Days 1-3:「殺して詫び入れさせます」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「お前は自分が爆死したところを見たことはあるか?」
「生徒会長、新入生たちの緊張を解そうという気持ちは分かりますけどあまりふざけないでください!!」
「悪かった」
「笑える。指差して笑っていい?」
「学院長も笑ってないでください!!」
案の定、裏口の扉を陰にして隠れていたユフィーリアとハルアの存在は、あっさりと学院長と司会進行の教職員に見つかった。今は舞台袖で仲良くお説教である。
半泣きの状態で怒る司会役の教職員の隣で、グローリアが正座するユフィーリアとハルアを指差して軽い調子で笑い飛ばす。その指を折ってやれないかと頭の片隅で考えたが、今もなおキャンキャンと喚き立てる教職員の説教が長引きそうだったので止めた。
その時、
「すいません通報を受けてきました殺して詫び入れさせますぅ!!」
「ぎゃん!?」
唐突に聞き覚えのある男の声が耳を突き刺したと思ったら、後頭部を鷲掴みにされて舞台袖の床に顔面を叩きつけられた。顔面を痛みと衝撃が突き抜けていった。
「本当にもうこの生徒会長は愉快なことしか考えないんだからぁ!! ごめんなさいすいませんでした折檻してでも聞かせますのでどうかこの馬鹿会長の命で勘弁してくださぁい!!」
「あ、あの、副会長、それぐらいで……」
「凄いね、人体から聞こえちゃいけない音が聞こえたよ。面白いね」
頭上から困惑するような教職員の声と、相変わらず軽い調子で笑い飛ばしてくるグローリアの声が降ってきた。いい加減に助けてほしい。
「おい……ふざけんなエド……顔面が潰れる……!!」
「ユーリが悪いんじゃんねぇ、よりによって入学式で馬鹿なことをするからぁ!!」
ようやく後頭部を押さえつけていた何かの感覚が離れていき、ユフィーリアは顔を上げることが出来た。床に叩きつけられた際、鼻が折れ曲がっていないことをちゃんと確認する。大丈夫、鼻の骨は無事である。
今までユフィーリアの頭を押さえつけていたのは、灰色の髪を持つ筋骨隆々とした男子生徒だった。肩まで届く灰色の髪をハーフアップにまとめているが、側頭部を剃り込んでいるので野性味溢れる印象を見る相手に植え付ける。狼を想起させる鋭い銀灰色の双眸と彫りの深い顔立ちも相まって、ワイルドな雰囲気が漂う。
見上げるほど身長は高く、首元まで覆う黒い機能性肌着の上から浮き彫りになる立派な筋肉は彫像の如き美しさがある。男性も女性も視線を惹きつける、圧倒的な体格だった。羽織っているローブだけが彼の学生らしさを残している。
生徒会副会長のエドワード・ヴォルスラムである。生徒会長のユフィーリアの右腕だが、扱いがまあまあ酷い。
「もう、本当に俺ちゃんが見とかないと余計なことしかしないんだからぁ。今日の挨拶だってアホみたいにくだらない台本を用意してぇ、ハルちゃんまで巻き込んで何か変なことになったしぃ」
「くだらない台本って言ったぞ、こいつ。アタシ渾身のコメディに何てこと言いやがる」
「くっだらないじゃんねぇ。新入生から失笑を買うのがオチだよぉ」
不満げなユフィーリアに対して容赦のない正論を並べて黙らせるエドワードだったが、
「ユーリのお願い通りに人形っぽく見えるようにわざと不細工に作ったらめちゃくちゃ怒ったくせにね。本当はマネキンみたいなの使う予定だったのに、わざわざ購買部で粘土まで買ってきてめちゃくちゃケチつけてきたのにね」
「ハルちゃん」
ユフィーリアの隣で同じく正座でお説教を受けていたハルアが、ジト目で何事かを語り始めたのをエドワードが慌てた様子で彼の口を塞ぐ。
「違うでしょぉ、どんなことにも妥協を許すなってのがうちの魔女様の教育方針ってのはハルちゃんも知ってるじゃんねぇ。だから妥協をしない為にも」
「髪の細さとお目目の色とお肌の白さとお胸の丸さにめちゃくちゃケチつけたよね」
「ちょっとハルちゃん黙ろっかぁ?」
触れてはならない領域にズカズカと土足で踏み荒らすハルアに、エドワードは「本当にお願いだから静かにしててぇ」と頼み込んだ。ハルアの方はしれっと明後日の方向に視線をやっていたが。
あの等身大ユフィーリア人形を作るぐらいにハルアの手先が器用なのは知っていたが、まさか彼自身がうんざりするぐらいにケチがつけられているとはユフィーリア本人も想定外である。これはどんな反応をしていいのか分からない。
とりあえず、ユフィーリアは静かにエドワードから物理的に距離を取ることにした。髪の細さとか目の色とか肌の白さまで把握されているのは100歩譲って許したとして、胸の大きさまで把握されているとちょっと引く。いやかなり引く。
すると、
「ユーリ♪ ワタシを置いて入学式に参列するなんて酷いワ♪」
「おぶ」
横合いから伸びてきた細腕がユフィーリアの頭を抱き込み、何か柔らかいものに埋め込んでくる。視界があっという間に肌色に埋め尽くされた。
その正体は人間の胸である。柔らかくしっとりとしており、上質な枕よりも弾力があるそれはユフィーリアが呼吸をすることを許さない。ぎゅうぎゅうとユフィーリアの顔面を癒すかの如く豊かな胸に押し付けてくるので、鼻孔が甘やかな香りで支配されつつあった。
ようやく巨乳の拘束からもがき出たユフィーリアの目の前に、舞踏会で見かける華美な仮面を装着した女の顔が飛び込んできた。明るい新緑色の長い髪を太い三つ編みに結い、頭で王冠の如く輝くヘッドドレスが清楚なメイドの印象を与える。長いスカートが特徴的なメイド服を着用しているが、足を隠す代わりに豊満な胸元を開放しているので胸の谷間がバッチリ強調されていた。清楚さと扇情さが同居している。
まだ自身の巨乳で窒息させようと画策するメイドに抗いながら、ユフィーリアは彼女の名を呼ぶ。
「アイゼ、止めろ。息が出来なくなるだろ」
「いやン♪ ワタシはユーリを癒そうと思ったのヨ♪」
メイドの女――アイゼルネはむぎゅりとなおもユフィーリアを抱きしめてくる。彼女はユフィーリアの従者として付き従うメイドだ。もちろん、ヴァラール魔法学院にいる以上は生徒として取り扱われるし、生徒会所属である。
「あラ♪ お鼻が真っ赤になっちゃっているワ♪ おでこも赤くなっちゃっテ♪」
「あー、それはだな」
「大丈夫ヨ♪ なでなでしてあげましょうネ♪」
床と正面衝突を果たした影響で赤くなってしまった鼻の頭と額をアイゼルネが癒すようにと撫でてくる。やっていることが母親が子供に対して慰めるかのようだった。
むぎゅむぎゅとアイゼルネの胸に顔を押し付けられて窒息しかけるユフィーリアだが、突如として背後から物凄い力で引っ張られてふかふかした何かに受け止められる。甘やかな香水の匂いから石鹸のような香りに変わった。
見れば、エドワードがユフィーリアを抱き寄せていた。ふかふかした何かの正体は、彼の豊かな胸筋である。筋肉って柔らかいのかと実感した。
「ユーリにその駄肉を押し付けるんじゃないよぉ、この痴女」
「ちょっと野蛮人♪ ユーリの綺麗なお顔が潰れたらどう責任を取るつもりなのヨ♪」
「はあ? ユーリを窒息させかけといて何言ってんのぉ?」
「ユーリのお鼻とおでこが赤いのはどうせアナタのせいでショ♪」
頭上で飛び交う激しい火花。互いの主張を譲らぬ一触即発の雰囲気に、ユフィーリアは首を傾げるしかなかった。
たびたびこの2人、こうやって喧嘩をする訳である。ユフィーリアの書いた台本をくだらないと言うならば、この2人の喧嘩こそくだらないものではないだろうか。
どうしたらこの喧嘩が収まるかと考えを巡らせていると、ハルアが「ユーリ!!」とユフィーリアのローブの袖を引っ張る。
「舞台のお掃除終わったよ!!」
「お、本当だな」
等身大ユフィーリア人形が爆発したことによって張り付いた粘土の掃除が終わったようである。掃除道具を手にした教職員が慌ただしく舞台上から撤収していった。
掃除が終わったことで入学式は間もなく再開される。今度はふざけることは許されない。ニコニコ笑う学院長から折檻を受ける羽目になるだろう。
ユフィーリアは「よし」と頷き、
「うるせえ静かにしろ」
「ぐへあッ」
エドワードの顎に拳を叩き込んで拘束から脱出し、舞台袖に積まれていた木箱を椅子の代わりに座る。
「アイゼ、髪と化粧を頼む。軽くでいい、時間をかけるな」
「承知いたしましたワ♪」
ユフィーリアに命じられたことで、アイゼルネは素早くユフィーリアの背後に回る。背中を流れる銀髪を魔法で手元に転送させてきた櫛を使って丁寧に梳り、化粧筆でパタパタとユフィーリアの頬を軽く撫でた。最低限の身支度だけで完成である。
「ふざけないんだ?」
「前座が失敗したし、これ以上に面白いことをしても新入生から本当に失笑を買いかねないからな」
「ふーん、行ってらっしゃい」
「おう」
グローリアと生徒会の面々に送り出され、ユフィーリアは舞台袖から足を踏み出した。




