階段
危険を感じ取った彼は、濁った青水晶の七支刀を抱えたまま逃げ出した。
彼はここに来るために階段を使っていた。
メンテナンスルームの端には、専用のドアがあった。
一見しただけではドアと分からない。
彼がそのドアに触れると、ドアは軽く押されたようになって、それから引き戸のようにスライドして開いた。
「あっ……逃げた!」
アワツキが指を差す。
「待て、コラ!」
いきなり追いかけっこが始まった。
階段は何度も折り返しながら上へと向かっている。
彼は必死に逃げた。
途中、踊り場に蹲る人につまづきそうになるが、どうにか体勢を立て直して、猛烈に逃げた。
「逃げるな、このー!」
先頭を行くプッツンプリンがスピードに乗ろうと足の回転を早めた瞬間、ソレが見えた。
「うわっ! ……と、とと、危ないっ!」
まさか、自分たち以外の人間がこの階段に居るとは考えていなかったので、プッツンプリンは大声で叫びながら、どうにか踏まずに済んだものの、大きく失速する。
ザビーやドウマンも、声に気づいて減速、どうにか踏まないように避けて、少し進んでから止まる。
「なんでこんなところに人が……」
ハイロもなんとか止まった。
カービンは後ろから、叫ぶ。
「プリンさん、ザビーとドウマン連れて、アイツを追ってくれ!」
「ああ、ええと、気になるけど……うん、そっちは任せるからね!」
足の速い三人が彼を追っていく。
ルインは蹲る人を見て、すぐに駆け寄った。
「腹が破れている。内臓はやられてない。大丈夫だ、くそっ……血が大分失われている……」
蹲る人の顔を見て、ルインはハッとする。
それは封印の一族の生き残りの一人、一番上の兄、ヌマクだった。
「ヌマクっ!
おい、しっかりしろ! 分かるか!
ルナリードのルインだ! おいっ!」
「……う、うぅ……ルイン、さん……」
「そうだ。なんだってこんなことに……」
「弟が……食われて……封印棒もその時……」
「モーリアが……。
おい、しっかりしろ! 意識を保て!
ビエットはルナリードだ。アイツを一人にするつもりか!」
ルインは意識が飛びそうになるヌマクを励ましながら、道具袋から一本のポーションを取り出す。
それは、魔法使いであるノルナニアから貰った、対アジ・ダハーカ用のポーションだ。
実際のところ、ここまでのルインは気力だけでここまで来ている。
全身は軋みを上げ、傷は無理やり塞ぎ、腕など添え木で固定しているだけだ。
それでも、ここまで来られたのは、やり残したという残滓の念と使命感に駆られてのことだ。
ノルナニアから貰ったポーションは痛みが消えて四半刻の間だけ元気に動けるというものだ。
ルインが全力を出すためのポーション。
だが、躊躇する暇はなかった。
ヌマクが生き残るためには、例え四半刻でも、自分で動いて魔物の群れを抜ける必要がある。
担架で担いでなどとやっていたら、確実にヌマクも、またそれを運ぼうとする者も命を落とす。
後に死ぬような痛みが待っているとしても、本当に死ぬよりはマシだ。
ルインはヌマクに応急処置を施すと、ポーションを無理やり飲ませた。
「うぐっ……はぁ、はぁ……ルイン、さん……」
「いいか、ヌマク、生きろ!
このポーションの効果は四半刻だけだ。
ここにいる奴らがお前を守ってくれる。
お前はなんとしても生きろ。いいな!」
「お、おい、ルイン!」
「仕方ないですね。ヌマクさんに死なれる訳にはいかないですから……」
カービンたちは、アジ・ダハーカを一刻も早く殲滅するため、ここでゾンビアタックをするつもりだったが、予定を変更せざるを得なくなった。
一方、その頃、プッツンプリンとザビー、ドウマンの三人は、元凶プレイヤーを必死に追っていた。
「待ちなさい!」
元凶プレイヤーとの距離はどんどん縮まっていく。
ただでさえ、元凶プレイヤーはインベントリに仕舞えない濁った青水晶の七支刀を持っていて、レベルも低い。
捕まるのは時間の問題だった。
ただし、終わりがないのならば、だ。
元凶プレイヤーは行き止まりの壁を押す。
そこはやはりドアになっていて、壁がへこみ、それから開いた。
「ははっ! お前らレベルが抜けられるんなら、この勇者の剣さえあれば問題ない。
あばよ!」
捨て台詞を残して、彼は正面を向いた。
彼の眼前に広がるのは、魔物、魔物、魔物……。
「ふ、増えてる……」
彼が七支刀を得て、最初にここを去ろうと考えた時、アジ・ダハーカは起動したばかりで、それでも二十から三十ほどの魔物が出現していて、抜けるのに時間が掛かりそうだと、一度、ログアウトすることを決めた。
彼を追ってきたプレイヤーたちは人数が多かった。
つまり、このプレイヤーたちがメンテナンスルームに来るまでに、外の危険をある程度排除してきたはずだと考えていた。
全部とはいかないまでも、半分ほどになっていれば、一人でも充分に抜けられるだろうと考えていたのだ。
だが、彼の眼前に広がる光景は、二十や三十どころか、何千という魔物たちだ。
「てめえ、待て、コラ!」
背後からは追手の声。
彼は一か八かに賭けて、魔物の群れへと飛び込むのだった。




