Days 1-7:「……何か、あの、おっぱいがどうのって聞かれたような気がしたんですけど」
【前回までのあらすじ】
エドワード「ユーリ、その子誰?」
アイゼルネ「誰かしラ♪」
ユフィーリア「お前らうるせえ」
少年が布団に引きこもってしまった。
「おい変態野郎、何か弁明はあるか」
「ごめんねインスパイア」
「ぶっ叩くぞ。真面目に謝れ」
意識を取り戻した少年が布団に引きこもる原因を作り出したハルアを正座させ、ユフィーリアは説教していた。
当の本人も真面目に反省はしているのだろうが、反省の姿勢がブリッジをしながらの変顔である。少年らしいあどけない顔立ちはどこに消えたのだろうか。琥珀色の双眸をかっ開き、顎をしゃくれさせて「すみませんでした!!」なんて謝る。真面目にやるつもりはないのか。
深々とため息をついたユフィーリアは、
「アイゼ、坊ちゃんの方はどうだ?」
「ごめんなさい、ユーリ♪」
保健室のベッドの中心にこんもりと盛られた布団の山に寄り添うアイゼルネは、申し訳なさそうに謝罪する。
「この子、出てきてくれなくテ♪」
「そうか。ありがとう、落ち着ける為のお茶でも用意してくれ」
「承知いたしましたワ♪」
アイゼルネはパタパタと保健室の隅にある戸棚に向かう。保健医と生徒会は懇意にしているので、保健室の設備など勝手知ってるとばかりに使うのが常だった。
さて、目下の問題は布団に引きこもってしまった不審者――もとい、素性不明の少年の処遇である。意識を取り戻したところで事情聴取を受けてもらい、生徒会長の華麗なるおふざけに巻き込まれたことに対して口止めをお願いしてからお家に帰してやる方針だが、拒否するなら手荒な真似も辞さない所存だ。
何せここはヴァラール魔法学院である。周囲は険峻な山々に囲まれた自然豊かなこの学校は、人里から離れた閉鎖空間でもある。子供が1人ぐらい行方不明になったところで騒ぎ立てるのは、彼の家族ぐらいのものだろう。
さて、少年はどんな反応を見せるか。素直に応じるか、意地でも布団に引きこもって出てこないつもりか。
「ユーリぃ」
「何だよ、エド」
「俺ちゃんがやろっかぁ?」
布団に引きこもる少年への事情聴取に立候補してくれたのは、生徒会長の右腕であるエドワードだった。彼は自分自身を指差し、
「こういうのは同性の方が口を割ってくれるでしょぉ」
「お、じゃあ頼む」
「任せなぁ」
頼もしいことを言い、エドワードは少年が立てこもる布団の山に近寄った。その姿は堂々としており、自信に満ちている。この選択はあながち間違いではないかもしれない。
エドワードは男女共に人気の高い生徒会副会長であるが、特に男子生徒からの支持が高い。面倒見がよくサッパリした兄貴肌な性格が好かれている証拠である。たまにおかしくなる方面に目を瞑れば、ユフィーリアも彼をいい奴だとは思う。
これなら事情聴取もあっという間に終わるかもしれないと思っていたのだが、
「坊ちゃん、ちょっといい? 空から落ちながらウチの会長のおっぱいに顔を埋めた件について話を聞きたいんだけどねぇ」
「何聞いてんだお前」
「あだぁ!!」
流れるように変態的な事情聴取を始めようとしたエドワードの脇腹に、ユフィーリアは拳を叩き込んだ。遠慮はいらない、彼にはご自慢の筋肉があるので容赦なく拳を突き刺してやる。
脇腹で拳を受け止めたことにより、エドワードは痛みのあまり膝から崩れ落ちた。鈍痛を訴える脇腹を押さえて何事か呻いていたが、ユフィーリアは全て聞き流した。馬鹿野郎の戯言など聞く価値はない。
アイゼルネは応答なし、エドワードは使えない、ハルアはそもそも論外という生徒会の面々が全滅する中で、やはり最後には生徒会長であるユフィーリアがやらねばならないのだ。仕方のない連中である。
「おーい、坊ちゃん。ちょっといいか?」
「…………」
布団の山がモゾモゾと蠢き、端が捲れて少年が顔を出す。艶やかな黒髪、夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳、少女めいた顔立ちは若々しくも大人びた印象を与える。
そんな少年は、何かを探すようにキョロキョロと赤い瞳を周囲に巡らせた。おそらく、自分の上にブリッジで覆い被さるという変態的なことをしてきたハルアの存在でも探しているのだろう。彼は今もなお変顔ブリッジの体勢で謝罪の真っ最中である。
そう思っていたのだが、
「……何か、あの、おっぱいがどうのって聞かれたような気がしたんですけど」
「幻聴だ。忘れてくれ」
ユフィーリアは笑顔で誤魔化した。足元で転がっている馬鹿の質問など答える価値はない。幻聴と言い張って全力で誤魔化しておいた。
笑顔による言いくるめが功を奏したのか、少年は「そうですか」と応じるだけでそれ以上は何も言及してこなかった。多分触れてはならない気配でも感じ取ったのだろう。
さて、それでは本題である。
「いいか、坊ちゃん。お前は素性不明な訳で、これから色々と調べなきゃならん。これは任意じゃなくて義務だと理解してくれ」
「はい」
ただならぬ気配を察知したのか、少年が真面目な表情で居住まいを正す。素直な性格なのかもしれない。
「そんな訳で、まずは出身地とか名前とかを調べる為に閲覧魔法を使用する。拒否権はねえぞ。坊ちゃんは下手すりゃ不法侵入で警察に引き渡されているところだからな」
「閲覧魔法――魔法?」
少年は怪訝な表情を見せる。『魔法』という言葉に反応している様子だった。
閲覧魔法は個人情報を調べることが出来る魔法である。魔法で遺伝子などを読み取ることで、個人の情報を可視化するのだ。非常に高度な魔法であり、下手をすれば個人情報が抜き取り放題ということになるので、現在では法律により閲覧魔法の使用が限定されている。
例外が彼のように、出所不明な人物が現れた場合である。本当ならば自分で明かしてくれるのが最適なのだが、世の中にはしれっと嘘をつく人間もいる。嘘をつかせない為にも、出所不明な人物には閲覧魔法の使用が義務付けられていた。
ところが、どうにもこの少年の反応を見る限りでは、閲覧魔法の使用を拒否されているようには見えなかった。まるで『魔法』というもの自体を疑っている。
「魔法なんて、あるんですか?」
「あるよ」
ほら、とユフィーリアが右手を振ると、雪の結晶が随所に刻まれた煙管が手元に召喚された。任意の場所に物を移動させる『転送魔法』である。
突如として出現した煙管の存在に、少年は赤い瞳を見開いて驚きを露わにしていた。その反応は初めて魔法を目の当たりにした子供のようだ。魔法が生活の奥深くまで根付いたこのご時世、魔法を見たことがないというのは生まれたての赤ん坊ぐらいのものである。
ユフィーリアは少年に煙管の先端を突きつけ、
「じゃあ、閲覧魔法の使用にあたり、全裸になれ」
「全裸!?」
「嫌ならパンツ一丁でも」
「嫌ですよ!!」
少年は自分の肩を抱き、ユフィーリアから凄まじい勢いで距離を取る。
「女の人の前で、そんな、全裸なんて」
「気にしないけど」
「俺は気にします!!」
「えー」
ユフィーリアは面倒臭そうに眉根を寄せ、
「だって今は閲覧魔法対策用の魔法が服に練り込むのが基本だから、服を着た状態だと魔法が上手くかからないんだよ。それに危険物を身体に隠し持ってるかもしれないだろ?」
「そんなものは持っていませんし、服に魔法もかかってません!! いくらでもお調べして構いませんよ!!」
「ゴチャゴチャうるせえな。いいから黙って剥かれろ」
「きゃーッ!!」
あれこれと言い訳を並べて抵抗する少年に、ユフィーリアは煙管を突きつけて迫る。本当は魔法でも全裸にひん剥けるのだが、相手の反応が楽しくてつい揶揄ってしまった。
5本の指をワキワキと蠢かせて迫る銀髪碧眼の魔女に、少年は甲高い悲鳴を上げて後退る。助けを求めるように赤い瞳を周囲に巡らせるも、エドワードは未だに腹を押さえて呻いているし、ハルアはブリッジ謝罪を続行中だ。誰も助けには入れない。
すると、
「異性に脱がされるのが嫌なら僕がやろうか。ほら、僕は同性だし」
「お」
少年に詰め寄るユフィーリアは、グローリアの申し出にその変態的な行動を中断した。
彼は「異性にひん剥かれるのは嫌だ」と主張していた。ならば、同性だったらその問題は解決である。グローリアはユフィーリアと同等の魔法の腕前を誇る名門魔法学校の学院長なので、閲覧魔法の精度も高い。信用できると言ってもいい。
グローリアが立候補したことで、少年の表情もいくらか和らいだ。同性ならば全裸になることも――まあ多少の躊躇いはあるが、問題はないと判断したのだろう。そうと決まれば話は早い。
「じゃあグローリア、頼むぞ」
「任せて」
グローリアは人当たりの良さそうな笑顔で親指を立てると、ベッドを仕切るカーテンを閉めた。閉ざされたカーテンの向こうから、いくらか言葉のやり取りが聞こえてくる。
ややあって、衣擦れの音がユフィーリアの耳朶に触れた。閲覧魔法の使用の為に衣服を脱いだのだろう。それからカーテンの向こうで紫色の光が弾け、魔法が行使された。
が、
「あれ?」
グローリアの素っ頓狂な声が響く。
「ごめんね、ちょっとだけ出るね」
「は、はい」
「あ、服はもう着てていいよ」
「分かりました」
カーテンをほんの少しだけ開き、グローリアが隙間からぬるりと抜け出してくる。その手元には薄紫色を帯びた小窓のようなものが展開されており、表面には文章がずらずらと並んでいる。
あれこそが閲覧魔法である。どうやら少年の情報を表示することは成功したようだが、グローリアの表情は浮かない。
首を傾げるユフィーリアの元に駆け寄ってきたグローリアは、展開した閲覧魔法の結果を見せてくる。
「どう思う、これ?」
「は?」
ユフィーリアはグローリアが見せてきた閲覧魔法の結果を覗き込む。
名前:東翔
出身地:東京都
年齢:15歳
何ということだろうか。
「全く読めん。出身地も名前も」
「だよね」
ユフィーリアとグローリアは互いの顔を見合わせる。
「この子、どこから来たの?」
「アタシが知るかよ」
謎の場所からやってきたらしい少年の存在に、名門魔法学校の学院長と生徒会長は揃って困惑するのだった。




