Days 1-9:「ようこそ、ヴァラール魔法学院へ」
【前回までのあらすじ】
ショウ「個人情報が漏洩している」
ユフィーリア「仕方ねえだろ。お前、今は身元不明だぞ」
さらに由々しき事態が発生した。
具体的に言えば、世間に知れ渡ればヴァラール魔法学院の評判が失墜するほどの大スキャンダルである。
「どうするんだよ、おい!! 洒落にならねえぞ!?」
「僕に言われても困るなぁ」
グローリアの両肩を掴んで、ユフィーリアはガクガクと揺さぶる。
魔法使用倫理協定とは、魔法の使用を制限する法律である。『魔法を倫理的に考えて悪いことには使わないようにしよう』という内容で、違反すれば厳しい罰則が与えられる。内容次第では死刑になり得る可能性もある。
例えば生贄を使用した魔法の行使、例えば魔法による他人の支配、例えば魔法による環境汚染、例えば魔法で他人を操って犯罪行為に加担させる行為など魔法を使用して罪を犯したり他者に迷惑をかけるような行動は違反の対象になる。今回、ショウを魔法で誘拐した場合も魔法使用倫理協定に違反していると言えた。
そして、それを実行したのがヴァラール魔法学院の関係者だと推測されている。知れ渡れば間違いなく信頼が地に落ちる。
「とにかく、まずはショウ君の保護と彼を召喚した召喚者を探すことが先決だね。世間に知られる前に召喚者を追い出すことが出来ればいいんだけど」
「教職員と上級生を捕まえて、片っ端からぶん殴れば吐くかな」
「ユフィーリア、その方法が通用するのは一般の学校までだよ。ヴァラール魔法学院の教職員数と生徒数を知らない訳ないよね?」
拳を握りしめて暴力を主張するユフィーリアだったが、グローリアの正論で拳を引っ込めざるを得なかった。
ヴァラール魔法学院はこの世の魔法使いと魔女の楽園と呼ばれるだけあって、在籍している教職員数も生徒数も他の学校とは桁違いに多い。生徒総数だけでも2万人を軽く超すが、教職員数はその2倍は勤務している。それで学院の運営が成り立っているのかと疑問に思うだろうが、成り立ってしまっているのが現状だ。
そんな彼らを丁寧に1人ずつ捕まえて、頬を張り倒して「この異世界人を召喚したのはお前か」と尋問していけば、一体どれほどの時間がかかるか計り知れない。召喚魔法の刻限が訪れてショウが元の世界に戻るのが先か、生徒会が犯人を捕縛するのが先か。
グローリアはポンと手を叩き、
「そんな訳で、ユフィーリア。君たち生徒会が保護してあげなよ」
「お前が提案したのに、結局こっちに丸投げか?」
ショウの存在を犬か猫の愛玩動物と同等とでも見ているのか、異世界人の世話をあっさり生徒会に投げて寄越すグローリア。この学院長、人間の心とかは親の胎の中に置いてきたらしい。
正直な話、引き受けるのは吝かではない。知り合いすら存在しない世界にたった1人で放り込まれた異世界出身のショウに、哀れみすら覚える。助けたのもユフィーリアであるので、最後まで面倒を見るのは道理だ。
だが、懸念事項がある。ショウを保護すると決めた以上は、彼は生徒として扱われる訳だ。つまり広義的に見れば右も左も分からない新入生である。
そんな訳で、
「この坊ちゃんを面倒見るのは生徒会だな?」
「うん」
「じゃあ、この坊ちゃんの取り扱いは新入生ってことだな?」
「そうだね。あとで臨時の学生証を発行しなきゃ」
「おう、そうだな。――じゃなくて、授業とかは当然だけど1学年と同じものを受けるってことだよな」
「まあ、そうなるね。魔法の授業に興味を持ってくれればの話だけど」
「レベルが違いすぎるよな?」
「うん?」
ユフィーリアの言葉に、グローリアはそれがどうしたと言わんばかりに首を傾げた。
「君ならどこの授業でもやりたい放題じゃないか、生徒会長なんだから」
「馬鹿野郎」
平然とそんなことを宣うグローリアに、ユフィーリアは単純な罵倒の言葉をぶつけてやった。考えている懸念が違う。
「あのな、アタシぐらいの魔女が1学年の授業に混ざってみろよ。坊ちゃんをはじめとした1学年どもが萎縮して授業どころじゃなくなるだろうが」
「そうかなぁ」
「エドの顔も怖いしな。余計に怖がらせるだけだろ」
「おいこの馬鹿会長」
副会長のエドワードをダシに使ってみたが、当の本人からは不興を買うだけだった。不機嫌そうだが事実である。エドワードの背後でアイゼルネが笑いを堪えるようにそっぽを向いた。
入学したてで右も左も分からない新入生の中に、自他共に認める魔法の天才である生徒会長が紛れ込めば確実に新入生たちは萎縮する。自由な発想で魔法の授業に取り組むのがヴァラール魔法学院の持ち味なのに、彼らの個性を活かすことなく押し潰されてしまうのは生徒会長としても由としない。
かと言って、逆は危険すぎる。保護するならば側に置いておくのが最適解だが、ユフィーリアが受ける授業に魔法初心者のショウを放り込む訳にはいかない。そんなことをすれば、下手に動いて死に至らしめてしまう可能性だって大いにある。
すると、
「オレは大歓迎!!」
弾けた笑顔を見せたハルアが挙手する。彼は何の発言もせず、ただオドオドと成り行きを見守っていたショウに抱きついて、自分の頬をショウの頬に押し付けた。そのままもちもちすりすりと頬擦りをする。
「オレが側にいるよ!! 先輩だから後輩の面倒は見なきゃ!!」
「ハル、新入生の授業にもついて行かなきゃいけないんだぞ。出来るのか?」
「オレ、1学年の授業内容すら分かんないね!! 一緒にお勉強するよ!!」
「おいコラ、聞き捨てならねえことが聞こえたぞ今。視線を逸らすな。坊ちゃんを盾にするな。おい」
余計なことを言ったとでも察知したか、ハルアはショウを盾にして隠れた。情けない先輩である。
だが、ハルアがここまで申し出てくれているのだ。ここは生徒の自主性を尊重して任せてやるのが吉かもしれない。ハルアの側にはエドワードも控えてくれているし、問題はないだろう。
総合的に判断して、ユフィーリアは「よし」と頷く。
「ハル、犬猫と違うんだからな。ちゃんと面倒見てやれよ」
「あいあい!!」
ハルアは元気よく返事をすると、ショウに再び頬擦りし始めた。先輩として後輩にマーキングでもしているのだろうか。犬猫になったのは自分のことらしい。
「そんな訳でだ、坊ちゃん。巻き込まれて災難だが、改めてお前を歓迎しよう。ようこそ、ヴァラール魔法学院へ。生徒会長のユフィーリア・エイクトベルだ」
「あう、えと、はい。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「堅苦しいな、ショウ坊ちゃん。――呼びにくいからショウ坊でいいか」
「呼びにくい……」
自らの名前を「呼びにくいから」という理由であだ名を与えられてしまったショウは、心なしか少しだけしょんぼりと肩を落としていた。異世界人からすれば一般的な名前だろうが、あまりにも短い名前だとかえって呼びにくいのがユフィーリアの本音である。
「それで、お前の面倒を見てくれる先輩がハルア・アナスタシスだ。存分に甘えていいぞ、アタシが許す」
「頬擦りされているのは気に入られたからでしょうか」
「さあな。そいつの行動は突拍子もないから分からん。実害が出てる訳じゃねえし、放っておけばそのうち治る」
いつまで経っても頬擦りを止めないハルアの代わりに、ユフィーリアが彼のことを紹介する。紹介を受けたことでハルアも一時的に頬擦りを中断して「よろしくね!!」と返すも、再び頬擦りを開始した。何が彼をそうさせるのか。
さて、最後にエドワードとアイゼルネである。ショウの面倒を見ることに異論はないようで、先程から手持ち無沙汰にこちらを見ているだけである。どこか得体の知れないショウを警戒しているようにも見えるが、気のせいだろう。
ユフィーリアは少し考えて、彼らの紹介は簡略化することにした。決して面倒だった訳ではない。
「あそこの顔が怖い方が副会長のエドワード、顔を隠してるメイドがアタシの侍女のアイゼルネだ。いじめられたら言えよ」
「ユーリぃ、俺ちゃんのことを何だと思ってんのぉ。さすがにそろそろ怒るよぉ」
「ユーリ、酷いワ♪」
適当に紹介されたことにエドワードとアイゼルネがほぼ同時に異議を唱えてくるが、ユフィーリアはしれっと無視を決め込むのだった。訂正するなら各自で頼む。




