ!」
「うんっ!」
ハイロは、一通り武器を置くと、自身のクロスボウをしっかり握る。
「道を開けろ、魔物ども!
【幻影矢】!」
殺気を矢にして放つ、ルインから教わった技だ。
レベルキャップ近くでようやく使用可能になった。
魔物たちは殺気に刺されて、道を開く。
「一気に行くぞ!」
カービンの号令で全員が外縁部の活発な魔物たちを抜ける。
最後に残ったのはルインだ。
【脚切り】という技で魔物たちが移動に使っている部位を的確に潰していく。
「るぅぅぅいぃぃぃんっ!」
人型の金の魔物が肩から伸びた触手を纏めて叩きつけてきた。
「……お前はっ!」
金の粒子は常に寄り集まってきていて、ブレイクの侵食は更に進んでいる。
ルインと一定の距離から触手が次々に襲い掛かる。
ルインは薙刀をくるくる回しながら、触手を打ち払う。
「ブレイク……ここに居たのかっ!」
「ここに居たのかだと?
怖くて探しに来られなかっただけだろうが!
いいのか? まともに動けないんじゃ、死ぬだけだぞ、半端野郎!」
触手と同時に魔物たちが集まって来る。
「恐怖は克服した!
怒りによってな!」
上、中、下段の連続攻撃【旋風】を使って、ルインが前に出る。
「手負いが、誤魔化して、やれると勘違いしている、愚か者が!」
【剛断斬・炎】、回転しながら戦斧を叩きつける技で、ブレイクの場合、瘴気武器の噴射炎によって速度を上げていた。
「おいおい、金器が無理して来るなよ」
金の魔物に追い付いた縞瑪瑙が細身の金棒を振るう。
「邪魔すんじゃねぇっ!」
ブレイクは【剛断斬・炎】を取り止めて、金の右腕を変形させる。
【龍砲】、土石流が変形した砲身から放たれる。
「ぬあっ、なんだとー!」
縞瑪瑙はダメージを抑えつつも、【龍砲】の土石流に流された。
ブレイクが振り向けば、すでにルインはその場にいない。
広間、中央部まで進んだルインはアジ・ダハーカの前で、ソレを見上げるのだった。




