ノルナニア薬店3
ノルナニアに連れられて、奥の厨房に入ったアワツキは、もの珍しそうに辺りを見回す。
乾燥させた草花が天井から吊るされ、棚は小さな引き出しが何十と並んでいる。
しかし、アワツキが想像するような魔女の大釜や空飛ぶ箒、神秘的な水晶玉は置かれていない。
「普段は薬店をやってらっしゃるとお聞きしましたけど……」
「ああ、魔法と自然物の効能は切っても切れない大事な要素だからね……」
言ってノルナニアは懐から貝殻に入った塗り薬を取り出す。
「ほら、コイツを目の下に塗りな」
言われてアワツキは指先でひとすくいしたソレを恐る恐る目の下に塗った。
匂いはあまりいいとは言えず、少し鼻の奥で異臭を感じる。
だが、見える景色がガラリと変わった。
光の溢れる世界だ。
何もかもがキラキラと輝いている。
虹の世界に迷い込んだかのような気にすらなる。
枯れて全て同じに見えていた草花は、冷たい青や艶やかな緑、ほんのりとした桃色だったりと様々で、濃いのもあれば淡いのもある。
棚の引き出しからは少しの光が漏れ出していて、こちらも様々な色相を見せている。
しかし、全てがそのように綺麗な訳でもない。
一部には光を全て吸い込むような濃い影ができているし、厨房から続くドアのひとつは影と闇がマーブルになったような陰鬱な印象の部分もある。
そして、ノルナニアはその影と闇のマーブルな扉を指して言うのだ。
「さて、じゃあ、こちらにおいで……」
アワツキは「嫌です」と言いたくなる気持ちをグッと堪えて、なんとか後に続く。
ヘドロのようにぬめる扉を開くと、地下への階段になっている。
扉を潜る瞬間、甲高い耳鳴りが聞こえて、アワツキはまたも叫びそうになる。
地下への階段には灯りがないが、塗り薬の効果か、仄明るいので、踏み外すということはなかった。
階段から廊下に続いていて、そこにもいくつかの扉がある。
一番手前の扉を開けて、ノルナニアはアワツキを招く。
炎が暖炉で踊っていた。水瓶の水は延々と勝手に回っている。小さな竜巻が床の埃を集める様は自動A.I.掃除機のようだ。
土人形が椅子を運んで来る。
その椅子にノルナニアが座ると、今度はアワツキに椅子が運ばれて来た。
「ありがとうね。後はいいよ」
土人形に礼を言うと、ノルナニアはアワツキへと向き直る。
「さて、少し話をしようじゃないか……」
「は、はい!」
物珍しそうに辺りを見回していたアワツキは、そのひと言に慌てて視線をノルナニアへと向けた。
「あんた、魔法の本質は何だか分かるかい?」
「え……あ、そうですね……無から有を生み出す、とかでしょうか?」
「はっはっはっ……そんなことができると思ってるのかい?
そりゃ神様にだって不可能ってもんだよ。
いいかい。魔法の本質は、事象の変質だ。
それを忘れないことだね。
何かを代償にしているんだよ」
「あ、もしかしてMPのことですか?
でも、時間が経てば帰ってくるものですし、そういう意味では代償もあってないようなものかと……」
ノルナニアはアワツキの言葉に眉を上げ、それから納得したように頷く。
「神兵も私らも本質は一緒だねえ。
人が自分だけで生きてると思って、大きな勘違いをしている。
言ったはずだよ。
無から有を生み出すのは、神様にも不可能なのさ。
まずはそこからかね……」
やれやれと言う風にノルナニアは大きく息を吐く。
「あんたの言うMPやら言うのは、魂にこびりついた、記憶の欠片さ」
「記憶の欠片?」
アワツキは怪訝な表情をしていたのだった。




