Days 1-2:「自分が爆死する姿を初めて見たわ。感動」
【前回までのあらすじ】
グローリア「ユフィーリア、爆死したんじゃないの?」
ユフィーリア「うるせえ、タネ全部知ってるくせに」
――入学式の開式、およそ5分前に遡る。
「ユフィーリア、入学式用の挨拶って用意した?」
「用意したに決まってんだろ」
入学式の進行を担当する教職員がバタバタと忙しなく舞台袖を駆け回る中、呑気に学院長と生徒会長は入学式で読み上げる挨拶文について会話を交わす。
1000回目の入学式を迎えても、本日ヴァラール魔法学院の門を潜った新入生からすれば一世一代の大事な局面である。教職員もそれは理解しているようで緊張感の漂う表情を浮かべているが、天下のヴァラール魔法学院を取り仕切る学院長と生徒代表とも呼べる生徒会長はのほほんとしていた。緊張感の欠片もない。
学院長である黒髪紫眼の青年、グローリア・イーストエンドは「へえ」と感心したように言い、
「君が真面目に用意するなんてね」
「アタシはいつだって真面目だろうがよ」
グローリアの会話に応じる生徒会長は、銀髪碧眼の魔女である。
薄暗い舞台袖の中にあってもなお輝きを失わない見事な銀髪と、好奇心と愉悦の滲む青色の眼差し。西洋人形の如く作り物めいた美貌は老若男女を魅了して止まないが、粗野な態度と言動が飛び抜けた美しさを損なわせているような気配さえある。
格好は夜の闇よりも暗い漆黒のドレスであるが、布地は首元まで届いているのに対して華奢な両肩が剥き出しになっているという特殊な形式をしている。ついでに言えば流れる銀髪に隠れた背中も丸見えという扇状的なドレスであるのだが、小柄な体型を強調するかのように腕で引っかかっている制服のローブがかろうじて覆い隠していた。別の意味で人間を魅了しそうである。
名を、ユフィーリア・エイクトベルと言った。学院長を相手にしても横柄な態度を崩さない理由は、彼と知己だからである。
「ちなみに今回は大作だぜ」
「どんなの?」
「じゃーん」
興味ありげな眼差しを向けてきたグローリアに、ユフィーリアは今日の為に用意した台本を見せた。数枚の紙を紐で綴じたそれの表面に、題名がデカデカと書き込まれている。
「『アタシがあいつで、お前がアタシ作戦』? 何だかよく分からない作戦名だけど」
「まあ見てりゃ分かるって。凄えぞ、今回の作品は。アタシ渾身のコメディだ」
「君が?」
グローリアは眉根を寄せた。その表情は『入学式の場で不適切な行動を咎めよう』という意味合いではなく、
「君、コメディの台本を書く才能は全くないんだから諦めたらいいのに」
「誰が駄作家だって?」
「誰もそんなことを言ってないけど、言ってほしいなら言おうか?」
「人間の心を解さない魔法使い様はこれだから」
ユフィーリアは不満げに唇を尖らせ、グローリアを睨みつけた。
「お前だって挨拶を考える才能なんかないだろ、むしろ文才なんかまるっきりダメじゃねえか。季節の事柄を織り込んだ挨拶文を考えてきたか?」
「安心してよ、ユフィーリア。僕も馬鹿じゃないんだから」
「馬鹿だったらこの学院は1000年も続いてねえわ」
「それもそっか」
グローリアは自信満々と言ったような雰囲気で、1枚の羊皮紙を広げてユフィーリアに見せてきた。そこには当たり障りのない挨拶文が並んでいるものの、ダントツで短い。早口言葉ではなかろうかと疑いたくなるほどだ。
というより、ユフィーリアが指摘した季節の事柄とかまるで無視されている。「挨拶? そんなの適当でいいだろ」と考えた適当人間が適当に作った適当すぎる挨拶文である。これならユフィーリアが考えた挨拶文が遥かに良作と思える。
ユフィーリアが「おーい」と天を振り仰ぎ、
「この馬鹿の後頭部に氷柱でも落ちてこねえかなぁ。雑すぎて新入生が可哀想に思えてくる」
「ちゃんと考えたよ」
「うるせえ駄文製造機。当たり障りのないことを言っておけば世の中全部正解、じゃねえんだぞ」
ユフィーリアが注意するも、グローリアには何も響いていなかった。自分の考えた挨拶文の何が悪いのだろうと首を捻るばかりである。
その時、入学式を運営している教職員が「学院長、そろそろお時間です」と呼んだ。グローリアは表情を引き締めると、胸元で揺れる不思議な色合いをした宝石のループタイの位置を直してから舞台袖を飛び出す。
颯爽と飛び出した先に彼が立ったのは、舞台上にぽつねんと置かれた講演台。新入生たちによる万雷の喝采と共に迎えられた学院長が、短すぎる挨拶文を記載した羊皮紙を広げたのを横から見ていた。
すると、
「ユーリ!!」
「お」
舞台袖にひっそりと設けられた、大講堂の裏口の扉がほんの僅かに開いていた。
ユフィーリアはこっそりと、音を立てないように裏口の扉の前に立つと、僅かに開いた隙間から滑るようにして外に出た。大講堂の裏手は雑草が生えた物寂しい空気の漂う空き地となっており、当然ながら人がたむろしている雰囲気は見当たらない。
名前を呼んだ本人は、大講堂の壁に張り付いて存在感を消していた。だが、小脇に抱えたあまりにも大きすぎるブツのせいで悪目立ちをしてしまっている。
「ハル」
「お待たせ!!」
壁に張り付いて存在感を消していたのは、赤茶色の髪を持つ少年だった。
赤茶色の短い短髪、蜂蜜を流し込んだかのような琥珀色のつぶらな双眸。少年らしいあどけなさを残す顔立ちは精悍であり、黙っていれば女性から黄色い声でも投げかけられそうなものだが、頭の螺子の所在を疑いたくなる狂気的な笑顔を常に浮かべているものだから女子たちも警戒する。
ついでに言えば、ユフィーリア以上に入学式という場に相応しくない格好をしている。ヴァラール魔法学院の制服であるローブを羽織っているのはいいが、シャツには大きく『新人』と書かれており、ズボンはヴァラール魔法学院指定のジャージを合わせ、足元は動きやすさを重視して運動靴を履いていた。およそ生徒がするような格好ではない。
彼の名はハルア・アナスタシスと言った。ユフィーリアを中心とした組織『生徒会』に所属する1人である。
「ちゃんと作ってきたか?」
「ご注文のお品はこちらです!!」
ハルアが抱えていたブツを、ユフィーリアの目の前にドンと置く。
それはユフィーリアであった。
等身大に作られたユフィーリアの人形だった。
銀色の髪の長さ、艶、肌のハリ、顎の線、頬の柔らかさ、睫毛の長さ、青い瞳の彩度、胸の大きさや曲線の位置、腰の括れ具合、足の長さや太さ、二の腕の柔らかさ、肩の華奢さ、ドレスの質などあらゆるところがユフィーリアを完璧に再現していた。もはや気持ち悪いぐらいの再現度である。これで影武者が作れそうだ。
「似すぎ」
「妥協を許すなと教わったから!!」
「そっか、アタシが教えたことをしっかり守ったんだな。偉い偉い」
ユフィーリアはハルアの頭をグリグリと撫でてやり、
「ところで髪の長さとかはまあ分かるけど、睫毛の長さとか顎の線とか二の腕の太さとか誰が指示したんだこれ。お前がやったの?」
「エドとアイゼ」
「気持ち悪いな、あいつら。何で知ってんだよ」
残りの生徒会所属の生徒に対してちょっと引き気味に言うユフィーリアだったが、「まあいいか」と切り替える。細かいことは気にしない性格なのである。
「ちょうど学院長の挨拶も――ついでに文句も終わったか」
「ついに!?」
「おうよ。この台本の見せ所だな」
裏口の扉をこっそり開けて、大講堂の様子を探るユフィーリア。ちょうど学院長による短い挨拶が終わり、司会進行の教職員と一悶着があったところだったようである。司会者による「もぅ、大丈夫です……」と弱々しい声が聞こえた。
扉の隙間から等身大のユフィーリア人形を押し込み、ユフィーリア本人は扉の影に隠れて指を弾く。呪文の詠唱をすることなく魔法が発動され、カクンと等身大ユフィーリア人形が命を吹き込まれたかの如く滑らかに動き出した。
果たして素材は何で作られているのだろうか。関節などの繋ぎ目も見当たらないので一般的に考えられる球体関節を有した人形とは違う。カクカクとした人形らしい動きもなく、まるで生きた人間と同じように淀みのない挙動を見せる。
司会進行の教職員が次の演目を読み上げたところで、等身大ユフィーリア人形を舞台上に送った。その姿を裏口の扉をほんの僅かに開けた状態で確認する本物のユフィーリアは、
「ハル、あれ何の材料で作ったんだ? 随分と人形らしくねえけど」
「粘土!!」
ハルアは原材料を元気な声で告げ、
「ちなみに爆発します!!」
「『新入生のみな』――え? 何て?」
ユフィーリアが台本の台詞を読み上げようと、等身大人形の内部に魔法で働きかけた直後。
――ちゅどーん!!
爆発した。
盛大に。
自分の等身大人形が粉微塵に弾け飛び、残ったものはベッタリと舞台にこびりついた粘土のみ。頭は吹き飛び、四肢はもげ、胴体は跡形もなく消し飛んだ。
――ぱち、ぱち。
――ぱらぱらぱらぱら。
そういう催しだとでも思ったのだろう、新入生たちによるやる気のない微妙な拍手が爆発四散したユフィーリアの等身大人形に送られた。
「自分が爆死する姿を初めて見たわ。感動」
棒読みでそんなことを言ったユフィーリアは、
「ハル、弁明は?」
「お胸の丸さを出す為に古い魔石を利用しました!!」
「なるほど馬鹿野郎。爆発するじゃねえか」
古びた魔石は、魔力を流した途端に爆発する。それは世の中の常識であり、ヴァラール魔法学院の授業でもたびたび言及される事象である。それをこのお馬鹿は、あろうことかユフィーリア等身大人形に使用したのだ。そりゃ爆発する訳である。
台本を書き直さなければならない上、おそらくこのあとにも説教が控えていることだろう。最悪の未来でしかない。せっかく用意したコメディ台本も水泡に帰した。
待ち受けるだろう最悪の未来を想像し、ユフィーリアは晴れ渡った青い空を見上げてため息をついた。




