Days 1-4:「ふざけないとは一言も言ってねえよ」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「ちゃんと挨拶するかぁ」
エドワード「最初からやれ」
その人が舞台上に現れた瞬間、誰もが息を呑んだ。
――美しい。
歩くたびに揺れる銀糸を丁寧に紡いだかのような髪、真っ直ぐに先を見据える色鮮やかな青色の瞳は宝石のよう。熟練の人形職人はおろか、女神が作り出したのではないかと疑いたくなるほど目鼻立ちが整った美貌は横から見ても正面から見ても『美しい』以上の言葉が思いつかない。
背筋をピンと伸ばし、装飾品を限りなく削いだ簡素な黒いドレス姿だけでも彼女自身の美しさを際立たせており、腕に引っかかっているのみの大きさの合っていない制服のローブが小柄さを強調する。そこに立っているだけで画家は涙を流しながら筆を取ることだろう。
神々しい美しさを放つヴァラール魔法学院の生徒会長、ユフィーリア・エイクトベルが舞台に姿を現した途端、大講堂の時が止まった。誰もが彼女に注目していた。
「あ、あー」
舞台上に立つユフィーリアは、真ん中に置かれた講演台の前まで来て声の調子を確かめる。右手を軽く振って魔法を調節し、大講堂の隅々まで自分の声が届くように整えた。
「先程、爆死した生徒会長のユフィーリア・エイクトベルだ。新入生諸君、入学おめでとう。そしてようこそ、魔法を愛する馬鹿どもの楽園へ」
そしてとんでもねー切り口での挨拶が述べられた。
息を呑むほどの美しさを持つ生徒会長の口から放たれた言葉は、粗暴で乱雑なものだった。見た目とは対照的な印象を植え付けられる。幻滅した新入生も少なからず存在するだろう。
しかし、不思議と彼女には魅力があった。大講堂の隅々まで届けられる百合の花の如き凜とした声がなぞる言葉には、嘘偽りのない誠実さがあったのだ。
「唐突だが新入生諸君、魔法は好きか?」
新入生に向けて一方的な質問を投げかけ、それから彼らが答える時間を待つことなくユフィーリアは「アタシか?」と自分の見解を述べる。
「アタシは魔法が大好きだ。もはや愛してると言ってもいい。長いこと生きているし、生徒会長としてヴァラール魔法学院に在籍しているが、魔法への興味は尽きない。だから様々な分野を手広く学んでる」
この世には様々な魔法が溢れている。魔法の代表格とも言える属性魔法や移動する時にはもはや必須とも呼べる転移魔法、果ては動物と会話するのに必要な動物言語まで多岐に渡る魔法の分野が存在する。
ユフィーリアはそれら全てをひっくるめて大好きだった。もう一生分の魔法を勉強したとて足りないと思うぐらいである。様々な分野の魔法に手を伸ばし、そのどれもで優秀な成績を収めているので、誰も彼もが口を揃えて「魔法の天才だ」と言うのだ。好きすぎるがゆえ、突き詰めた結果がこの評価である。
好きな魔法を好きなだけ学ぶことが出来るこのヴァラール魔法学院は、魔女・魔法使いにとっての楽園であると同時にユフィーリアにとっての最高の遊び場であった。
「我がヴァラール魔法学院は、400科目以上にも及ぶ魔法の授業を好きなように組み合わせて自分だけの時間割を作ることが出来る。苦手な分野も得意な分野もバランスよく、なんてお行儀のいいことをやる必要はない。好きなものを好きなだけ、思う存分学ぶことが出来るのが我が校の最大の利点だ。だから優秀な魔女や魔法使いが輩出されるんだ」
ユフィーリアは「だからお前ら!!」と語気を強める。
「好きなことを突き詰めろ!!」
講演台をバンと叩き、
「親の言うことなんざここでは無視だ!! 家系がどうのとか家業が何だとか知ったことじゃねえ!! お前らの輝かしい未来はお前らの手で作れ!!」
以上、とユフィーリアは挨拶を締め括った。
最初から最後まで粗暴な言葉による挨拶だが、不思議と悪い印象はない。新入生たちも真剣な表情で生徒会長の演説に耳を傾けていた。
『好きなことを突き詰めろ』――魔法の分野に於いて、忘れてはならない言葉である。魔法の勉強は少し間違えただけで重大な事故に繋がり、簡単に死者を出すこともある。好きな魔法や得意な魔法ならば加減も分かるし、独自に研究して魔法の分野の発展も期待できる。好きな分野を学ぶことこそ得られる利益が大きい。
シンと静まり返る大講堂。司会進行の教職員が公の場で行うような挨拶ではないことを注意しようとしたが、それよりも先に新入生から拍手が送られた。
――わあああああああああああああ!!
万雷の喝采が壇上のユフィーリアに浴びせられる。
新入生がヴァラール魔法学院の門を叩いたのは、様々な理由があったかもしれない。それは両親の背中に追いつきたい、同じ分野を学びたいという肯定的な理由もあるだろう。中には『家業の為に仕方なく』だったり『家系の理由で』という自らの意思とは関係なく、ヴァラール魔法学院に放り込まれた生徒もいるだろう。
期待と同じく不安もある中で、生徒会長たるユフィーリアは「好きなことを思う存分に学べ」と言い切った。「親の言うことなど無視だ」とも。
両親の目が届かない、まさに魔女と魔法使いたちの楽園ならば、自分の好きなことを好きなように学べるのだとハッキリ宣言したのだ。
「万雷の喝采をどうもありがとう、新入生諸君。ヴァラール魔法学院では当たり前のことを当たり前のように語ったが、少しでも新入生諸君に輝かしい未来が待っているように祈ってる」
鳴り止まない拍手喝采の中、トドメの一言を添えてからユフィーリアは舞台上を辞去する。その姿が消えるまで、新入生たちの喝采が止むことはなかった。
舞台袖に戻ると、生徒会の面々や司会の教職員、学院長たちがご満悦の表情で出迎えた。中でもエドワードは「やれば出来るじゃんねぇ」とやけに上から目線だし、アイゼルネは興奮気味に「格好いいワ♪」なんて抱きつこうとしてきたし、司会の教職員に至っては涙ぐんでいた。そんなに感動するような挨拶をした覚えない。
とりあえず、全員が納得できるように新入生への激励は出来たとユフィーリアは判断する。当初考えていた台本はおじゃんになってしまったが、そこはそれ、披露する場面など今後いくらでもあるはずだ。その時まで台本は取っておこう。
挨拶を終えたばかりのユフィーリアを拍手で出迎えたグローリアは、
「さすが生徒人気の高い生徒会長様だね。新入生たちの心を掴む、見事な挨拶だよ」
「お前の笑顔で言われるとお世辞を通り越して何か企んでいるようにしか聞こえねえな」
「酷いな。これでも真面目に褒めているのに」
困ったような笑みを見せ、肩を竦めるグローリア。優男の見た目をした学院長殿は、笑顔の種類も搭載している様子である。
「まあでも、珍しいこともあるものだね。君が真面目に挨拶の仕事をこなすなんて。どこかでふざけるかなって思ってたのに」
「え?」
「え?」
舞台袖に待機していた生徒会の仲間たちがピタリと動きを止める。グローリアも「ん?」と首を傾げた。
ユフィーリアのおふざけは確かに失敗した。用意していた台本も水泡に帰し、ハルアに頼んで作らせた精巧な自分自身の人形は脆くも儚く爆散した。挨拶の最初で「爆死した云々」と切り出したが、もはやあれでは失笑程度しか買えない。
だが、あえて言おう。あの台本は前座である。準備段階なのだ。盛大な前振りなのだ。
――本番はここからである。
「ふざけないとは一言も言ってねえよ」
「は?」
誰かに止められるより先に、ユフィーリアは舞台袖を飛び出した。
司会進行役に戻った教職員が、唐突に舞台上へと躍り出たユフィーリアの姿に驚愕の声を上げる。大講堂にずらりと並んだ新入生たちが怪訝そうな表情を見せるが、美しき生徒会長の尊顔を再び目にすることが出来てざわめく。
何をするのか、何を言うのか――そんな期待に込められた視線が壇上のユフィーリアに注がれていた。視界の端で捉えたエドワード、ハルアがこちらに向けて駆け出そうとする。舞台袖まで引き摺っていこうという魂胆だろうが、もう遅い。
「新入生諸君!!」
魔法で大講堂全体に声を轟かせながら、ユフィーリアは右手を掲げた。
その手に握られていたのは、繊細な模様が刻み込まれた煙管である。雪の結晶が細かく随所に刻み込まれた、まさに職人の逸品とも呼べるそれを指揮棒の如く天高く突きつけた。
目を見開き、固まる新入生たちに向けて、ユフィーリアは叫ぶ。
「飛べェ!!!!」
ぴょん、と何も考えていなかった新入生たちが、ユフィーリアの命令に突き動かされるようにしてその場で飛ぶ。
新入生たちがウサギのように可愛らしい跳躍を見せた瞬間を見計らい、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をサッと振り下ろした。
ぴゅう、と真冬に似た冷たい空気が大講堂を一瞬で駆け巡る。空中に存在する新入生は、その冷たい空気に身体を震わせるも、着地をするまで冷たい空気が肌を撫でる感覚に抗うことが出来なかった。
そして、新入生たちは大講堂の床を踏むことはなかった。
彼らはユフィーリアと共に、青色の世界へと放り込まれていた。暖かな春の気候に包まれ、白い雲がのんびりと漂う空の世界。緑の萌ゆる大自然を高みから見下ろし、遥か足元にはヴァラール魔法学院を示す白亜の王宮が。
つまりは、ヴァラール魔法学院の上空に転移していた。
「命の保証はしてやるさ」
ユフィーリアは楽しそうに笑いながら、
「入学祝いだ。まあ、楽しめよ」
――その言葉が合図となり、ユフィーリアと新入生たちは重力に従って落下を開始した。




