Days 1-8:「魔法使用倫理協定の違反になっちゃうじゃないか」
【前回までのあらすじ】
ユフィーリア「変なことを聞いてんじゃねえ」
エドワード「すんません」
由々しき事態が発生である。
「全員集合、全員集合!! 作戦会議するぞ作戦会議!!」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「承知いたしましたワ♪」
ユフィーリアが生徒会の仲間たちに集合を呼びかけると、3人が即座に反応した。さすが忠義の精神に溢れた連中である。
閲覧魔法が類を見ない誤情報を表示したのだ。情報を隠す隠匿魔法でもここまで読めない文字をずらずらと表示することはない。せいぜい『???』と表示されるだけに留められるものの、読めない文字で情報が構成されるとはあり得ない。
隠匿魔法でないとするならば、何か別の特殊な魔法だろうか。長いこと生きているユフィーリアすら知らない魔法である。最新式の隠匿魔法も習得済みな生徒会長に死角などないが、こんな隠匿魔法は知らない。
ユフィーリアはグローリアの手元に展開中の閲覧魔法の小窓を指差し、
「望み薄だが託す。あれを読んでみろ」
「読めたら何してくれるの!?」
「先に褒美を要求するとは随分と図太くなったな、ハル。購買部でお菓子買ってやる」
「じゃあ頑張る!!」
ハルアはグローリアに「見せて!!」と小窓を見せてもらったが、対面して3秒で匙を投げた。望み薄だと最初から分かっていたので失望感はない。
「俺ちゃんが読めたら何してくれるのぉ?」
「何だよ、エド。お前もご褒美がほしいのか?」
「犬にもたまには餌をくれないとねぇ」
「言うようになったな、お前」
エドワードも読めた暁のご褒美を要求してきたので、ユフィーリアは少しばかり考える。それからポンと手を打った。
「肉料理作る」
「お手製?」
「もちろん」
「じゃあ頑張ろぉ」
エドワードもやる気を見せ、グローリアの手元に展開される閲覧魔法の小窓を覗き込んだ。頑張って小窓と向き合っていたが、やはり彼でも読めなかったのか首を緩やかに横に振る。残念ながらご褒美はなしである。
では、最後に託されたアイゼルネの番だ。実のところ、彼女が本命である。
アイゼルネはヴァラール魔法学院にやってくる以前は、旅芸人をしていたのだ。世界中を巡っていたようで、あらゆる言語や文化に精通している。ユフィーリアの読めない言語でもアイゼルネならば読める可能性があるということだ。
「ワタシも読めた暁にはご褒美がほしいワ♪」
「よし分かった。読めた暁にはこの前試したがっていた化粧品の実験台になってやろう」
「気合いも入るワ♪」
例外に漏れずご褒美を要求したアイゼルネもまた閲覧魔法に挑戦するも、彼女ですら読めない文字で構成されていたのか、緩やかに首を横に振って小窓から離れた。読めないことをエドワードが馬鹿にしたような表情で挑発する。
これで誰も読めなくなってしまった。グローリアも読めず、ユフィーリアも読めない。生徒会の誰も読めない。完全にお手上げである。この世で一体誰が読めるというのか。
すると、
「あの……」
保健室のベッドを隔てるカーテンを少しだけ開けて、少年が申し訳なさそうな顔を覗かせる。
「えと、何かご迷惑をおかけしてます……?」
「いや、まあ」
ユフィーリアは言いにくそうに、
「実はな、坊ちゃん。お前の情報を閲覧魔法で読み取ったが、文字が読めねえんだよ。読めない文字で書かれてる」
「そんなことってあるんですか?」
「そんなことがないのに実現しちゃってるから困ってんだよ」
そこで、ユフィーリアは気づいた。
彼自身の情報なのだから、彼に読んでもらえばいいのだ。もしかすれば判別不明な文字すら読めてしまうかもしれない。読めなければ、彼を直接尋問すればいいだけだ。
そんな訳で、ユフィーリアは少年を手だけで呼び寄せた。
「お前、これ読めるか?」
「皆さんが読めないものを俺が読めるとは思えませんが」
少年は不安げに応じるも、言われるがまま閲覧魔法の小窓を覗き込んだ。
「ぴゃッ」
そして、何やら奇声を上げると、閲覧魔法の小窓を両手で塞いだ。
「え、あの、閲覧魔法ってこんな正確に情報が出るんですか。個人情報の取り扱いってどうなっているんですか」
「お」
ユフィーリアは目を見開いた。
少年の態度はまさに、文字を読めた前提の態度だったのだ。ユフィーリアたちでさえ読めずに匙を投げたのに、少年は小窓と向き合って数秒で解読してみせた。
これは期待大である。やはり自分の情報は自分で読ませるのが正解らしい。ユフィーリアの読みも当たった。
「よし少年、それを読んで情報を開示しろ」
「ええ……」
「読むことが出来ればお前の望みを叶えてやる。何でもいいぞ」
「分かりましたが……」
少年は戸惑う素振りを見せるも、ユフィーリアの指示に従って閲覧魔法に記載された自分自身の情報を開示する。
「名前はアズマ・ショウです。ショウが名前です。出身地は東京都」
「なるほど」
ユフィーリアは基本的な情報が開示されたところで、納得したように頷く。
「……また訳分からん地名が出てきたな。『トーキョート』ってどこよ」
「知らないねぇ」
「オレが知る訳ないよね!!」
「以下同文♪」
「僕も知らないね」
「最初からお前らには期待なんてしてねえよ。文字も読めなかったくせに」
ユフィーリアを含めて全員、閲覧魔法に記載された文字すら判別できなかったのだ。地名を知っているとは考えられない。
しかし、この少年――アズマ・ショウとやら――は一体何者なのだろうか。名前の配列から判断して極東地域が出身であるというのは予想できるが、極東地域に『トーキョート』なる地名があるとは聞いたことがない。閉鎖的な土地なので出回っている情報が古く、新しく出来た都市名だろうか。そうだとしても一切合切が耳に入ってこないのはどうなのだろう。
全員して首を傾げる中、ショウが「あの……」とおずおずと挙手する。
「妄想とか夢とか鼻で笑ってもらって構わないんですけれど」
「おう」
「ここって、異世界だったりします?」
「は?」
意味不明な質問が飛んできて、ユフィーリアは疑問符で返していた。
異世界とは一体何か。言葉の意味であれば、現在の世界とは異なる世界。この世界が『異世界』というのはちょっと考えられない。
ユフィーリアは生まれてから現在までこの世界で生きてきた。この世界の言葉を学び、文化と共に暮らし、魔法を使い、今日まで生きているのだ。それが急に異なる世界認定を受けるとは如何に。意味不明である。
ユフィーリアの表情が険しいものにでもなっていたのか、ショウがワタワタと慌てた様子で付け足してくる。
「えと、あの、ちょっと語弊があると言うか。あの、異世界っていうのは俺にとっての異世界と言いますか」
「ほーん」
「そちらからすると、えっと、俺が異世界人というか、異世界出身となりますかね。あの、馬鹿みたいに聞こえるんですけど、そう考える方が現実的と言いますか……」
「異世界人?」
ユフィーリアは訝しげに言葉を繰り返した。
異世界人、という言葉に信じられなさもあるが、同時に納得もした。閲覧魔法に表示された読めない文字の羅列が異世界の言葉で構成されていたのだとすれば、説明もつく。
話し言葉の訛りの部分も、異世界流ということだろう。どこの田舎出身かと思ったら、この世界とは異なる世界からやってきたというのだから驚きだ。
つまり、アズマ・ショウなる少年は異世界から召喚された人物ということになるのだが、
「いやいや、あり得ねえだろ」
「だよねぇ」
「だね!!」
「そうネ♪」
ユフィーリアをはじめとした生徒会は、荒唐無稽な冗談として一蹴した。
異世界から召喚したとなれば、召喚魔法が用いられたということになる。召喚魔法とは悪魔や妖精、果ては神々などといった別次元に存在する生命体を魔法陣を通じて呼び寄せる魔法のことである。当然だがヴァラール魔法学院でも人気の高い授業分野だ。
この召喚魔法で呼び寄せられた召喚物は、召喚魔法を行使した魔女や魔法使いの保有魔力で維持される。魔力が切れたら強制的に送還されるのだ。その消費魔力は召喚物が特殊であればあるほど大きくなる傾向にあり、異世界人を召喚した場合の消費魔力は計り知れない。
「え、何でですか? 確かに荒唐無稽だとは思いますが」
「お前を異世界から召喚した場合の消費魔力を考えると効率が悪すぎる。維持も考えると即座に強制送還だよ」
「魔力」
「魔法を使う為に必要なエネルギーのことだ。生まれつき魔力の総量は決まってて、お前を異世界から召喚して現在まで維持してるとなると膨大な魔力を必要とするんだよ」
異世界から人間を召喚することがどれほど難しいかを説明すると、ショウも不承不承といった感じで納得するのだが、これに異を唱える魔法使いがいた。
「いや、そんなことないと思うよ」
否定したのは、ヴァラール魔法学院の学院長であるグローリアだった。
「彼の言う通り、異世界人とするのが正しいんじゃないかな。現に閲覧魔法の文字は僕たちでは読めなかったのに彼には読めたし。言葉のイントネーションや彼の態度とか鑑みると、この世界の人間らしいとは言えないしね」
「じゃあ本当に異世界から人間を召喚したって? その維持はどうやってんだよ」
「世の中には僕たちの常識の及ばない出来事が起きるのは常だよ、ユフィーリア。無尽蔵の魔力を持つ魔法使いや魔女は探せばいるさ。少ないだろうけどね」
グローリアの言葉に、ユフィーリアも「確かにそうか」と頷いた。
魔法を学んでいると、自分の常識の埒外な出来事があってもおかしくはない。荒唐無稽な冗談とも呼べるものを、現実のものにする魔女や魔法使いだって世の中には数多く存在する。今回もまたそういうものなのだろう。
しかし、グローリアの表情は険しかった。せっかくショウの正体が分かったというのに。
「何か問題でもあんのか?」
「いやね、ショウ君が異世界から召喚された異世界人だとして」
グローリアはショウに視線を向けると、
「ショウ君はヴァラール魔法学院の上空に召喚されたってことだよね」
「そうだな」
「座標が狂ったとしても、召喚対象をヴァラール魔法学院の上空に放り出すのはおかしい。つまり魔法を使った人間は、ヴァラール魔法学院の関係者ってことになるね」
「まあ、そう考えるのが妥当だな」
「それだとまずいんだよ。非常に」
眉根を寄せるユフィーリアに、グローリアが「だって」と言葉を続けた。
「これ、誘拐でしょ。どんな目的であれ、魔法を使って他人を誘拐しちゃったら魔法使用倫理協定の違反になっちゃうじゃないか」
「あ」
グローリアに指摘されて事の重大さにようやく気づくユフィーリアだったが、ただ1人だけ状況を理解していないショウは首を傾げるばかりだった。




