Days 1-6:「落ちてきた子は元気?」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「新入生を高高度落下させたら1人増えてた」
ショウ「悪夢かな?」
どたばたと駆け込んだ先は保健室である。
「医者ああああああーッ!!」
「馬鹿野郎!?!!」
ご丁寧にも『農園にいます』という札が下がった保健室の扉を飛び蹴りでぶち壊したのは、ハルアだった。生徒会長による華麗なおふざけを回避した彼は、ユフィーリアが医者を求めて叫び声を上げながら爆走する後ろを追従し、そして持ち前の優れた運動神経を無駄に格好よく使って飛び蹴りを決めた訳である。馬鹿野郎であった。
蹴り飛ばされた扉は枠組みから見事に外れて部屋の中めがけて吹き飛び、ひしゃげた状態で部屋の反対側の壁をぶち破って校舎の外に飛び出していく。保健室に新たな出入り口が作られてしまった。あれは誰が直すのだろうか。
白目を剥いた少年をお姫様抱っこして保健室に足を踏み入れたユフィーリアは、保健医を探してキョロキョロと視線を周囲に巡らせる馬鹿タレの背中を軽く蹴飛ばしてやる。
「痛い!!」
「リリアがいたらどうするんだ。怪我させたらその腕をもいでやるからな」
「腕1本で許してくれるなんて太っ腹だね!!」
「誰が片腕って言った。両腕だよ」
ハルアは「ゔぁッ!!」なんて奇声を上げて天井を振り仰いでいた。未遂で済んだので両腕は無事だろうが、次にやったらただでは済まさない。
ユフィーリアはお姫様抱っこをしていた少年を、保健室のベッドに転がした。念の為に呼吸をしていることを確認する。彼の薄い唇に手のひらを翳すとかすかに息遣いを感知したので、ちゃんと生きていてくれているようだった。
高高度から落ちながら、あれだけぎゃーぎゃーと喧しく騒ぎ立てることが出来たほど図太い神経を持った少年である。数分もすれば問題なく起きるだろう。
少年の寝顔を見下ろすユフィーリアの横で、ハルアも同じように彼を見下ろして首を傾げる。
「これ誰!?」
「さあな」
「不審者!?」
「ぶち殺そうとするなよ。まだ話を聞いてねえんだから」
威嚇するように5本の指先を折り曲げて「しゃー」と唸るハルアの後頭部を、ユフィーリアは軽く引っ叩く。
この気絶した少年からは、まだ何も話を聞いていないのだ。どこから来たのか、どんな目的でヴァラール魔法学院に侵入したのか、名前は、妙に訛りのあるようなアゼル語の話し方は何なのか――高高度落下している最中に得られた彼の情報は限りなく少ない。分かるのは、あまり魔法に長けていないということだけだ。
なので、彼が起きるまで待機していようと思ったが、
「ユーリ、その子誰どこの子ていうか落ちてる時見てたけど抱っこしたよねどういう関係!?」
「ユーリ、その男の子は誰かしラ♪ 仲良く手を繋いでるように見えたのだけれド♪」
「わー、うるせえのが来た」
ユフィーリアは頭を抱えた。そういえば、エドワードとアイゼルネの存在をすっかり忘れていた。
どたばたとユフィーリアに負けないぐらいの慌てた足音を立てて保健室に飛び込んできたエドワードとアイゼルネは、ほぼ同時にそんなことを叫ぶ。内容が同じようなものだったので省略して聞きたいところだった。
つまるところ、彼らはユフィーリアが助けた少年が怪しい人物ではないかと警戒しているのである。生徒会長であるユフィーリアに危険が迫ることを良しとしない、実に生徒会長に忠実な下僕たちだ。忠誠心が強い生徒たちである。
ため息をついたユフィーリアは、
「黙れ」
「むぎゅ」
「♪」
ピンと立てた右の人差し指を左右に軽く振る。
それだけで文句しか垂れてこなかったエドワードとアイゼルネの口が、魔法的な力によって縫い付けられた。ピッタリと合わさってしまった唇をモゴモゴと動かして叫び声を漏らすものの、唇が閉ざされてしまっているので言葉をなさない。くぐもった悲鳴が漏れるだけである。
少年が気絶しているというのに、無理やり起こすような真似はよくない。何か身体に障るかもしれないのだ。ぎゃーぎゃー騒げば病人の迷惑にもなる。
それでも何か言いたげにじっと見つめてくるエドワードとアイゼルネに、ユフィーリアはなるべく声量を落として言う。
「何か文句があるならあとで聞いてやる。こいつが起きるまでいい子で待て」
ユフィーリアが「出来るな?」と問うと、彼らはこくんと一度だけ頷いた。
頷いたことを確認してから、ユフィーリアは彼らの唇を縫い止めている魔法を解いた。パッと泡が弾けるような軽い音と共にエドワードとアイゼルネの唇が離れて自由を取り戻した。
問題なく発声できることを確認してから、エドワードとアイゼルネは安堵したように息を吐いた。魔法の天才たるユフィーリアの実力を身を持って味わったことで恐れ慄いたことだろう。
「でもユーリぃ、1個だけいい?」
「何だよ、エド。そんなに重要なことか?」
ユフィーリアが胡乱げにエドワードへ視線を投げると、彼はアイゼルネと口を揃えて問いかけた。
「その子がユーリのおっぱいに顔を埋めた件についてなんだけどぉ」
「その子がユーリのお胸に顔を埋めた件なのだけれド♪」
「お前らの視力どうなってんの?」
高高度から落下しているユフィーリアと少年をよく観察しすぎてやいないだろうか。もはや気持ち悪いぐらいである。
「いや不可抗力だろ、あんなの。意図してやった訳じゃねえ」
「ユーリぃ」
エドワードが厳しめな視線をユフィーリアに突き刺し、
「その子がユーリのおっぱいの感触を他人に言いふらしたら処刑モノですけどぉ」
「血の気が多くねえか? どうした、お腹減ったのか? 話聞こうか?」
というかこの副会長、さっきから胸の心配しかしてない気がするのだが気のせいだろうか。気のせいだろう。
「ワタシはユーリの身体が心配だから聞いてるのヨ♪」
「ああ、そのこと。問題ねえよ、ドレスの上からだったからな」
「あとで確認してもいいかしラ♪」
「心配性だな、アイゼは。じゃあ頼む」
アイゼルネは単純にユフィーリアの身体の心配をしてくれている様子だった。従者として主人の体調を気遣うのは当然なのだろう。
何故かエドワードに向けてアイゼルネが勝ち誇ったような態度を見せ、エドワードが悔しそうに歯軋りをしていたことが若干気になるのだが、あまり首を突っ込まない方が身の為だろう。何だかそんな気がしてきた。
すると、
「やあ、落ちてきた子は元気?」
「お、グローリア」
ひょこりと保健室に顔を出した学院長のグローリア・イーストエンドは、消失した保健室の扉と向こう側の壁に新しく作られた出入り口の存在に紫色の瞳を瞬かせた。
「これどうしたの?」
「ハルがやった。直してくれ」
「いいよ」
ぞんざいな言葉で保健室の修繕を依頼するが、学院長はあっさりと了承した。ユフィーリアの態度を咎めることすらしなかった。
グローリアが右手を軽く掲げて手を振ると、保健室の壁に開いた大きな穴があっという間に修復されていく。瓦礫が自動的に組み合わさり、骨組みが再生され、吹き飛ばされた扉も元の位置にきちんと収まった。時間が逆再生されるかの如く、綺麗に修繕される。
あらゆる魔法を使いこなすユフィーリアでも直すことは可能だが、こういう建物の修繕はグローリアの方が遥かに高い腕前を持っている。餅は餅屋ということで、得意な奴に任せるのが最適だ。
保健室が何事もなかったかのように修繕されたところで、グローリアは改めて扉を開けて入ってきた。
「はい、直したよ」
「助かる」
「ハルア君はよく学院長室に遊びに来てくれているからね。これぐらいは全然平気だよ」
グローリアはユフィーリアの肩越しに、ベッドに転がされた少年を覗き込む。
「生きてる?」
「生きてる。気絶してるだけだ」
「凄い顔してたもんね」
「言ってやるなよ。ショックを与えてまた気絶なんてことは御免だぞ」
軽い調子で笑うグローリアをユフィーリアはやんわりと咎めた。この人間の心を理解しない学院長はサラッとそんなことを言いそうだった。
「ぅ、うう……」
「お」
ベッドに転がした少年の口から呻き声が漏れ、ゆっくりと瞼が持ち上がっていく。
ぼんやりとした赤い瞳が天井を映した。何度か瞬きをしたところで『どこ……』とまた意味不明な言葉を漏らす。よく聞くと極東語に聞こえるのだが、やはり訛りのようなものがある様子だ。
少年が起きたところで事情聴取をしようとしたが、
「起きた!?!!」
『わあ、お化け!!!!』
「ハル、降りろ馬鹿野郎!! 何でブリッジした状態で覆い被さるんだ変態か!?」
少年の上にブリッジの体勢で覆い被さったハルアを、ユフィーリアは問答無用でベッドから蹴り落とすのだった。




