研究棟3
ルインは荒れ狂う麒麟のシルエットを持つ、アジ・ダハーカを前にして、脱力した。
その四肢はしっかりと大地に根付いており、獣型、四足とルインのトラウマの元のはずだ。
「不思議と、恐怖を感じない……」
角ネズミにさえ感じた恐怖の根源を前にして、ルインはつい呆然と見上げてしまう。
今、怒りは腹の奥底で轟然と燃え盛ってはいる。
怒りによって恐怖を克服したと宣言したものの、ここまでとはルイン自身、思ってもいなかったことだ。
「俺をぉぉぉ、見やがれぇぇぇっ!」
金の魔物ブレイクが放つ【剛断斬・炎】、戦斧による回転を伴う連続斬りは噴射炎によって威力と速度を増している。
周囲の金属らしき箱や魔物をすべて断ち割りながらブレイクがルインに迫る。
「ブレイク……鬼道で俺に勝てるかっ!」
【見切り・打突】、本来は棒術で使う、弱点狙いの一点突破の技。
それをルインは薙刀の石突部分で再現した。
ブレイクの未だ侵食されていない左腕、その手の甲を強かに打った。
瞬間、瘴気武器である戦斧が、すっぽ抜けて飛び、魔物を両断して、止まる。
「ぬははっ! 武器があればというところか……悪くない」
黄水晶がそれを見て笑う。
訓練場で見たルインの動きとあからさまに違った。
それはルインからすれば、本気度の違いなのかもしれないが、宝石器の冒険者たちにボコボコにされたはずなのに、その動きは洗練されていた。
「はーっ、はーっ、るいんんんっ!
お前を越えられるなら、俺はあああっ……」
ブレイクの砕けた左手に金の粒子が集まっていく。
侵食が進む。
「なれば、金。ならねば、ただの弱味か……」
黄水晶がルインの前に出て、ブレイクの未だ人のものに見える頭を狙う。
【目貫き】、相手の眼球からクレイモアを刺し込む技だ。その速度は瞬きよりも速い。
しかし、ブレイクの触手がそれを自動で防ぐ。
「それなら、ゼロ距離でどうだ!」
紅玉がブレイクの背中に張りついて、鉄針を握る。
触手がそれを察知したのか、動こうとした瞬間、青玉の狙撃がそれを許さない。
鉄針がブレイクの首の付け根から、脳に向かって、ズブリと刺し込まれた。
ひぅっ……とブレイクの喉から空気が漏れた音がして、紅玉が確信めいた表情を浮かべる。
しかし、紅玉は刹那に全てを投げ捨てて、ブレイクから離れた。
ブレイクの頭部から精霊・那乃が溢れる。
まるで儀式面でも被ったかのように、ブレイクの顔が硬質化し、変形する。
額からは角が生え、紅玉の空けた穴からは蛇腹の尖った触手が生える。
「もう中身は逝っちまってたじゃねえか!
人間のフリなんかしやがって!」
縞瑪瑙が状況を見てとって、魔物の間を抜けてくる。
「おい、金器!
動けるならお前が魔物の処理しろよ!
魔王は俺らが始末すっから!」
縞瑪瑙が魔物の処理をやめたということは、魔物が溢れるということだ。
魔物が溢れると、第四波が世界に向けて放たれることになる。
ルインは研究棟の入口付近、ハイロが武器を落としていった辺りを目指して、魔物を倒しながら向かった。
───マキアプロジェクト、ダンカイシンコウ……セカンドパート、カイシシマス───
どこからか声が聞こえた。研究棟全体に響き渡るような声だ。
「やっべ、魔王が生まれちまった!」
「ふん、やることは変わらん。
いつもの通り、精霊どもが諦めるまで、殺せばいいじゃろ」
「封印級の魔物と一緒に?
じいさん、イカレてんの!?」
宝石器の冒険者たちが話し合う。
見た目からして歳若い紅玉などは、経験が薄いのか、弱音とも取れる発言をした。
「なんじゃ、ルビーの坊やは紛い物じゃったか。
オニキス、お主は封印の魔物をなんとかせい。
わしゃ魔王をいただくでの!」
「じじいは我儘ばっかりだな。
ガキども、腹ぁ括りな。
宝石器ってのは、実力だけで持てる器じゃねえからよ」
「ふ、ふざけんな!
無謀な突撃をするくらいなら、退却して態勢を立て直すのも手だと思っただけだよ!」
「はっはっはっ!
わしら宝石器に撤退はない!
それが特別な名を持つ責任というやつじゃ!」
「まあ、そういうこった。
宝石器は特別。でなけりゃ、特別扱いの意味はねえからな……」
「なんだよ、そういうことかよ……。
どうりで旨い話だと思ったよ。
戦闘奴隷の俺らに自由を与えるとか言ってさ……結局、首輪は外せないんじゃないか……」
「前がどうだとか、そんなことは知らんな。
ギルドのお偉方の思惑もどうでもいい。
わしらは宝石器の冒険者だ。
最高の戦力で、最後の砦じゃ。
あとは、戦う《やる》だけよ!」
「くそっ! くそっ!
宝石器じゃなくなったら、俺とコーリンは呪いで死ぬんだぞ!」
「なら、戦う《やる》しかないな……。
じじいの言う通りだ。
正直、同情はするがな……死にたくなきゃ勝つしかねえな」
紅玉のライリンの肩を青玉のコーリンが優しく叩く。
紅玉は顔を上げ、青玉は頷いた。
二人には特別な事情があるらしいが、それがあろうとなかろうと、逃げることは許されないらしい。
一方でルインは、言われた通りに入口を死守していた。
プレイヤーはすでに残っていなかった。
天遣対魔騎士たちも、少しずつその数を減らし、そこにいるのはただ一人、コッパー騎士団長だけだった。
「ぐああ、やめろぉぉぉっ!
もうたくさんだ! 私を食うなっ!
いぎゃあああっ!」
死んだ、と思ったしばらく後に、倒れた神輿に飾られていた神像近くにコッパーが復活する。
肉体は無事だが、精根尽き果てたように虚ろな目をしていた。
「ああ……ああ……そうだ、神像を壊せば……ルナリードに帰れる……あの忌々しい神像をっ……」
落ちていた岩を抱えて、コッパーがふらふらと神像へと寄っていく。
だが、ゆっくり動く男など、魔物たちからすれば良い餌にしかならない。
「あっ……があああァァァッ!
腕、私の腕ぇェエっ!
あびゅっ……やべてぇ……」
そうして、天遣対魔騎士たちも消えた。
ルインは助けに行きたかった。
だが、無理だった。
宝石器に言われた通り、魔物を何とかしようと、武器を取り換え、技を放つ。
直後、目の前にはブレイクが立っているのだ。
見た目は変わって、魔王と呼ばれる存在になったが、ブレイクのルインへの逆恨みは消えるどころか、強さを増していた。
魔物を殺す。ブレイクに邪魔される。
ブレイクから隠れて、また魔物を殺すと、ブレイクがやって来る。
魔王の相手をするはずの宝石器の冒険者は揉めているのか、助けに来ない。
とんだ貧乏クジだ。
アジ・ダハーカも未だ血を流しながら暴れている。
未だ封印の効果は発現しているように見えないのだった。




