Interlude 1-2:「男子寮で酔っ払いを見つけたら気絶させるか殺すぐらいしないといけないよ」
【前回までのあらすじ】
ショウ「ここは本当に寮ですか? ホテルではなく?」
男子寮が高級ホテルのような見た目をしていた。
さすが名門魔法学校である。
「わあ……わあ……」
「ショウちゃん、談話室がどうかしたぁ?」
「何か見つけた!?」
「談話室なんですね、ここ」
あまりにも豪勢な内装の男子寮に、翔は圧倒されっぱなしだった。
扉を潜り抜けた先は、別世界かと思うほど豪勢な部屋が待ち構えていた。どうやらここは男子寮の談話室らしい。談話室ではなく、高級リゾートホテルのロビーだと説明された方が遥かに納得できる。
足元はふかふかの絨毯が敷かれ、何人かで集まって談笑する為に設置されただろうソファセットは見るからに高級品である。火の消えた暖炉の前にはクッションが何個か転がっており、寒い日には特等席として争奪戦が起きそうだ。談話室の左右には廊下が伸びており、生徒たちの使う寮部屋に繋がっていることだろう。
そして何より、極め付けは寮という施設には似つかわしくない『バーカウンター』の存在である。仮にも魔法を学ぶ教育機関で酒を提供するような場所があってたまるか。
「あの、バーカウンターなんてあっていいんですか」
「あそこにあるのはジュースばかりだから好きに飲んでいいよぉ」
エドワードが軽い調子で説明し、
「お酒が飲みたいなら学生街のお店とかぁ、あと購買部とかに行けば売ってくれるよぉ」
「……あるんですね、お酒を提供してくれるお店。学校内に」
「世の中ねぇ、飲まなきゃやってらんないってことはあるからぁ」
魔法学校の生徒を代表する生徒会、その副会長である先輩の口から語られたくなかった真実が飛び出してくる。魔法学校の生徒でも「飲まなきゃやってらんねえ!!」と思う瞬間があるのだと考えると、彼らも人であると納得できた。
よく考えれば、教育機関であっても大人の存在がいるだろう。大人がいれば必然的に酒を求める人もいる。それぞれの生き方があるのだ。そう思うことにしておこう。
翔がそう自分自身が出した結論に納得すると、
「学生の皆さんも大変ですね」
「ショウちゃん、とても綺麗な笑顔だけど憐れんでいたりするぅ?」
「いえ、そんなことは」
多少はあるかもしれないが、表情には出さないでおく。「学生の本分は勉強だろ、酒に溺れる暇があるなら勉強しろ勉強を」となんて微塵も思ったりしていない。
「それにしても、学生寮って静かなんですね。全寮制の学校に通う機会なんてなかったので新鮮です」
「どこかの部屋で新入生歓迎会をしてるんだと思うよ!!」
「なるほど」
男子寮があまりにも静かすぎるので翔が指摘すると、ハルアが静かな理由を話してくれた。その理由に翔も納得する。
聞いたところによると、今日はヴァラール魔法学院の入学式だったようだ。大勢の新入生が、この名門魔法学校の門扉を潜った訳である。めでたい日を祝う為のパーティーが催されているとは簡単に予想できるが、普通は談話室でやらないのだろうか?
翔の疑問が顔に出ていたのだろう。エドワードが簡単に説明してくれた。
「昔ねぇ、お酒で酔っ払って談話室をしっちゃかめっちゃかにした生徒がいたからねぇ。談話室で新入生歓迎会はやらなくなったのよぉ」
「……念の為に聞きますが、エドワードさんがやった訳ではないんですよね?」
「黙秘」
「何故」
「黙秘」
翔の疑問に答えてくれなかったので、予想は出来てしまった。おそらく原因はエドワードだろう。いや、エドワード1人だけではないにしても、原因の1人である可能性は高い。
試しにハルアへと視線をやると、彼もニコッと誤魔化すように笑っただけだった。原因はここにもいた。生徒の代表的な存在である生徒会の信頼が、早くも翔の中で危ぶまれている。
重たい空気を振り払うかのように、エドワードが「さてとぉ」と話を切り替えた。話を逸らす、という表現が正しいかもしれない。
「俺ちゃんたちのお部屋は寮の最上階ねぇ。1階から順番に1学年、2学年って学年が上がるごとに階層も上がっていく仕組みだよぉ」
「お引越しが大変そうですね」
「魔法を使えばどうってことはないよぉ」
エドワードが「んでねぇ」と言い、部屋の奥を指差した。
談話室の奥には、古めかしい見た目のエレベーターが設置されていた。金属製の網戸の向こうには、鋼鉄製の扉が行く手を塞いでいる。扉の脇にはレバーが取り付けられており、あのレバーを倒してエレベーターを呼ぶのだ。
視線を辿ると、エレベーターは透明な筒の中を移動する様子だった。透明な筒が各階層を繋いでいるような見た目をしている。あの透明な筒の中から談話室を拝むことが出来そうだ。
「あれがねぇ、最上階まで行けるエレベーターねぇ」
「エレベーターなんてあるんですね」
「そりゃあ、あるよぉ。重要な機密情報を簡単に持ち出させない為の工夫だねぇ」
エレベーターにそんな機能があるとは思わなかった。運用方法を間違えているのではと思わない気がしないでもないが、この世界には魔法がある。そんな便利な魔法をかけられているとは否定できない。
「じゃあお部屋に行こっかぁ。俺ちゃんとハルちゃんのお部屋は最上階にあるからねぇ」
「眺めもよさそうですね」
「もう最高よぉ。晴れの時は満天の星空がいつでも見えるしぃ、周りは静かだからどれだけ騒いでも怒られないしぃ」
「おお、それは凄いですね」
満天の星空が見えるのは魅力的である。翔の暮らしていた元の世界では空気が澱んでいるからか、星空は空気の綺麗な僻地まで行かなければならなかった。満天の星空は幼い頃に授業で行ったプラネタリウムの作り物の空ぐらいしか見たことがない。
晴れていればいつでも天体観測が出来ると言われれば、ちょっと心が躍る。星空を見たことがないので、飽きるほど星空を拝んでみたいところだ。頑張って夜更かしをすれば見られるだろうか。
そんな会話を交わしながら、エドワードがエレベーターを操作する。扉の横に取り付けたレバーを押し倒すと、ガチャガチャと歯車が噛み合うような音がどこからか聞こえてきた。
「ハルちゃん、そういえば部屋を片付けたぁ?」
「黙秘!!」
「朝、ちゃんと片付けろって言ったじゃんねぇ。何でやってないのぉ」
「ユーリの人形を作ってたから!!」
「ッたく、あの馬鹿会長。生徒を巻き込むなって言ってんのに……」
「主にエドとアイゼがケチをつけてきたところを直すのに時間がかかったんだよ」
エレベーターを待つ間、エドワードとハルアの会話が交わされる。何やら翔の知らないところで何かをやっていたらしい。詳しく聞きたいところだが、話の腰を折るのもあれなので黙っておくことにする。
――チーン。
その時、エレベーターが到着したことを告げる鐘の音が耳朶に触れる。
二重扉が左右に収納されていく。まずは鋼鉄製の重厚な扉が左右に開き、次いで金網の部分が自動的に左右へ収納されていく。魔法の技術が当たり前に存在するこの世界に、全自動のエレベーターがあることに驚いた。おそらく魔法で動いているのだろうが、何の魔法かは皆目見当がつかない。
そして、エレベーターの狭い籠の中には、すでに先客がいた。金色の髪を持った中肉中背の男子生徒である。眠たげに翡翠色の瞳を瞬かせ、赤ら顔を揺らしながら「んー?」と首を傾げる。ツンとアルコールの独特の臭いが鼻孔を掠めた。
男子生徒はふらふらとエレベーターから降りてくると、
「あれぇ、副会長じゃんかぁ。うへへへへナイス筋肉!!」
「ちょッ、酒臭ぁ!!」
男子生徒に抱きつかれたエドワードは、アルコールの臭いに思わずと言った様子で叫ぶ。酔っ払いを引き剥がそうと躍起になるも、酔っ払いの方が異常な腕力を発揮させて引っ付いているので離れない。
それどころか、エドワードの鍛えられた肉体の感触を楽しむように彼の身体を弄っているようである。これは見ていいのだろうか。どんな反応をすればいいのか分からず、翔は固まるばかりである。
動けない翔の代わりに行動したのは、ハルアだった。彼は酔っ払いの男子生徒の背後に素早く回り込むと、
「ていや!!」
「ぐはッ」
後頭部を思い切り殴る。
殴られた男子生徒は、呻き声を発すると共にエドワードにもたれかかる。そのまま動かなくなってしまった。脳震盪を起こしたのだろう。
エドワードは動かなくなった男子生徒の状態を確認すると、まるで荷物を持つように首根っこを引っ掴むと談話室のソファに投げた。柔らかなソファに着地を果たした男子生徒はピクリとも動かず眠りにつく。死んでいないことを祈るばかりだ。
やれやれと肩を竦めたエドワードは、
「あんな感じで酔っ払いがいるから気をつけようねぇ」
「あの人は平気なんですか?」
「うーん」
翔の質問に首を傾げたエドワードは、ハルアに顔を向けた。
「ハルちゃん、殺したっぽい?」
「手加減はしたから多分死んでない!!」
「じゃあいっかぁ」
酔っ払い男子生徒の介抱を放棄して、エドワードはエレベーターに乗り込む。翔もハルアに手を引かれるまま、エレベーターに乗る。
「本当に大丈夫ですか、あの人。介抱とか……」
「ショウちゃん、男子寮で酔っ払いを見つけたら気絶させるか殺すぐらいしないといけないよぉ」
「ショウちゃんはオレが守るからね。大丈夫だよ」
「そんな危険なんですか、酔っ払い」
先輩から伝授された酔っ払いの対処法に戦慄する翔をよそに、エレベーターは動き出した。




