Days 1-5:「お、お医者さあああああああああああああああんんんんん!!!!」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「誰もふざけないとは言ってないんだよな」
回想開始。
『やあ、ユフィーリア。その手に抱えた本の山は何だい?』
『よう、グローリア。ちょっと借りてきた』
『内容が転移魔法ってあるけど。明日は入学式なのに、どこかに出かけるつもりなの?』
『まさか。転移魔法は、ほら、入学式の度胸試し的なアレで出来たらいいなって思って』
『なるほど。つまり入学式の最中に新入生を高高度へ転移させて度胸を身につけさせようって魂胆かな?』
『見抜いてるなら黙ってろよ。エドがうるせえから』
『僕も1枚噛ませてくれるなら黙っててあげるよ』
『え?』
『君は無事に着地できるだろうけど、新入生はそうともいかないでしょ。ある程度のところまで落ちたら、僕が転移魔法で地上に下ろしてあげるよ』
『協力してくれるのは願ったり叶ったりなんだがな』
『何か不満でも?』
『確認だけど、お前って学院長だよな?』
『僕も確認するけど、君は全校生徒から人気の高い生徒会長様だよね。全力でおふざけしている様子だけど』
『自分で言うのもあれだけど、こんなおふざけに学院長が加担するってのはどうなんだ?』
『ユフィーリア』
『何だよ』
『世の中は面白い方がいいと思わない?』
『全くもって同意見だな』
回想終了。
「あーははははははははははははははははははは!!」
びゅうびゅうと風が耳元で鳴る。
新入生たちの絶叫が幾重にもなって晴れ渡った空に響き渡り、肝心の彼らは重力に従って自由落下を開始していた。真新しい制服を容赦なく風で捲り上げ、あまりの恐怖から顔は引き攣り、涙を流して両親に助けを求める生徒まで存在した。死を覚悟するのは当然のことである。
哀れな新入生たちに混ざって、ユフィーリアは仰向けの状態で落下していく。黒いドレスはバサバサと音を立てて盛大に揺れ、風に煽られた自慢の銀髪を視界の隅で確認。仰向けの状態なので地面が今どの位置にあるのか不明だが、最高の爽快感を全身で味わっていた。
高らかに笑い声を響かせるユフィーリアは、
「最高!! 超気持ちいいーッ!!」
挨拶の時に用意していた台本は水泡に帰したが、大本命だった『新入生を転移魔法で高高度から突き落とす作戦』は大成功である。全ての新入生が一緒に落ちているのか定かではないが、多分いるだろう。
この作戦には学院長のグローリアも協力してくれているので、地上には安全に降り立つことが出来る手筈になっている。持つべきものは魔法の腕前が同等の悪友兼学院長である。
問題はそのあとに待ち受ける説教だが、今はそんなことを考えるのは野暮だろう。
「ん?」
ごうごうと風の音が鼓膜を突き刺す中、僅かな聞き覚えのない声による悲鳴が届いた。
新入生の誰かのものかと視線を巡らせると、ユフィーリアの隣にうつ伏せの状態で落ちていく少年がいた。艶やかな黒い髪と夕焼け空を溶かし込んだかの如き赤い双眸、可愛らしい顔立ちを引き攣らせて絶望感に満ちた悲鳴を上げていた。
これだけならば他の新入生たちと大差ない反応をしているが、彼の格好は見たことがなかった。軍服を想起させる真っ黒な詰襟と等間隔に縫い付けられた銀色のボタン、ピカピカに磨かれた革靴というヴァラール魔法学院指定の制服ではない服装である。果たして、彼はどこからやってきたのか。
(あれか、うちの学校に侵入した不審者的な。一緒に転移魔法で送っちまったかぁ、参ったな。外部の人間を巻き込むと怒られるんだよなぁ)
頭の片隅で外部の人間を巻き込んだことに対する追加の説教を思い浮かべて、とりあえず彼がこのまま死ぬのは寝覚めが悪いので安心させる目的で話しかける。
「どうした、新入生!! 楽しんでる様子じゃねえな!!」
「ッ!!」
少年が息を呑む。こちらを振り返る。
声が出ないほどの恐怖に見舞われている様子で、彼は口をはくはくと開閉させて何かを言おうとしていた。全く言葉として乗っていなかったが。
ただ、死んでいる雰囲気はなかった。生きているだけで儲け物である。こんな生徒会長による愉快なおふざけに巻き込まれるとは運がないが。
「まさか怖いのか!?」
「怖いに決まっておりますが!?!!」
少年は流暢な万国共通公用語のアゼル語で叫び返した。彼は一体どこの出身だろうか、少しばかり訛りがある様子だが聞き取れないものではない。
「何で命綱なしにスカイダイビングなんてしなければならないんですか!? 俺の覚悟を返してほしいぐらいです!!」
「何か、凄え必死だな。おもしろ」
「面白がってる場合ですか!?」
必死の形相で叫ぶ少年を、ユフィーリアは笑い飛ばした。叫ぶ元気があるなら心配はいらなさそうである。
「怖いなら手でも握っててやろうか、新入生」
「ありがとうございますお願いします!!」
「勢い」
少年を揶揄う目的で提案してみたが、相手は本気と捉えた様子である。ユフィーリアが伸ばしてきた手を懸命に掴み、容赦なく握力をかけてくる。
真っ黒な手袋で覆われたユフィーリアの手に、少年の温かな手のひらの温度が伝わってくる。高高度の空気に晒されているので若干冷たくもなっているが、ユフィーリアにとっては十分すぎるほど温かかった。
少年の温かな手のひらを密かにニギニギして温度を堪能していると、彼から「あの」と言葉が投げかけられる。
「こ、これ助かりますよね。こんな位置から地面に叩きつけられたら全身弾け飛びますよね!?」
「なーに言ってんだ、こんなめでたい日に高高度から自由落下なんてして冥界に直葬しましたなんて洒落にならねえだろ。ちゃんと安全策は考えてあるさ」
「め、めでたい日? めでたい日に自殺とも読み取れるような行動に踏み切る理由は!?」
「そりゃあ決まってんだろ」
ユフィーリアは涙目の少年に笑いかけ、
「今日はヴァラール魔法学院の入学式だぜ。新入生をド派手に祝ってやるのが先輩――ひいては生徒会長の役目だ!!」
少年が呆けたような表情を見せる。あまりにも間抜けだから吹き出してしまいそうになったが、はたと思い返す。
彼の反応は、まるで「ヴァラール魔法学院など知らないですけど?」と言わんばかりのものだった。そんなことはあり得ない。魔法が一般的となり、生活の根幹にまで浸透したこのご時世、ヴァラール魔法学院は魔法の名門校として世界中にその名を轟かせている。各国から入学希望者が現れるぐらいなのに、まさか知らないだと?
疑問を口にする前に、ユフィーリアは「お」と声を漏らした。ヴァラール魔法学院の校庭が見えてきたところである。
「そろそろ楽しい落下時間は終わりだな。校庭が見えてきちまったわ」
「ッ!?!!」
眼下に広がる芝生で覆われた大地は、ヴァラール魔法学院が有する広大な校庭である。主に体力育成や身体能力を強化する魔法などで使用されることが多いが、魔法を学ぶ教育機関の校庭にしてはあまりにも広すぎる。土地が広いので無理もないが。
そんな緑の芝生の上に、見覚えのある人物が立っていた。呑気にこちらを見上げるその人物は、学院長のグローリアである。着地に不安のある生徒を安全に地上へ下ろす為の対策として、あらかじめ校庭に待機してもらっていた。――何か追加で3人ほどこちらを監視するように見上げているのだが、今は気にしない方が得策である。
ユフィーリアは自力で着地できるが、どうもこの少年はそう簡単に着地できない理由があるらしい。わたわたと慌てた様子で、ユフィーリアの手を必死に掴んでくる。
「あ、あの、俺、着地に自信がなくてですね!?」
「え、このまま手を離そうかと思ったけど」
「手を離さないでくださいお願いです助けて!!」
「だーから勢いが凄えのって」
懸命に助けを乞うてくる少年に、ユフィーリアは「しゃーねえな」と肩を竦めた。
「ほら、じゃあしっかり捕まってろよ」
『わぶ』
何やら少年の口から意味不明な言葉が漏れる。
ぐんッと少年の手を引いたユフィーリアは、彼を抱き込んだ。全身で彼の温かな体温を感じ取る。着ている衣服の下にある身体は細身で、可哀想に思えるほど薄い。なるほど、この身体の薄さと細さでは着地の衝撃に耐えられないだろう。
胸に顔を埋める少年が何やら呻いていたが、構うことなくユフィーリアは空中で体勢を器用に変える。仰向けで落ちていたところをくるんと宙返りするように体勢を変えて、ついでに少年へ強めの重力が伝わらないようにとしっかり固定。彼の顔もますますユフィーリアの豊満な胸に押し付けられているのだが、まあ我慢してもらおう。首が吹っ飛んだら元も子もない。
そうして膝のバネを利用して、ユフィーリアは高高度からの自由落下を見事な着地で終了を迎えた。
「ところで」
ユフィーリアは抱き込んでいた少年を解放してやりながら、
「お前、見かけない顔だけど。本当に新入生――あれ?」
くたりと地面に倒れ伏す少年は、見事に白目を剥いて気絶を果たした。着地をした安心感からか、とうとう意識を手放してしまった様子である。あまり人様に見せられないような顔を公衆の面前で晒してしまっていた。
これはやってしまった。完璧にやってしまっていた。どこの身分とも誰とも知らない少年を生徒会長によるおふざけに巻き込んだ挙句、気絶もしくはショック死させてしまったと知れ渡ったらヴァラール魔法学院の評判が下がる。
ユフィーリアは気絶を果たした少年を抱きかかえると、
「お、お医者さあああああああああああああああんんんんん!!!!」
どたばたと慌てた足取りで保健室に駆け込むのだった。




