Interlude 1-1:「男子寮? ホテルではなく?」
【前回までのあらすじ】
ショウ「学生証もらった」
ヴァラール魔法学院は全寮制の魔法学校である。
周囲は険峻な霊峰の群れに囲まれ、豊かな大自然の中にポツンと存在している白亜の城は人里から完全に隔離されていると言ってもいい。世の中には『魔法』と呼ばれる技術が犇めいているが、魔法を使うのも無料ではないだろう。こんな辺鄙な場所まで自宅から通学してくる生徒は、それは大変な苦労がかかるに違いない。
だからこそ、全寮制という選択肢は非常に効果的である。自宅から遠い生徒も安心して授業に臨める設計だ。ホームシックになる可能性もなくはないが、周囲には同じ魔法を学ぶ仲間たちがいる。彼らと過ごしていくうちに、家族と離れた傷は癒やされることだろう。
「そんな説明を経て、ここが学生寮の入り口だ。ちゃんと覚えたか?」
「はい」
麗しの生徒会長様であらせられるユフィーリアの案内で連れてこられた場所は、ヴァラール魔法学院に併設された学生寮――寮棟と呼ばれる場所の入り口だった。
円形のホールに瀟洒な見た目の扉が対面するように設置されているだけで、他には何もない。大理石の床は幻想的な幾何学模様を描いており、踏むことを躊躇うぐらいに綺麗に磨かれている。高い天井には青空と太陽と月の絵が全体的に描かれており、室内であることを感じさせない奥行きを感じた。
まるで西洋の宮殿の如き豪華な見た目の扉は、片方にはとんがり帽子を被った魔法使いの様子を描いたステンドグラスが、もう片方には箒に乗って空を飛ぶ魔女の姿を描いたステンドグラスが嵌め込まれている。どちらがどの寮であるのか、一目瞭然だった。
ユフィーリアはひらひらと手を振り、
「じゃあ、また明日。何か嫌なことがあったら言えよ」
「多分、大丈夫かと思います」
翔はちらと手を繋いだ状態で隣に立つハルアに視線をやった。
今のところ、彼は手を繋ぐことと頬擦りする以外には何もされていない。暴力を振るわれることもなければ、暴言を吐かれるような真似もない。もしかしたら生徒会長の目があるから猫を被っているだけに過ぎないのかもしれないが、翔に対して悪いことをする雰囲気は見られなかった。
ユフィーリアは心配そうな目をハルアへと向け、
「ハル、ちゃんと面倒を見てやれよ。置いて行かないように」
「ちゃんと面倒見るよ!!」
ハルアは証拠を提示するかのように、翔と繋いだ手を見せつける。
「ちゃんとお手々繋いでるもん!!」
「それはお前がどこかに行かないようにのリードだろ」
「犬扱い!!」
「ショウ坊を引き摺ってどこかに行くなよ。ちゃんと丁寧に扱ってやれ」
ユフィーリアはそれから青色の瞳に冷たい光を宿し、
「そしてついでにショウ坊を異世界から誘拐してきた馬鹿たれを見つけたら、迷わず処せ。生死は問わない」
「あい」
いつもの元気な雰囲気はなりを潜め、ハルアは真剣な表情で頷いた。
翔はどうやら、この世界に『誘拐』されたらしい。召喚魔法の要領でヴァラール魔法学院の上空に投げ出され、新入生に混じって落下中に生徒会長のユフィーリアから救助されたのだ。――どうして新入生が高高度から自由落下する羽目になったのか。
魔法によって誘拐されたので、翔がこの世界にいることが出来るのは召喚魔法を使った何某の魔力が途切れるまでの期限付きだ。その前に誰かが接触してくれば犯人だし、期限が到来して翔が元の世界に帰ることが出来る方が先かもしれない。世の中は何が起きるのか分かったものではない。
「じゃあ頼むぞ、ハル。エドも、ショウ坊の面倒を見てやるように」
「はいよぉ」
「あい!!」
ユフィーリアから命令を受け、ハルアの他に生徒会副会長のエドワードが返事をする。
翔は密かに緊張した。何と言うか、おそらくエドワードからはいい印象を持たれている気配がないからである。
これはあくまで予想だが、彼は生徒会長に熱を上げていると言ってもいい。今は生徒会長の目があるので暴力も暴言もないが、生徒会長が姿を消した途端に翔をゴミのように扱うかもしれない。自分の身を守る為にも、ハルアの側を離れないようにしようと決意を固めた。
「じゃあな、おやすみ」
「ショウちゃん、ゆっくり休んでネ♪」
そう言って、ユフィーリアは自らの侍女である仮面美人――アイゼルネを伴って魔女のステンドグラスが嵌め込まれた扉の向こうに消えた。
扉の向こう側から、女性の甲高い声が聞こえてくる。男子禁制の花園は、さぞいい匂いがする気品溢れる空間となっていることだろう。翔には絶対に潜り込めない場所である。
さて、
「えと……」
「ショウちゃんは俺ちゃんとハルちゃんのお部屋で寝泊まりするからねぇ」
「あ、はい」
すでに男子寮での過ごす部屋も決められており、翔は何も言えなかった。部屋を間借りさせてくれるだけありがたい話である。
ただ、翔の存在を快く思ってくれていないだろうエドワードとの共同生活は、どうにも緊張感がある。寝ている間に外へ連れ出されていないかと一瞬だけ心配になった。
せめて明日は無事に迎えられるようにと胸中で祈ると、
「ショウちゃん」
不意に、エドワードから名前を呼ばれた。
翔が「はい」と応じて振り返ると、エドワードが何故か大きな手のひらで頭を鷲掴みにしてきた。片手だけではなく両手で、翔の頭部を挟み込むような形で。
あわや頭を押し潰されるのでは、という恐怖に駆られた。エドワードの手のひらは翔の頭部を簡単に包み込めるほど大きく、手の皮も分厚めである。これほど筋骨隆々の大男に左右から頭を挟まれれば死を覚悟する。
ああ、ここで死ぬのか。翔が己の身に迫る死を覚悟した、その時。
「かーわーいーいー」
「わ」
わしゃわしゃと容赦なく頭を撫でられた。
まるで犬猫でも愛でるかのように、やや雑な手つきでわしゃわしゃと翔の髪の毛を乱してくる。ついでと言わんばかりに頬も丹念に揉み込まれた。「ほっぺももちもちだねぇ」なんて言葉が降ってくる。
これは一体何の真似だと顔を上げると、
「お肌もすべすべだし、どこもかしこも小さくて細っこいしぃ。何この可愛い生き物ぉ、小動物みたいじゃんねぇ」
「もゆゆゆゆゆゆ」
何やら先刻までの怖い顔はどこへやら、デレデレの表情で翔の頬をもちもちと揉み込むエドワード。おかげで口から変な声が出てしまった。
「あにょ、んむ、エドワードしゃ、もぎゅ」
「頭も小っちゃーい」
「わわわわわわわ」
両手で頭をぐわんぐわんと撫でられ、翔は揺れる視界に混乱した。ぬいぐるみになった気分である。子供にしっちゃかめっちゃかにされるぬいぐるみの気持ちが理解できた。
たっぷりと3分ほど頭をぐわんぐわんと撫でられ、頬をもちもちと揉まれ、ついでに手首の細さや腕の太さに関しては「細いんだけどぉ!! こんなの折れちゃうよぉ!!」なんて批判のおまけ付きである。ようやく解放された時、翔はヘロヘロとその場に膝をつきそうになった。
あまりの猫可愛がりっぷりに、翔は目を白黒させる。警戒されていたのではないのか。
「ショウちゃん大丈夫!?」
「え、あの、これは一体何……?」
「エドね、子供とかそういうのが好きだからね!! ショウちゃんのこともナデナデしたくてウズウズしてたんでしょ!!」
おそらく生徒会長の目があるので格好をつけていただけであり、本当は翔を撫でてやりたかったのを我慢していただけに過ぎなかった。それであんな顔も怖いし変なことを口走っていた訳である。
ともあれ、嫌われていないことは理解できた。命の保証が大幅に強化である。生徒会副会長も後ろ盾についてくれるのであれば、翔の魔法学校での生活も安泰だ。
「えと、不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
「こちらこそぉ」
笑顔で応じたエドワードだが、一転して真剣な表情で言う。
「お家に帰るまでに太らせるからねぇ」
「何故!?」
「そりゃあ、そんな細っこいしねぇ。栄養不足で倒れちゃうよぉ」
手首の細さや腕の太さを指摘されて、翔は首を傾げる。翔にとっては平均的な太さだし、手首の細さは否めないが成長期なのでそのうち成長するものだと思っていた。どうやらこの世界では、翔ぐらいの細さだと栄養失調を疑われるようである。
「んじゃあ、お部屋に行こっかぁ。とっととショウちゃんにご飯を食べさせてあげないと倒れちゃう」
「おやつも食べさせてあげないとね!!」
「あの、お構いなく……人並みでいいので……」
ハルアに手を引かれ、先導するエドワードについて翔は魔法使いのステンドグラスが嵌め込まれた扉を潜る。
扉を潜った途端、目の前の光景が切り替わった。何と言うか、雰囲気がガラリと変わったのである。
円形の広々とした部屋は6階層をまとめてぶち抜いた吹き抜け構造となっており、高い位置にある天井から巨大なシャンデリアが吊り下がる。一目で高級そうな見た目のソファがそこかしこに配置され、誰でも利用できるようになっていた。さらにはバーカウンターもあり、飲み物の提供も行われている様子である。
結論から言おう、高級ホテルのロビーに来たかのような見た目だった。学生寮ではなくリゾートホテルだったか?
「ここが男子寮ねぇ」
「男子寮? ホテルではなく?」
「ホテルじゃないよ!! 見た目は豪華だけど!!」
高級ホテルもかくやとばかりの豪勢なロビーを有する学生寮に、翔は圧倒されるのだった。




