Interlude 0:「はいこれ。臨時で発行した学生証ね」
【前回までのあらすじ】
ショウ「わあ……魔法学校に入学しちゃったや……」
自分の顔写真が印刷された手帳を渡された。
「はいこれ。臨時で発行した学生証ね」
「ありがとうございます」
学院長のグローリア・イーストエンドから学生証を受け取った翔は、矯めつ眇めつそれを観察する。
ヴァラール魔法学院に在籍する学生としての証明書だけではなく、メモ帳や校則を確認する際の手帳としても機能する様子である。試しにパラパラと手帳を捲ると、上質な紙が真っ白な状態で綴じられていた。見聞きしたことを記録すれば忘れないだろう。
だが、問題は校則が記されている箇所である。文字が読めないので何が書いてあるのかさっぱり理解できない。翔の情報を閲覧魔法で読み取れなかったように、翔もまたこの世界の文字が読めなかった。
難しげな表情でじっと学生証を――特に校則が記されただろう文章を読み解こうとする翔に、グローリアが不思議そうに問いかけてきた。
「どうしたの? 写真に何かご不満が?」
「いえ、写真に不満は――え?」
学生証に掲載された自分の顔写真を改めて確認すると、そこには誰もいなかった。確かに無表情な自分の顔がそこにいたはずなのに。
空っぽとなった写真の部分を眺め、翔は慌てて手帳を裏返したり中身を確認したりする。それでも写真の中の自分は存在しなかった。これは夢か、それとも何らかの条件が必要になってくるのか。
混乱する翔の学生証を覗き込んだグローリアは、納得したように頷いた。
「ああ、写真かな。ずっとそこにいる訳ないじゃないか。君が動き回るように、写真の中の君も動くよ」
「怖いですね」
「そうかな? 生きていれば当然だと思うけれど」
グローリアがさも当然とばかりに語る。
翔にとっての常識は、写真は動かないものである。その時の風景を1枚の紙に収めるのが写真の素晴らしさであり持ち味だ。被写体が動くなど、写真の意味を殺しているようなものではなかろうか。
いや、この世界にとって写真は動き回るのが常識なだけである。自分の埒外なことが起きても、ここは異世界だ。それが普通と考えなければならない。
すると、
「終わったか?」
「うん、学生証も発行し終わったから平気だよ」
銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルに呼びかけられ、グローリアがにこやかな笑顔で応じる。
「ショウ坊、学生証は寮に入るのに必要だからな。なくすなよ」
「分かりました」
ユフィーリアに言われ、翔は学生証をしっかり両手で握りしめる。お財布などの貴重品はおそらく元の世界に置いてきてしまったので、この世界に於ける唯一無二の身分証である。なくすなんてことがあったら、本当の意味で身元不明人になる。
制服のポケットに入れておけば、ふとした拍子に落としたりする可能性も考えられた。善良な生徒ならばどこぞに届けておいてくれるだろうが、世の中には他人の個人情報を悪用しようと企む人種もいくらかいる。学生証を取り出す際は、なくさないように気をつけなければならない。
臨時の学生証から伝わってくる妙な重みを知覚して、翔は苦い表情をひっそりと浮かべる。ネガティブな思考回路はよくない。
「じゃあ、僕は学院長室に帰るね。彼のことをよろしく頼むよ」
「おう」
朗らかな笑みを絶やさないグローリアは、ひらりと右手を振るとその場から忽然と姿を消した。まるで最初から存在していなかったかのような、不自然なようで自然な消え方だった。
おそらく魔法で別の場所に移動したのだろうが、移動の仕方があまりにも自然な動作すぎた。別れ際、ひらりと右手を振った行動が魔法の発動条件だったのだろう。
学院長が姿を消したことについてあれこれ考えていると、翔の右手を誰かが掴んだ。人肌による温かさが右手を包み込み、翔の意識が引き戻される。
「ショウちゃん!!」
「わ」
耳元で馬鹿みたいに大きな声が突き刺さる。声のボリューム調整が出来ていない。
弾かれたように顔を上げると、先輩のハルア・アナスタシスがニコニコの笑顔で翔の右手を握っていた。握り潰されそうで本能的な恐怖を感じるが、意外にも彼の手を握る力加減は優しい。
ハルアは翔の手を引くと、
「行こ!!」
「は、はい」
先輩に手を引かれ、翔はどこかに連行される。
これから異世界での生活が始まるが、果たして無事でいられるか。そんな不安が脳裏をよぎった。




