Interlude 1-3:「あの丸太小屋にお住みなんですか?」
【前回までのあらすじ】
ショウ「酔っ払いに対する態度はあれでいいのか?」
ハルア「いいんだよ!!」
ぐんぐんとエレベーターが上昇していく。
「最上階ということは、ここの建物は7階建てですか?」
「最上階は屋上だよぉ」
「え?」
「屋上だよぉ」
エドワードの言葉に固まる翔は、エレベーターが到着を告げる鐘の音を聞いた。
――チーン。
エレベーターが僅かに振動して止まる。分厚い鋼鉄製の扉が左右に割れ、さらに金網が収納されて翔たちをその先の世界へと誘う。
扉が開いたその先には、綺麗な屋上庭園が広がっていた。ガラス製のドームが天井を覆い、晴れ渡った青空を拝むことが出来た。燦々と暖かな陽光が降り注ぐ屋上庭園は色とりどりの花々が咲き乱れ、丁寧に整えられた芝生が敷かれている。テーブルセットやハンモック、汚れたボールなどが放置され、如何にも庭園らしい雰囲気が漂っていた。
屋上庭園の隅には、どういう原理で存在しているのか不明だが、小さめの滝と小川が流れている。水の流れる音が静かな屋上庭園にこだました。階下が浸水していないか心配になる。
そして、エドワードとハルアの暮らす寮部屋――もとい家は、屋上庭園の中央にポツリと建っていた。可愛らしい丸太小屋である。
「あの丸太小屋にお住みなんですか?」
「そうだよぉ。いいところでしょぉ」
「中も広いから安心して!!」
少し自慢げに応じるエドワードが、先導してエレベーターを降りる。翔はハルアに手を引かれて屋上庭園に降り立った。靴裏から伝わってくる芝生の踏み心地が最高である。
ふかふかでありながらしっかりとした芝生の上を進み、翔は丸太小屋の前までやってくる。1人で暮らすのが精一杯な可愛らしい丸太小屋だが、本当にこの家で2人で生活をしているのか。まさか片方が屋外に暮らしている訳ではあるまい。
エドワードが扉を開き、
「ここが俺ちゃんとハルちゃんのお部屋だよぉ」
丸太小屋の中は意外と広く、玄関を越えた先に生活空間がある。玄関を入ってすぐに小さめの台所があり、向かいには浴室と洗面所が見えた。先に進むとソファや勉強机、足の短いテーブルなどが確認できる。
なるほど、この広さがあれば2人で暮らせなくもない。むしろ2人で暮らす為の広さと言ってもいいだろう。ここに3人目として翔がお邪魔することに、申し訳ない気持ちが湧き出てくる。
エドワードが先に部屋の中へ入り、
「あ、冥式だから靴脱いでねぇ」
「え?」
「ん?」
何かおかしなことを言ったかとばかりにエドワードが首を傾げた。
ここは異世界で、文化的には西洋のものだとばかり思っていた翔である。西洋と言えば土足文化だ。部屋の中も土足で踏み込むものだとばかり考えており、翔も適応できるかと不安に思ったりもしちゃっていたのだが、どうやら靴を脱いで部屋に上がる方針を採用している様子である。何故だ。
よく見たら、部屋には玄関らしき上がり框が存在していた。綺麗に向きを揃えられた革靴と、脱ぎ散らかされたスニーカーが並んでいる。性格が出ているような気がした。
「えと、土足じゃないんですね」
「他の人は土足が多いけどぉ、俺ちゃんとハルちゃんのお部屋は冥式を採用しているからねぇ。靴は玄関で脱ぐ文化なんだよぉ」
翔は納得したように頷く。なるほど、そういう文化もあるのか。
話を聞く限り、冥式とは翔の元々過ごしていた世界との常識と似通っている様子である。馴染み深い文化があるなら翔としてもありがたい。
そんな訳で、翔も自分の靴を脱いで部屋に上がらせてもらう。靴下越しにフローリングの感触が伝わってきた。丸太小屋だから床材も木を使用しているようだ。
「……広いですね。見た目よりも」
「そうでしょぉ。魔法で拡張してるのよぉ」
部屋に足を踏み入れた翔は、ぐるりと自分の周囲を見回す。
まず目に飛び込んでくるのが、立派なロフトベッドである。脇に階段が設けられた形式で、綺麗に片付けられた下部の空間には大きなソファベッドが置かれていた。ベッドの状態から判断してエドワードが使用していると推測する。そうなると、消去法でハルアがロフトベッドを使用しているのか。
他にも様々な本を詰め込んだ本棚やクローゼットらしき扉、筋トレグッズらしき鉄亜鈴や細々とした機材が見受けられる。男性が使用する部屋という雰囲気で、それほどごちゃごちゃした印象はなかった。
――ただ、床に脱ぎ散らかしたシャツや下着、ぬいぐるみ、絵の具、読みかけの絵本、大量の粘土がなければ印象は変わったかもしれない。
「…………えと」
「言わんとすることは分かるよぉ、ショウちゃん」
部屋の状態にどう反応を示したらいいのか戸惑う翔に、エドワードはすべきことは分かっていると言わんばかりに頷く。
彼が振り返ると、部屋の隅に小さく縮こまるハルアが潜んでいた。一生懸命隠れているつもりだったのだろう。エドワードに睨みつけられると、親の説教を恐れる子供のように顔を青褪めさせる。
エドワードはハルアの顔面を大きな手のひらで鷲掴み、
「ハルちゃん?」
「イダダダダダダダダダダダダ!!」
「ハルちゃん、めちゃくちゃ散らかってんだけどぉ。片付けろって言ったよねぇ?」
「ごめんごめんごめんなさい片付けるから許して!!」
顔面を鷲掴みにする指先に力が込められているのか、ハルアの口から痛々しい悲鳴が迸る。ジタバタと暴れてもなおエドワードの手のひらはハルアの顔面から離れない。相当な力が込められているに違いない。
「とっとと片付けなぁ。こんなのショウちゃんの先輩として恥ずかしくないのぉ?」
「あい!!」
片付けを約束させられ、ハルアはようやくエドワードによる拷問から解放された。顔面から手が離れた途端、彼はその場に膝から頽れ、握りしめられていた顔面を押さえる。顔が変形していないか確認するように、自分の頬や額などをペタペタと触っていた。
「俺ちゃんは夜ご飯とぉ、ショウちゃんが当面使う日用品を買ってくるからねぇ。それまでに片付けておかないと本当にシメるよぉ」
「分かった!!」
「ショウちゃん、ごめんねぇ。出来ればハルちゃんのお手伝いをしてあげてぇ」
「はい」
エドワードから手伝いを命じられ、翔は素直に頷いた。むしろ、当面必要になる日用品の調達をエドワードに任せてしまうのが申し訳なかった。
最後にエドワードは「ちゃんとやるんだよぉ」と片付けをするように言い含め、部屋から出て行った。パタンと丸太小屋の扉が閉じられる。そして足音が徐々に遠ざかり、最終的には聞こえなくなってしまった。
エドワードが立ち去ったことを確認し、翔は腕まくりをする。
「えと、お片付け頑張りましょうね。ハルアさん」
「うん!! ショウちゃんお手伝いお願いね!!」
ハルアは早速、床に散らばっていた絵本を手に取った。可愛らしいうさぎの絵が描かれていたり、熊の絵が描かれていたりとメルヘンチックな絵本が大半を占めている。動物などが出演する絵本が好きなのだろうか。
片付け始めたハルアの姿を確認してから、翔は床に散らばった衣類をまとめる。シャツを丁寧に畳み、下着も小さくコンパクトにまとまるように畳み、四方八方に飛んだ靴下を拾い集める。特にシャツはいわゆる『文字シャツ』が多いのか、白いシャツに大きく何かを意味する文字が書かれているだけである。残念ながら何と書かれているのかは読めない。
まとめた衣類を抱え、翔はハルアへと振り返る。
「ハルアさん、こちらのお洋服はお洗濯に出した方が」
振り返った先にいたハルアは、ロフトベッドの階段を椅子代わりにして絵本を読んでいた。翔の視線に気づいた彼は、慌てて絵本を閉じて背中に隠す。
片付けをサボっているのは明らかだった。どうやらあまり集中力が持続しない性格の様子である。部屋を積極的に散らかすことからお察しだ。
翔はそっとため息をついて、
「ハルアさん、エドワードさんに怒られますよ」
「さ、サボってないよ。ちょっと休憩してただけだよ」
「まだ始めたばかりです。はい、絵本はちゃんと本棚にしまってください。その次は絵の具を片付けましょう、踏んだらお部屋が大惨事になりますから」
「あいー……」
後輩から片付けを指示されて渋々行動を再開させるハルアを確認し、翔は抱えた洗濯物をとりあえず洗面所に放り込んでおくことにした。




