封印の間、またはメンテナンスルーム
封印の間、またはメンテナンスルームでは、小さな駆動音が鳴っている。
最新式の液晶モニターにはグラフや数値が表示され、目まぐるしく変動していて、今では警告アラーム音と思しきものが常に一定の周期で発されている。
さらに、謎のレバーやハンドル、スイッチがあちこちにあり、中央にはちょうど青水晶の七支刀が嵌りそうな窪みがある。
部屋の広さは充分すぎる広さがあるが、一階の広間に比べれば十分の一程度だろうか。
「ここ何階だ?」
「さあ? かなり深いような気はする……」
カービンの問にプッツンプリンはなんとなくで答える。
エレベーター用A.I.のエルは何階とも答えなかった。
だから、あくまでも体感の話だろう。
「エレベーターに比べて、やけにアナログだな……」
「機械は単純な方が長持ちはするから、それでじゃないか?」
ドウマンと豆腐メンタルは機械群に興味があるようだった。
「ひぃぃっ、し、死体!」
部屋の隅を指さしてアワツキが叫んだ。
部屋の隅には、確かに男が微動だにせず転がっていた。
また、その男は大事そうに、少し濁った青水晶の七支刀を抱えている。
「アワツキさん、あれ、ログアウト中のアバターじゃない?」
ハイロは少しだけ近づいて死体らしき物を覗き込むと、外傷がないのを見て言った。
だが、それにいち早く反応したのはルインだ。
「アイツは……」
それはルインがドウマンを案内した時、たまたま近くで鉄器の冒険者シーマイが案内していたプレイヤーだ。
「先生、知ってる奴か?」
「あ、いや、知っているというか、一週間ほど前にルナリードの街で見たことがある……」
ザビーの質問にルインは律儀に答える。
「……もしかして、この人なんでしょうか。
封印を解いたのって……」
「はあっ!?
なんで、そんなクソ野郎がここに?」
アワツキの予想にザビーはいきなり口汚くログアウト中のプレイヤーを罵った。
カービン、ザビー、ハイロの通称キマイラキラーズと呼ばれる三人は、ルインに手ほどきを受けた時、プレイヤーの行動が如何にこの世界に影響を及ぼすのかというのを、キマイラとのレイド戦で身をもって体験したプレイヤーである。
あの時、共に戦い、死んでいったNPCたちが無念の青い花になって天へと上がっていく様は、彼らの心にそれなりの衝撃を与えたのだ。
「いや、本当かどうかは分からないですよ。
分からないですけど、このプレイヤーさんが持ってるのって、どう見ても封印の鍵ですし、彼が封印を解いてしまって、例えば、その時点で魔物が溢れ出したのを見ていたりしたら、とりあえず安全そうなここでログアウトしていたとしても、不思議ではないですよね……」
「……」
アワツキの仮説に全員が口を閉ざした。
だが、カービンがポツリと呟く。
「殺すか……」
併せて、ザビーとハイロの瞳に剣呑な色が刻まれていく。
だが、それを止めたのはルインだった。
「意味がない。封印は解かれてしまった。
それに神兵を殺したところで、アンタたちは神殿で目覚めるだけだ。
もし、仮に彼が封印を解いたのだとして、ここで殺せば、真実が何も分からないまま逃げられるだけだ……」
ルインからすれば、プレイヤーは神兵だ。
神兵に対してNPCができることは、畏れ、崇め、鎮めることだけだ。
そうアマティーラの神官長から聞いている。
「くっ……多少のアイテムを落としたところで、反省のひとつもしないまま野放しになるだけなんて……」
だが、NPCキラープレイヤー事件で同じ手を使って助けられたカービンなどからすれば、納得のいく話だった。
プレイヤーにとっての死は、アイテムロストと引き換えの移動程度の意味しか持たない。
そんな折、急にプレイヤーの瞳がぱちくりとまばたいた。
彼を見に集まっていたルインたちが、一斉に固唾を飲んで、それを見ていた。
「お……うおっ!」
話題の彼がいきなりログインした瞬間だった。
「てめえっ!」
ザビーが今にも噛みつきそうに言った。
「わあっ、なに、なに、なに……?
あ、ダメだぞ、これは俺が見つけたんだからな!」
彼は抱いていた濁った青水晶の七支刀を強く掻き抱くと、後ろの壁に身をもたせるように、逃げ出しそうにしていた。
もちろん、逃げ場などなかった。
「おい、ソレを抜いたのか?」
豆腐メンタルが聞いた。
「ああ、俺が抜いた。
……ってか、お前ら何だよ!
どうやってここまで来たんだ!」
「……めちゃめちゃ苦労して、再封印を施すために、魔物の群れを抜けて来たんだよ!
お前のせいでな!」
喧嘩腰の彼にイラついたカービンが次第に声を大きくしていく。
「は? 抜けて来た?
抜けられるのか? 何レベルくらい?」
「あのねぇ……そういう問題じゃないでしょ!
あなたが封印の鍵を抜いたせいで、ルナリードもはじまりの街も、魔物のスタンピードで大変なことになってるのよ!」
「は? 何それ?
ちょっと仮眠取って、すぐログインしたら、めちゃくちゃデカいイベントになってんじゃん!
やべ、どうする……やっぱ、このイベントのキーアイテムの勇者の剣があれば、俺、英雄じゃね」
彼はニヤニヤと笑い始めた。
「何がイベントだ、このクソ野郎!
お前のせいで、罪のないNPCが山ほど死んでるんだぞ!」
ハイロは怒りに任せて彼を殴った。
「お、痛え! HP一割くらい持ってかれたぞ! マジか、PvPやるつもりかよ!
ちくしょう、ログインした途端になんて日だ!
やるなら、やってやんぞ!
この剣の力を見せてやる!」
全く痛くなさそうに彼は言った後、慌てて七支刀を構えた。
「お前、名前は?」
ルインは臆することなく聞いた。
「はあ? 教える訳ねえだろ!」
「ルイン、彼のことはもうスクショした。
調べれば、名前も分かるよ」
ルインはドウマンが言うことの半分も理解できなかったが、名前を知る必要はないということだけ理解した。
「よく分からないが、分かった。
なら、もういい。
俺たちは俺たちのすべきことをやろう……」
本来ならば、この場で一番、怒りを燃やすべきルインは興味を失ったように背中を向けた。
「ハイロさん、封印の鍵を頼む」
「師匠、こいつこのままでいいんですか?」
「俺にはどうにもできない。
今はそれより大事なことがある。
この一瞬で、死んでいく人々をひとりでも減らすこと、その方が重要だ」
ルインの言葉は正論だ。ここで彼を罵る時間が無駄だった。
「うん、そうだね。分からない人には一生、分からないだろうし……」
プッツンプリンも彼に興味を失って、機械群を見に背を向けた。
「ああ、ドウマン、コイツのこと分かったら、ルナリード公爵に情報を流せばいいんだ。
垢BANしてくれるはずだ」
豆腐メンタルも背を向け、なるほどとドウマンとアワツキも背を向けた。
悔しそうに最後まで彼を睨みつけていたキマイラキラーズたちは、最後にひと睨みして、どうにか背を向けるのだった。
無視される形になった元凶プレイヤーは、キョトンとして辺りを窺った。
ルインの指示によって、ハイロはインベントリから青水晶の七支刀を取り出す。
「え……勇者の剣……何故だ、俺のはインベントリに入らないのに……」
そう、ログアウトした彼が剥き身のまま七支刀を抱えていたのは、インベントリに入らないからだった。
「まさか、これって呪われてたりすんのか……」
澄んだ青水晶の七支刀と濁った青水晶の七支刀。
ふたつを見比べてしまえば、どう考えても彼の持つ濁った物の方が格下に見える。
結局のところ、濁った物は三年経たないとはいえ、一時停止キーとして使用済みで汚染されているため、『魔術書』に拒否されているだけだが、そんなことがプレイヤーに分かろうはずもないのだった。
ハイロが一時停止キーを機械に差し込んだ。
───研究棟ヘノ原料供給ヲストップシマス。オ急ギノ場合、研究棟ノ攻性兵器ヲ処分願イマス。問題解決後、一時停止キーヲ外シテ下サイ。自動研究ガ再開サレマス───
「封印……そういうことか。
これで終わりじゃないんだな」
ドウマンが機械音声を聞きながら、納得したように頷いた。
「ちぃっ! そういうことか……アジ・ダハーカの魔物を生む能力が制限されるだけか……」
ルインが舌打ちと共に悔しそうにしていた。
実際、ルインは大まかなやり方を封印の一族から聞いただけで、それがどういう意味を持つのか理解していなかった。
前回、気がついた時は全てが終わった後なのだ。
ちょうど、ルインの記憶は、この辺りのことが抜け落ちたように消えている。
つまり、真の意味でアジ・ダハーカを封印するには、これからアジ・ダハーカを殲滅しなければならないのだ。
「いや、これで勝ちの目が出てきたってことだろ。
ルイン、ここからは俺たちの仕事だ。
アンタはアイツをふんじばって、ルナリードに戻ってくれ」
カービンが言った。
現状のルインは、アジ・ダハーカと戦うことができない。
悲しいかな、ルインのトラウマはやはり根深いものだ。
そして、カービンの言葉を聞いたメンバーは納得したように頷き、視線を元凶プレイヤー、彼へと向けたのだった。




