Days 1-1:「あれは多分、本人も想定していた爆発じゃないな」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「親方ァ! 空から女の子が!!」
ショウ「女の子じゃないですが!?」
春特有の暖かな日差しが降り注ぐ。
黒煙を噴き出す汽車からゾロゾロと降りてくるのは、真新しいローブに身を包んだ少年少女である。彼らはどこか緊張した面持ちで目の前に聳え立つ白亜の王宮を見上げるなり、すぅと深呼吸をしてから豪奢な鉄製の門扉を潜り抜けた。
これから一緒の学舎で過ごす学友と戯れ合う少年、緊張気味な表情で足早に王宮を目指す少女、ボロボロに擦り切れた手紙を握りしめながらフラフラと覚束ない足取りで門扉を潜る少年や少女など数え切れない。三者三様の想いを抱いて、今日という日を迎えたのだ。
そんな初心な少年少女たちの姿を、白亜の王宮の屋根から見下ろす影が1つ。
「おーおーおー、今年もたくさんやってきたもんだな。壮観、壮観」
春風に靡く銀糸の髪は膝裏に届くまで長く伸ばされ、しかしながら雑に伸び放題としている訳ではなく毛先まで手入れが行き届いて艶めいている。宝石を想起させる色鮮やかな青色の双眸を、瞬きだけで旋風でも巻き起こせそうなほど長い銀色の睫毛が飾る。
顔立ちは飛び抜けて美しく、寒気がするほど整えられている。往来を歩けば100人中100人は振り返るような、見るもの全てを魅了しかねない最高峰の美貌を携えていた。装飾品すら見当たらない真っ黒なドレスが肌の白さを際立たせ、腕に引っかかる厚手のローブが彼女の小柄さを強調する。
視線だけで国さえ傾かせん美しさを備えた彼女は、にんまりと口の端を持ち上げて笑うと呟いた。
「よし、やるか」
その声は喜色満面に溢れていた。
☆
ヴァラール魔法学院は、創立1000周年を迎える魔女・魔法使い専門の教育機関である。
魔法が生活の根幹にまで浸透し、職業や家事などにも魔法を使用し、誰でも簡単に魔法を学ぶことが出来るようになったエリシア大陸に於いて、ヴァラール魔法学院の存在は魔女・魔法使いを志す人々の楽園とも呼べた。
400科目をゆうに超す授業の中から好きな科目のみを選んで自由に時間割を作成することが可能で、魔法の研究に関する資材や設備も充実している。好きな魔法や得意教科を好きなだけ、思う存分に学ぶことが出来るのだ。さらに生徒たちが自ら計画した行事がたびたび開催され、生徒たちの自主性を重んじる校風は世界中から注目を集めている。まさに『楽園』の表現が相応しい魔法学校だ。
そして本日、ヴァラール魔法学院の1000回目の入学式が開式されていた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
大講堂に集められた新入生たちに挨拶するのは、学院長のグローリア・イーストエンドである。
烏の濡れ羽色をした艶やかな髪と、理知的な印象を与える紫色の双眸。穏やかで人当たりのよさそうな笑顔を浮かべる顔立ちは中性的で、男性にも女性にも見受けることが出来た。20代前半という若々しい見た目をしているが、ヴァラール魔法学院の創立当初から学院長を務めている偉大な魔法使いだ。
魔法によって広々とした大講堂全体に声を届けさせる彼は、舞台上に設置された講演台の前に立ち、朗らかな笑顔を絶やすことなく事前に用意した挨拶文を読み上げる。
「君たちの入学を心待ちにしておりました。これから存分に魔法を学び、社会で活躍することを祈っております。健康と魔法の運用に気をつけて、ヴァラール魔法学院での学生生活を楽しんでいってください」
以上、という言葉で挨拶は締め括られた。あまりにも短かった。
「が、学院長。あまりにも短すぎると言いますか、もう少し新入生に何か」
「え?」
司会進行を務める教職員が引き攣った表情で挨拶のおかわりを要求するが、グローリアは不思議そうに首を傾げるだけだった。「この挨拶の内容に何の不都合があるのか」と言わんばかりの態度である。
「これ以上なく簡潔で、素晴らしい挨拶の内容だったじゃないか。長々と引き伸ばしてもいいことはないし、これでいいと僕は思うけれど」
「いや、学院長の威厳と言いますか……」
「挨拶の長さが威厳に繋がるの? その理屈はおかしいよ。無駄話で新入生たちの貴重な魔法を学ぶ時間が削られるぐらいなら、僕は学院長としての威厳なんて必要ないと思うね」
司会進行を務める教職員の意見は、可哀想に思えるぐらいにバッサリと切って捨てられた。最終的に涙目で「はぃ……もう大丈夫です……」なんて言っていた。
「ええと、続きまして……」
学院長のグローリアが舞台から降りた頃を見計らい、司会進行役の教師は次の演目を告げる。
「ヴァラール魔法学院生徒会会長からのご挨拶です」
途端、新入生たちがざわめいた。学院長の挨拶の時とは大違いの騒がしさである。
このヴァラール魔法学院には、世界的にも有名な生徒が在籍している。それが『生徒会長』と呼ばれる生徒だ。
『始まりの生徒』『魔法の天才』『氷結の姫君』など様々な呼び名を持つが、誰もが共通して知っている情報がとんでもなく美しい生徒であるということだけだ。さながら女神が作り出したかの如き常人離れした美しさを誇り、老若男女を視線1つで魅了する魔性の女だと。
噂に尾鰭と背鰭がついたものか、はたまた本当にこの世ならざる美人なのか。新入生の期待に満ちた眼差しが舞台上に注がれ、
――――コツン、コツ、コツン。
そんな足音を奏でながら、息を呑むほど美しい女生徒がゆっくりと舞台袖から姿を見せる。
窓から差し込む春の日差しを受けて煌めく銀糸の髪、陶磁器を彷彿とさせる白い肌。旋風を巻き起こせるほど長い銀の睫毛が縁取るのは、宝石よりも色鮮やかで引き込まれそうな青い瞳だ。西洋人形の如く整った顔立ちには温和な笑みが浮かぶ。
装飾品はおろか、模様すらもないシンプルな黒いドレスは夜の闇よりもなお黒く身体の線を曖昧にぼかし、腕に引っかけるだけに留めている厚手のローブはヴァラール魔法学院の生徒が制服として身につけるものと同じものだ。なるほど、確かに生徒らしさはある。
新入生の誰もが圧倒されていた。この世のどんな美しいものでも、彼女の前では霞むほど突き抜けた美貌を持つ魔女がそこにいたのだ。生きていないのでは――いいや、いっそ作り物ではと疑いたくなる。
「…………」
目が覚めるほど美しい銀髪碧眼の魔女は、講演台の前に到達すると身体ごと新入生に向き直る。それから呆けたような表情で舞台上に立つ生徒会長に注目している新入生たちに向けて、流れるようにお辞儀をした。
「新入生のみな」
――ちゅどーんッ!!
生徒会長が桜色の唇を開いた途端、何故か彼女が爆発した。
綺麗な頭は吹き飛び、身体は粉々に砕け散り、手足は千切れ飛んで放物線を描き新入生たちが並ぶ大講堂の床へ叩きつけられる。人間が爆発四散して吹き飛んだというのに血潮の1滴も飛び散ることはなく、舞台上は綺麗なままだ。残されたのは弾け飛んだ土のような――粘土のようなものだけ。
目の前で絶世の美女が爆発四散する光景を目の当たりにし、ポカンとする新入生。そして、
――ぱち、ぱち。
――ぱらぱらぱらぱら。
唖然としていた新入生たちが、何を思ったのか拍手をし始める。
それは果たして偽物の生徒会長が殉職したことによる哀悼の意を込めたものか、それともあんな精緻な人形を作っておきながら爆破要素を仕込んだ作者に対する称賛か。何でか分からないが、舞台上にべっとりと残された粘土の残骸に微妙な拍手が送られる。
それを眺めていた学院長のグローリアは、
「あれは多分、本人も想定していた爆発じゃないな」
「呑気なことを言ってないで、生徒会長を探してください学院長!?!!」
司会進行役の教師から泣きつかれてしまったグローリアは、とりあえず入学式に馬鹿なものを持ち込んだ生徒会長を連れ戻すべく「一旦中断してもらえる?」と言い渡すのだった。




